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不思議な宇宙(そら)のもとで  作者: まほ。かんた。
不思議な宇宙(そら)のもとで
15/32

第三章 不思議な宇宙(そら)のもとで①

十月下旬――

物語は、少しだけ冷たい朝から始まります。


これまでの出来事を経て、

テツロウたちの日常は、静かに変化し始めています。


本章では、

“宇宙のもと”に関わる現象が、

より明確に――そして不安定に描かれていきます。


また、登場人物たちの距離感や想いも、

これまでより一歩踏み込んだ形で見えてくる章になります。


■登場人物(第三章・主な人物)


・テツロウ

本作の主人公。

テツロウ

両親の研究を引き継ぎ、日常の中で起こる不思議な現象と向き合っている。

周囲に支えられながらも、状況を受け止めようとする芯の強さを持つ。


・エアリ

テツロウの同級生であり幼馴染。

冷静で理知的だが、内に秘めた想いを持つ。

技術面・判断面の両方でテツロウを支える存在。


・リオ

テツロウの妹。

上品で落ち着いた振る舞いの中に、強い愛情を秘めている。

状況を俯瞰して見る力を持ち、時に大胆な行動も取る。


それでは、第三章――

新たな“異常”と日常の狭間を、お楽しみください。

■第三章 第一話


 秋も深まり――

 十月下旬。


 朝の空気はひんやりとして、

 どこか澄んでいた。


 青星テツロウは、

 自宅の部屋で目を覚ます。


 ベッドの上でゆっくりと上体を起こし、

 無意識に顔へ手をやる。


 ――カチリ。


 指先に触れたのは、眼鏡のフレームだった。


 (……また、か)


 眠るときに外したはずなのに、

 なぜかいつも、目覚めると掛けている。


 それが当たり前のようになっていた。


 ただ――


 今日のそれは、いつもの黒縁ではなかった。


 銀色の、細いフレーム。


 見慣れないはずなのに、

 違和感は、不思議と薄い。


 (……こんなの、持ってたか……?)


 小さく首をかしげながらも、

 テツロウは深く考えないことにした。


 身支度を整え、

 リビングへ向かう。


 そこには、三人の妹たちがいた。


 「いってらっしゃい、兄さん」


 エミの穏やかな声。


 ミニも、いつものように手を振る。


 そして――


 リオが、少しだけ意味ありげに微笑んだ。


 「お兄様、今日は――」


 「駅にエアリさんが待っていますので、

  エアリさんと一緒に

  会社へ行ってあげてください」


 「……ああ、わかった」


 どこか引っかかるものを感じながらも、

 テツロウは頷いた。


 星見ヶ丘駅。


 通勤客で賑わうホームの一角に、


 赤い髪をポニーテールにまとめ、

 黄色い縁のメガネをかけた女性が立っている。


 赤井エアリ。


 テツロウの同級生であり、幼馴染。


 「テツロウさん」


 その声に振り向く。


 「エアリちゃん」


 自然と、表情が緩んだ。


 「この前はありがとう。

  南の島のこと――本当に助かったよ」


 改めて礼を伝えると、

 エアリはわずかに微笑んだ。


 「いいのよ。それより――」


 一瞬、言葉が止まる。


 その視線は、どこか遠くを見ていた。


 だが次の瞬間には、

 何事もなかったかのように笑みを戻す。


 「行きましょう」


 二人は並んで、


 オレンジ色の車体の、

 天の川駅行きの通勤電車へ乗り込む。


 朝の時間帯。


 車内は混雑していた。


 吊り革が揺れ、

 人の気配と生活音が満ちている。


 テツロウはふと――


 この電車を見て、

 ある“夜”の出来事を思い出しかけた。


 (……あれ……?)


