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不思議な宇宙(そら)のもとで  作者: まほ。かんた。
不思議な宇宙(そら)のもとで
21/25

第三章 不思議な宇宙(そら)のもとで⑦

第三章 第七話をお読みいただきありがとうございます。

今回は第三章の締めくくりとして、“宇宙のもと”の余韻と仕組みを振り返る回です。


■登場人物

・青星テツロウ……白衣と眼鏡の研究者。本作主人公。

・エミ……やさしく穏やかな妹。兄さんを支える存在。

・ミニ……元気いっぱいの妹。明るく場を動かすムードメーカー。

・リオ……上品で余裕ある年上の妹。包容力あるお姉さん役。

・赤井エアリ……冷静で的確な補助役。テツロウを静かに支える幼なじみ。

・紫雲タリア……模型と機構開発を担う工学系少女。地下ガレージの主。


■第三章 第七話


 青星家地下二階。


 疑似宇宙システム――“宇宙のもと”。


 その転送装置の光が、ゆっくりと収束していく。


 淡く揺れていた光は次第に静まり、

 やがて完全に消えた。


 その中央に――


 青星テツロウの姿があった。


 「……戻った、か」


 小さく息を吐く。


 見慣れた空間。


 装置の低い駆動音。


 だが――


 ほんのわずかに、現実感が薄い。


 つい先ほどまで体験していた光景が、

 感覚だけ残して、輪郭を失っていく。


 (……なんだよ、あれ……)


 思い出そうとしても、

 細部がぼやける。


 確かにそこにいたはずなのに、

 はっきりと掴めない。


 そのとき――


 「兄さん!」


 上から、声が降ってきた。


 振り向く。


 そこにいたのは――


 いつもの距離に立つ、エミだった。


 白いセーラー服。


 整えられた髪。


 手を伸ばせば届く距離。


 ――等身の、妹。


 「お兄ちゃん!」


 ミニもその隣から駆け寄ってくる。


 ツインテールが揺れ、

 すぐ目の前で足を止めた。


 「大丈夫ですか、兄さん」


 エミがやわらかく問いかける。


 「ちゃんと戻ってきた?」


 ミニが覗き込む。


 その距離に、

 テツロウは一瞬だけ戸惑った。


 (……近い……いや――)


 (これが、普通か……)


 さっきまでの感覚とのズレに、

 小さく息を吐く。


 「ああ……なんとか、な」


 そう答えながらも――


 胸の奥には、

 まだ消えない違和感が残っていた。


 エミが、そっと一歩下がる。


 「兄さん」


 「タリアちゃんが、ガレージに来てほしいそうです」


 「ガレージ?」


 テツロウは小さく首をかしげる。


 ミニが横から口を挟む。


 「この上の地下1階のとこ!」


 「なんか見せたいものあるってー!」


 その言葉に、テツロウは軽く息を吐いた。


 「……また何か作ったのか、あいつ」


 エミはくすりと笑う。


 「きっと、そうですね」


 三人はそのまま、

 部屋の奥にあるエレベーターへと向かう。


 無機質な扉の前で、

 テツロウは一瞬だけ足を止めた。


 視線は、自然と操作パネルへ向く。


 そこには――


 1F(地上・青星家)

 B1(ガレージ兼タリア住居)

 B2(宇宙のもと/転送装置)

 B3(切り取り部屋)

 B4(切り取り部屋下部)


 と、表示されていた。


 「……」


 テツロウは、わずかに目を細める。


 家の構造は、当然把握している。


 どの階に何があり、


 何のための区画なのかも知っている。


 だが――


 B3とB4に視線が止まった瞬間、


 胸の奥に、妙な引っかかりが残った。


 (……あそこで、みんなに助けてもらったはずだ)


 そこまでは思い出せる。


 だが――


 それ以上のことが、うまく繋がらない。


 輪郭だけが残り、

 中身が抜け落ちているような感覚。


 ミニが楽しそうに言う。


 「どうしたの?」


 「ぼーっとしてるよ?」


 「……いや」


 テツロウは小さく首を振る。


 「なんでもない」


 エミが静かにB1のボタンを押す。


 電子音が鳴り、

 扉が開く。


 三人は中へと乗り込む。


 扉が閉まり――


 わずかな振動とともに、

 エレベーターが動き出す。


 (……変な感じだな)


 場所は知っている。


 構造も理解している。


 それなのに――


 体験だけが、

 うまく繋がらない。


 やがて、


 軽い衝撃とともに停止する。


 扉が、静かに開いた。


 その先に広がっていたのは――


 広いガレージ空間だった。


 天井は高く、

 照明が均一に配置されている。


 床には細かなラインが引かれ、

 いくつもの作業区画が分けられていた。


 だが――


 整然としているはずのその空間は、

 どこか雑然として見える。


 視線を巡らせると、

 その理由がすぐに分かった。


 そこかしこに、

 模型が置かれている。


 完成品。


 作りかけ。


 分解された状態のもの。


 大小さまざまなスケールのそれらが、

 壁際や作業台の上に並び、

 あるいは無造作に置かれていた。


 「……すごいな」


 思わず、テツロウは呟く。


 見覚えのあるものも、多い。


 視線の先――


 細長いレールの上に、

 鉄道模型が設置されていた。


 かつて見たものと同じ構造。


 橋梁部分や分岐も再現され、

 精密に組み上げられている。


 その一部は、

 まだ調整途中なのか、

 配線が露出したままだった。


 さらに奥には――


 小さな船。


 いや――


 模型としては大きめの船体だった。


 プール付きの豪華な造り。


 甲板部分の一部が開かれ、


 内部構造が見える状態になっている。


 テツロウは、その姿を見て


 ふと足を止めた。


 (……これ……)


 なぜだろう。


 以前、自分がこの中に入っていたような、


 そんな曖昧な感覚だけが残っていた。


 「これも……まだ弄ってるのか」


 その近くには、


 見覚えのある箱状の構造物。


 テツロウの特別個室。


 あのときと同じ外観だが、

 側面が開かれ、

 内部の機構が露出していた。


 ケーブルが繋がれ、

 何かしらの改修が行われているようだった。


 (……全部、ここで作ってるのか)


 視線を落とす。


 足元には、

 さらに細かな模型や小物が並んでいた。


 テツロウ用の食器。


 スケールごとに分けられた皿やカップ。


 大きさの違うフォークやスプーン。


 きちんと整理されているが、

 数が多い。


 必要に応じて使い分けているのが、

 見て取れた。


 「現在進行中の調整対象です」


 背後から、

 タリアの声がする。


 振り返る。


 そこには、

 いつも通りの無表情で立つタリア。


 「使用実績のあるモデルについては、

  随時再調整を行っています」


 淡々とした説明。


 だがその内容は、

 どこか執着にも近い。


 テツロウは小さく息を吐く。


 「……よくやるな、これ」


 タリアはわずかに首をかしげる。


 「必要な作業です」


 即答だった。


 そのまま視線を奥へ向ける。


 ガレージの一角。


 そこだけ、

 少し雰囲気が違っていた。


 簡易的なベッド。


 小さなテーブル。


 カップが一つ置かれている。


 工具や資料が、

 すぐ手の届く位置にまとめられている。


 「……ここで寝てるのか」


 思わず呟く。


 タリアは短く答える。


 「はい」


 「作業効率を優先しています」


 無駄のない返答。


 だが――


 そこには確かに、

 生活の痕跡があった。


 (……こいつ、ここに住んでるんだな)