 何かがあった。


 確かに、あったはずなのに――


 その記憶だけが、

 うまく掴めない。


 霧がかかったように、

 ぼやけている。


 (……なんだっけ……)


 ――ピッ。


 小さな電子音が鳴った。


 エアリの――

 黄色いメガネからだった。


 その瞬間。


 エアリの表情が、変わる。


 「……このままじゃ、危険だわ」


 低く、はっきりとした声。


 そして――


 「リオちゃん、リオちゃん!

  緊急プログラムのスイッチ、押して!」

 「タリアちゃんのプログラム――起動して!」


 「リオ……?」


 テツロウは思わず呟く。


 「この電車に乗ってるのか……?」


 家で見送ってくれたはずのリオ。


 その疑問に答えるように――


 車外から、声が届く。


 「エアリさん、了解しました!」


 次の瞬間。


 電車が、急制動をかける。


 ガクン、と車体が揺れ――


 ……るはずだった。


 しかし。


 世界は、そこで途切れた。


 乗客が、消えていた。


 音が、ない。


 揺れも、ない。


 時間すら、止まったかのような静寂。


 テツロウの周囲を、


 透明な“何か”が包み込む。


 それは――


 ガラスのような、

 キューブ状の壁。


 周囲の空間ごと切り取ったような、人工的な構造。


 エアリが、小さく息をつく。


 「……さすがね」

 「タリアちゃんのプログラム、完璧だわ」


 ――そして。


 その視線が、ひとつの点に止まる。


 透明なキューブの中に守られた、


 テツロウの姿を。


 次の瞬間。


 目の前のエアリの姿が、

 わずかに“拡大”し始める。

挿絵(By みてみん)

 「エアリちゃん……?」


 天井が近づく。


 いや――違う。


 エアリが、天井を突き破る。


 車両が歪む。


 空間が裂ける。


 景色が、弾け飛ぶ。


 エアリの体は、


 さらに、さらに巨大になっていく。


 やがて。


 都市を見下ろすほどの存在へと変貌した。


 崩壊した電車の残骸の中で、


 エアリは何かを探し、


 そして――見つける。


 透明なキューブの中に守られた、


 テツロウの姿を。


 「……よかった」


 その直後。


 もう一つの巨大な影が現れる。


 「エアリさん、お兄様はご無事です?」


 青星リオ。


 同じく、巨大な姿。


 二人は、


 両膝と両手を地面につき、


 テツロウを見下ろしていた。


 テツロウは、

 見上げるしかなかった。

挿絵(By みてみん)


 視界いっぱいに広がるのは、

 巨大な二人の姿。


 距離が、あまりにも近い。


 「……っ」


 その視線が――

 一瞬だけ、下へと吸い寄せられる。


 すぐに、はっとして顔を背けた。


 (な、何見てるんだ俺は……!)


 心臓が、無駄に速くなる。


 こんな状況なのに、

 どうしてそんなところに意識が向くのか。


 自分でも、わからなかった。


 ただ――


 自分が“見上げる側”にいるという事実だけが、

 妙に強く、実感として残っていた。


 「こ……これは……?」


 だが――


 二人の巨大さは、止まらない。


 さらに、さらに拡大していく。


 エアリが言う。


 「テツロウさん、緊急脱出を――」


 「合言葉を……思い出して……!」


 その間にも、


 エアリとリオの姿は、

 止まることなく巨大化を続けていた。


 視界の端から端までを埋め尽くし、


 やがて、空すら覆い隠していく。


 テツロウは混乱しながらも、


 必死に記憶を探る。


 「星……?」


 頭の奥に、いくつかの名前が浮かぶ。


 「……リゲル……?」

 「シリウス……?」

 「アンタレス……」


 違う。


 どれも違う気がする。


 その間にも、


 影はさらに広がり、

 光が遮られていく。


 (……違ったら……?)