 無機質な印象だったタリアが、

 少しだけ違って見える。


 模型に囲まれた空間。


 作業と生活が混ざり合った場所。


 その中心にいるのが、

 この少女なのだと――


 ようやく実感する。


 タリアはそのまま、

 作業台の方へと歩み寄る。


 「テツロウ氏」


 「こちらを」


 そう言って、

 一つの模型を手に取った。


 それは――


 一台のバイクだった。


 タリアは、目の前の模型へ視線を向けたまま言う。


 「これは、私が愛用しているバイクの――」


 「1/10スケールモデルです」


 わずかに間を置く。


 「実機の挙動を再現しています」


 「走行も可能です」


 そして、テツロウへ視線を向ける。


 「テツロウ氏に、搭乗していただきたいと考えています」


 テツロウは眉をひそめる。


 「……乗る前提なのかよ」


 ミニがぱっと顔を明るくする。


 「いいねそれ!」


 「お兄ちゃん、乗ってみてよ!」


 ぐっと身を乗り出しながら、


 楽しそうに続ける。


 「そのバイク、絶対おもしろいやつじゃん!」


 エミは、くすりと笑う。


 「ふふ……」


 「タリアちゃんのものですから、きっとよく出来ているんでしょうね」


 テツロウは小さく息を吐く。


 「……なんか、逃げ道なさそうだな」


 「エアリさんとリオさんには、すでに話してあります」


 タリアは淡々と告げる。


 「制御室で観測を行ってもらいます」


 「私は、現地で対応します」


 わずかに間を置く。


 「では――さっそく始めましょうか」


 テツロウは、

 地下二階にある“宇宙のもと”の転送装置の前へと移動する。


 淡い光が、静かに立ち上がる。


 足元から広がる光。


 視界が、ゆっくりと白く満ちていく。


 そして――


 次の瞬間。


 景色が切り替わる。


 「……来たか」


 テツロウは小さく呟く。


 そこは、

 見慣れない空間。


 だがどこか、

 現実と地続きのような感覚もある。


 そのとき――


 「お待ちしていました、テツロウ氏」


 声が届く。


 振り向く。


 そこにいたのは――


 タリアだった。


 いつもと変わらない姿。


 等身大の距離。


 違和感は、ない。


 「……早いな」


 テツロウは軽く肩をすくめる。


 「先に来てたのか?」


 タリアは頷く。


 「準備は完了しています」


 そのまま、手にしていたヘルメットを差し出す。


 「こちらを装着してください」


 テツロウはそれを受け取りながら言う。


 「……またこれか」


 軽く息を吐き、

 そのままヘルメットを被る。


 カチリ、と音がする。


 視界に、補助表示が浮かび上がる。


 「問題ありません」


 タリアは短く告げる。


 そのまま、

 近くに置かれていたバイクへと跨る。


 「後ろにお乗りください」


 振り返る。


 「しっかり掴まっていてください」


 わずかに、

 含みのある声音。


 「……いや、ちょっと待て」


 言い終わる前に――


 エンジンが始動する。


 低い振動。


 次の瞬間、


 身体が引かれる。


 加速。


 風が頬を打つ。


 「うおっ!?」


 思わずタリアの背へとしがみつく。


 距離が近い。


 体温が伝わる。


 現実と変わらない感触。


 (……相変わらず、容赦ないな……)


 視界が流れる。


 地面が後ろへと飛んでいく。


 やがて――


 開けた空間へと出る。


 タリアは静かに減速し、

 バイクを止めた。


 「到着しました」


 エンジンが止まる。


 静寂。


 テツロウが息を整えた、そのとき――


 タリアの姿が、


 わずかに揺れた。


 「……?」


 違和感。


 次の瞬間。


 輪郭が、崩れる。


 淡く光に変わり――


 消えた。


 「……は?」


 言葉が出る前に――


 影が、落ちる。


 ゆっくりと、上を見る。


 そこにいたのは――


 巨大なタリアだった。


 さっきまでとは比べものにならない、

 圧倒的なスケール。


 「……でかっ……!」


 思わず声が漏れる。


 その隣に、


 さらに二つの影が並ぶ。


 エミとミニ。


 同じく巨大な姿で、

 こちらを見下ろしていた。

挿絵(By みてみん)

 「兄さん」


 エミの声が、やわらかく響く。


 「大丈夫ですか?」


 「お兄ちゃん!」


 ミニが楽しそうに手を振る。


 「ちゃんと来れたね!」


 テツロウはしばらくの間、


 言葉を失っていた。


 (……なんだよ、これ……)


 理解が追いつかない。


 だが――


 目の前の光景だけは、


 はっきりと現実だった。


 一方その頃――


 切り取り部屋の制御室。


 静かな空間の中、


 複数のモニターに、


 草原でのテストの様子が映し出されている。


 その中央に立つのは、


 エアリとリオだった。


 エアリは端末に視線を落とし、


 淡々とデータを確認している。


 「疑似体の制御も含めて――」


 「全体の挙動は安定しています」


 短く告げる。


 「問題ありません」


 その声には、


 余計な感情は一切ない。


 純粋な、結果報告。


 リオはその隣で、


 モニターに映る映像を楽しそうに眺めていた。


 タリアの疑似体に、


 必死にしがみついているテツロウの姿。


 そして――


 振り回されるように走るバイク。


 リオは、くすりと笑う。


 「まあ……」


 「お兄様ったら」


 ほんの少しだけ、


 頬を緩める。


 「タリアちゃんの疑似体に、あんなにしがみついて……」


 そのまま、


 少しだけ視線を細める。


 「今度は――」


 「私にも、ああしていただきたいですわね」


 その声は、


 どこか楽しげで、


 そしてほんのわずかに――


 熱を帯びていた。


 エアリは一瞬だけ視線を上げるが、


 特に何も言わず、


  再び端末へと目を戻す。


 「観測、継続します」


 


 テツロウの目の前で、


 巨大なタリアは、

 静かに視線を落とした。


 その足元。


 草原の上に、

 一台のバイクが置かれている。


 その上にいるのは――


 テツロウ。


「俺にも乗れるのか?」


 思わず口にする。


 「テツロウ氏は、そのまま走行してください」


 テツロウはバイクに跨ったまま、


 思わず息を呑む。


 「……いや、急に言われても――」


 次の瞬間、


 エンジンが唸る。


 バイクが前へと動き出した。


 「おい、待てって!」


 ハンドルを握る感覚はある。


 だが、


 制御は完全ではない。


 (……勝手に動いてるだろ、これ……!)