 違う。


 もっと――


 近い光。


 ぼんやりと、ひとつの名が浮かぶ。


 「……デネブ……?」


 その瞬間。


 世界は、消えた。


 広い空間。


 静寂。


 そこに、


 エアリとリオが、


 両手両膝をついて佇んでいる。


 エアリが小さく呟く。


 「……戻ってるかしら」


 二人は、その場を後にした。


 ――次に意識が戻ったとき。


 テツロウは、

 自宅の地下二階にある一室に立っていた。


 転送の余韻が、まだわずかに身体に残っている。


 静かな光に包まれた空間。


 中央に据えられた装置――

 “宇宙のもと”が、淡く脈動している。


 テツロウは、

 顔に触れる。


 銀色のメガネ。


 それをゆっくり外し、


 そばの机の上に置いた。


 ふと視線を落とすと、


 そこには――


 両親の写真があった。


 「父さん……母さん……」


 小さく、息をつく。


 「二人が研究していた

  “宇宙のもと”……」


 「いまも、ちゃんと……

  引き継いでるよ」


 静かに、呟く。


 そのとき――


 扉の向こうから、足音が近づいてきた。


 振り向くと、


 エアリとリオが駆け込んでくる。


 いつもの大きさで。


 だが、その表情には――


 はっきりと安堵が浮かんでいた。


 「……テツロウさん!」

 「お兄様……!」


 「……エアリちゃん、リオ……」


 テツロウは、

 まだ少し現実感のないまま、


 自分の手を見る。


 「やっぱり――

  安定していませんね」


 エアリが、静かに言う。


 「今回も、切り替えの際に

  空間の歪みが出ています」


 テツロウは眉をひそめた。


 「……なんか……

  途中の記憶が、曖昧で……」


 言いながら、


 視線が少し泳ぐ。


 エアリはその様子を見て――


 ふっと、柔らかく微笑んだ。


 「……でも」


 少しだけ、声の調子が変わる。


 「巨大な姿になった私たちを見ていたときの

  テツロウさん――」


 わずかに頬が赤く染まる。


 「……可愛かったですよ」


 「ねえ、リオちゃん」


 リオは、くすりと笑った。


 「ええ……本当に」

 「お兄様は、とても愛おしかったですわ」


 テツロウの動きが止まる。


 「なっ……!? リオまで……」


 「この前の海のときも、そうでしたけど」


 エアリは、からかうようでいて、


 どこか本気の声音で続ける。


 テツロウは視線を逸らしながら、


 小さく咳払いをした。


 「そ、それより……

  記憶が、本当に……」


 言葉を探すように、


 額に手を当てる。


 エアリは一歩、近づいた。


 「……大丈夫です」


 静かに、優しく。


 「テツロウさんは、

  ちゃんと戻ってきています」


 そして――


 ほんの少しだけ身を寄せるようにして、


 囁く。


 「リオちゃんたちや、

  妹さんたちと同じように――」


 「私も……」


 わずかに息を整え、


 視線を合わせる。


 「テツロウさんのこと、

  お慕いしていますから」


 その言葉は、


 静かな装置室の中で、


 やけに、はっきりと響いた。



 テツロウは、小さく息をついた。



 「……とりあえず」


 「このメガネの状態、確認しないとな」



 エアリは頷く。


 「ええ。先ほどの転送で

  ――銀フレームが使用されていました」


 「その影響で、出力が不安定になりやすい状態です」


 「ですので、午前中は各系統の点検を行いましょう」


 「午後には、タリアちゃんも戻る予定ですし」


 「私もお手伝いしますわ。

  今日は講義が休講ですので」


 「……わかった。じゃあ、すぐ始めよう」


 「はい、テツロウさん」


 「お兄様……無理はなさらないでくださいね」


 「……ああ、ありがとう」


 「――それと」


 「テツロウさん」


 「はい?」


 「銀フレームは、

  通常よりも不安定になりやすいんですよね」


 「……え?」


 「詳しい話は――点検しながら、にしましょう」


第二話につづく



第三章 第一話をお読みいただき、ありがとうございます。

日常の中にある“違和感”が、少しずつ形になっていきます。

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