 「対象の周囲を周回し、各角度から確認を行います」


 タリアの指示。


 その視線の先――


 エミとミニが並んでいる。


 巨大な姿で。


 「いくよー!」


 ミニが楽しそうに声を上げる。


 そのまま、


 軽く足を開く。

挿絵(By みてみん)

 「お兄ちゃん、ここ通るんでしょ?」


 「聞いてないって……!」


 だが、


 バイクはすでに加速していた。


 視界が一気に低くなる。


 影が落ちる。


 布が揺れる。


 (……うわ、これ……!)


 視線を逸らしたい。


 だが、


 前を見なければ走れない。


 「近いって……!」


 そのまま、


 通過する。


 光が戻る。


 「通過確認」


 タリアの声は変わらない。


 「次、姿勢変更」


 エミがゆっくりと動く。

挿絵(By みてみん)

 地面に手をつき、


 四つん這いになる。


 視線がさらに下がる。


 距離が、近い。


 「兄さん、タイミング合わせてくださいね」


 穏やかな声。


 だが――


 「無理だろそれ……!」


 言い終わる前に、


 再びバイクが進入する。


 圧迫感。


 影。


 逃げ場のない空間。


 「うおっ……!」


 思わず身体を縮める。


 (……これ、絶対近すぎるだろ……!)


 そのまま、


 抜ける。


 バイクは減速せず、


 距離を取る。


 「次、跳躍通過」


 タリアの声。


 エミが横向きに体を預ける。


 ミニはその隣で、

 楽しそうに笑っている。


 「お兄ちゃん、飛ぶの!?」


 「だから聞いてないって――!」


 その瞬間。


 加速。


 踏み込み。


 バイクが跳ねる。


 視界が、一気に持ち上がる。


 (……来る……!)


 すれ違う一瞬。


 揺れる布の影。


 わずかに差し込む光。


 意識がそこへ向いた、そのとき――


 「っ――!?」


 バランスが崩れる。


 制御が遅れる。


 バイクが傾く。


 次の瞬間――


 身体が、宙に浮いた。


 「うおっ……!?」


 落ちる。


 風が抜ける。


 視界が回る。


 (まずい……!)

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 だが――


 衝撃は来なかった。


 やわらかく、


 包み込まれるような感覚。


 「大丈夫です、兄さん」


 エミの声。


 気づけば、


 その胸元に抱き留められていた。


 至近距離。


 逃げ場のない距離。


 「……っ」


 言葉が詰まる。


 エミはやわらかく微笑む。


 「無理は禁物ですよ」


 テツロウはしばらくの間、


 動けずにいた。


 (……近いって……!)


 ミニが横から顔を寄せる。


 「お兄ちゃん、飛んだねー!」


 「すごかった!」


 タリアは静かに頷く。


 「一連の動作、確認完了」


 「テストを終了します」


 テツロウは小さく息を吐く。


 「……戻るか」


■第二章 エピローグ


 青星家、地下二階。


 “宇宙のもと”の転送装置の前。


 静かな空間。


 「……戻ってきたか」


 テツロウは小さく息を吐いた。


 胸の奥に、


 妙な感覚だけが残っている。


 風を切ったような感覚。


 誰かの背中にしがみついていたような感覚。


 (……なんだ……?)


 (タリアちゃんと、どこか走ってた気が……)


 そこまで浮かんで――


 それ以上は、霞んだ。


 ふと、


 気配を感じた。


 顔を上げると――


 そこに、エアリの姿があった。


 「お疲れ様です、テツロウさん」


 いつも通りの、


 穏やかな声だった。


  テツロウは軽く肩を回す。


 「……ああ、なんとかな」


 小さく息を吐く。


 「……何されたかは曖昧だが」


 「相変わらず、無茶な内容だった気がする」


 エアリはわずかに微笑む。


 「仕様の範囲内です」


 そのまま、

 手元の端末を軽く操作する。


 空間に、

 淡い表示が浮かび上がる。。


 「こちらは――」


 「テツロウさんのお父様たちが遺した」


 「“宇宙のもと”の基本仕様書です」


 テツロウは視線を向ける。


 見慣れた情報だった。


 「……懐かしいな」


 小さく呟く。


 エアリは静かに頷く。


 「改めて、整理しておきましょうか」


 画面が切り替わる。


 「内部空間は、理論上――」


 「どこまでも広がっている可能性があります」


 テツロウは小さく頷いた。


 「……要するに」


 「それを実現する区画が」


 「現実環境の再現領域」


 「スケール変換領域」


 「切り取り部屋、ってことだな」


 エアリが補足する。


 「その下層には補助区画もあります」


 さらに画面が切り替わる。


 「あと、このメガネか」


 テツロウはフレームへ触れた。


 「視覚と聴覚の補正用」


 エアリは頷く。


 「スケール差による認識ズレを補完しています」


 テツロウは小さく息を吐く。


 「……問題はそこじゃない」


 「向こうでの記憶が曖昧になることだ」


 エアリは静かに答える。


 「情報量とスケール差の影響です」


 「ただし、体験そのものは蓄積されています」


 テツロウは、ふっと息を吐く。


 「……便利なんだか、不便なんだか」


 エアリは、ほんの少しだけ微笑んだ。


 「それでも、大丈夫ですよ」


 わずかに間を置く。


 「その曖昧さも含めて」


 「“宇宙のもと”の特性です」


 エアリは、ほんの少し微笑んだ。


 「それに私も――」


 「妹さんたちも、テツロウさんを支えていますから」


 「気にしすぎないでくださいね」


 そして――


 ふと、エアリの方を見る。


 「……今日も、いろいろあったのかな?」


 少しだけ首をかしげる。


 「エアリちゃん」


 問いかけるような声音。


 だが、


 どこか確信のない響きでもあった。


 エアリは――


 ほんのわずかに目を細める。


 「うふふ」


 それだけを返す。


 意味を明かさないままの、


 やわらかな笑み。


 テツロウはそれ以上聞かず、


 小さく肩をすくめた。


 「……まあ、いいか」


 そう呟いて、


 その場を後にする。


 静かな“宇宙のもと”の部屋。


 背後で、


 淡い光がゆっくりと落ちていく。


 エレベーターホール。


 扉の前に立つ。


 ボタンを押すと、


 静かに到着音が鳴った。


 扉が開く。


 その中へ足を踏み入れようとした、そのとき――


 「兄さん!」


 明るい声が響く。


 振り向くと、


 エミとミニがこちらへ駆け寄ってきていた。


 「ちょうどよかったです」


 エミは穏やかに微笑む。


 「来週、高校で文化祭があるんです」


 ミニがその横から身を乗り出す。


 「そうそう!」


 「お兄ちゃん、絶対来てよ!」


 ぱっと顔を輝かせる。


 「楽しいよ!」


 テツロウは少しだけ目を丸くする。


 「文化祭、か……」


 ほんの一瞬、


 考えるように間を置いて――


 ふっと笑った。


 「……分かった」


 「行くよ」


 ミニが嬉しそうに飛び跳ねる。


 「やったー!」


 エミもやわらかく頷く。


 「お待ちしていますね、兄さん」


 エレベーターの扉が閉まり始める。


 その向こうで、


 二人の姿が小さくなっていく。


 テツロウは、


 その光景を静かに見つめながら――


 小さく息を吐いた。





 ――こうして、


 少し不思議な一日は、


 静かに幕を閉じた。




■第三章 完

第三章 第七話をお読みいただきありがとうございました。


“宇宙のもと”の基本仕様を、簡単にまとめると――


・内部には不思議で広大な空間が広がっている

・転送装置により、テツロウはその内部へ入ることができる

・内部での出来事は、一部の記憶が曖昧になる

・テツロウを中心とした一定範囲を切り取り出力する区画が「切り取り部屋」

・出力される縮尺率は、テツロウのメガネによって調整される


だからこそテツロウにとって、

巨大な彼女たちとの出会いも、毎回どこか新鮮な驚きとして訪れます。


それもまた、“宇宙のもと”の特性のひとつです。


・第三章より登場した人物の由来

 紫雲 タリア:射手座/Sagittarius より


(参考)3~6話 スケール比較図

挿絵(By みてみん)

※テツロウはヴァルゴの肩に居ます。

1/50サイズを想定しています。


(参考)7話 スケール比較図

挿絵(By みてみん)

※1/10を想定しています


※話中での画像はあくまで参考として載せています、厳密には縮尺は異なる場合もありますが

 ご了承ください。



そして次は、少し寄り道となる外伝を予定しています。

どうぞお楽しみに。


※次回は5月1日ごろ公開予定です。

 5月から毎週火曜日と金曜日ごろ公開します。

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