第15話 コロニーの外側
カタパルトで射出された直後、ジェットコースターの急降下を思わせる凄まじい重圧が全身を襲った。気を抜けば身体がシートから引き剥がされそうなほどだ。そして、速度が落ちてきた頃になると、コックピットのモニターには荒れ果てた大地に凄まじい速度で迫ってきている様子が映し出されていた。俺は地面に衝突する前に、フライトユニットのスラスターを吹かし、機体にかかった慣性を相殺することで、機体を無事に着地させる。
「ふう.......なんとか無事に着地できたな」
着地が上手くいったことに安堵した後、俺は降り立ったその地を見渡す。
「ここが.......コロニーの外の世界.......」
俺の目に映ったのは、無残に倒壊したビルの数々と、人の手が加えられずに生い茂った街路樹にまみれた荒れ果てた都市の残骸だった。それだけでも、ここはかつて人と活気に溢れ、大きく栄えていたというのが伝わってくる。しかし、今ではもうその面影は残されておらず、ここに残っているのは、崩壊した都市群を吹き抜けている風化したコンクリートの粉塵が混ざった風と、クリーチャーが暴れていたことを物語る痛々しい破壊の跡だけだった。
『これが今の世界よ。コロニーという狭い世界で暮らしていたあんたが知らない、本当の世界』
俺がコロニーの外の世界の痛ましい光景を目にしていると、先に着地していた水無月が残りのメンバーを連れて目の前に現れ、無線を通じて話しかけてくる。
『小さい世界でしかないコロニーは所詮、生き残った人間の避難場所。私たちデモンズは、この広い世界で延々とクリーチャーと戦わせられる。外の世界のことを知ろうともせず、コロニーという小さな世界で平和ボケした人間たちのために』
そう言う水無月の言葉はとても刺々しかった。それもそのはず。俺も少し前まではコロニーの中で生きていた側だったのだから。それに、彼女たちデモンズはそんな人間たちからは差別の対象にされている。人の形をした化け物、人間の真似をしているクリーチャーなどと言われて蔑まれている。人間は、自分たちとは違う何かを忌避するという。しかし、彼女たちデモンズは、元は同じ人間のはずなのに、クリーチャーから摘出された魔石を埋め込まれたという、それだけの理由で、人ならざる者として扱われてしまった。
そして、それは生まれつきデモンズとして生を受けた俺も例外ではない。いや、もしかすると、人間とデモンズ、双方の境界に立つ曖昧な存在である俺は、その両方から嫌われてしまう存在なのかもしれない。だが――
「確かに俺のようなコロニーで暮らす人間は外の世界のことを知ろうとしなかった。デモンズを差別している人もいた。――でも、そんな人間の中にも、お前たちデモンズと共に戦いたい、または救いたいと思っている人がいる。すべての人がお前が思うような人間ばかりではないことを覚えててほしい」
彼らには敵ばかりがいるわけじゃない。父さんや国分寺大佐、昔からデモンズたちと共に苦楽を共にしたIDOの軍人たち。数が少ないながらも、デモンズを差別の対象にするべきではないと活動する人たち。そして、クリーチャーの脅威を知り、大切なものを守るために戦うことを選んだ俺のような味方がいる。
『.......ふんっ、肝に銘じておくわ』
水無月は小さく鼻を鳴らして、そのように言った後、『目的地に行くわよ。早くついて来なさい』と機体を動かす。
『いやぁ、カッコいいこと言ってくれるじゃないすかぁ? アタシなら恥ずかしくて言えないっすよぉ?』
その時、風見が無線に入ってきたと思ったら、俺を揶揄うような言葉をかけてきた。
(つい、あんな言葉が出ちまったけど、いざこうやって揶揄われたら、なんか急に恥ずかしくなってきたんだが!?)
風見は面白がっているのか、楽しそうに笑いながら、わざと俺の機体の横へ寄ってくる。そのうえ、自分が乗っている機体の肘でアストレイアの脇を小突いてきた。
『ちょっともう一回聞かせてくれないっすか? ほらほらぁ?』
「いや言えるわけねえだろぉ!?」
『またまたぁ』
『.......おい』
風見に揶揄われていると、先行している水無月から背筋が凍るような怒気を含んだ声が聞こえた。その声を聞いた風見は『ひぃっ......!?』と言ってその場で固まる。
『あんたたち、今が任務中であることを忘れたのかしらぁ......?』
『ご、ごごっご、ごめんなさいっすぅぅぅっ! 調子に乗りましたぁぁぁっ!!』
「え......なんで俺まで怒られてんの......?」
風見の悲鳴にも近い謝罪の叫びを聞きながら、なぜ俺まで怒られているのか戸惑っていると、その様子を見ていた蜂谷と不知火から無線が入り――
「自業自得......」
「自業自得だな」
と、なぜか俺まで悪いというかのように言われてしまった。ぬぅ......解せぬ......!
その後、俺と風見は水無月に徹底的に絞られながら目的地へと向けて進むことになってしまった。余談だが、まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、水無月は俺を叱るときだけ妙にいきいきとしていた。絶対あいつ、俺を叱るのを楽しんでるだろ。
そうして俺たちが目的地への道のりを進んでいる時だった。
――ザザッ......ザーー......
「あぐっ......!」
突如、昔から俺を苦しめているあのノイズが聞こえてきた。俺はノイズの強い不快感に苦しみの声をあげる。
『んえっ!? アスカロン、急にどうしたんすかっ!?』
『突然苦しみだした......』
急に苦しみだした俺に驚いた風見と蜂谷がこちらに駆け寄ってくる。
『ちょっと、大丈夫すか!?』
「ああ......なんとか」
心配の声をあげる風見にそう言うが、俺は嫌な予感が頭の中によぎる。
(あのノイズ......コロニーにクリーチャーが侵入してくる時にも聞こえていた......まるでクリーチャーの接近を予知したかのようだと、あの時に思っていたが......まさか......!)
そう思った直後、蜂谷がぴたりと足を止めた。そして、どこか慌てたような様子で小隊全体へ無線を開く。
『キラービーより各機......!周囲にクリーチャーの気配がする......!臨戦態勢をとって......!』
蜂谷のその言葉を聞いた途端、水無月たちはすぐさま各々の機体に装備された武器を構え始めた。俺も腰部右側にマウントされたビームライフル【グングニール】を素早く引き抜き、クリーチャーとの戦闘に備える。すると、どこかから虫の羽音のようなものが聞こえてきた。しかし、その音は一つだけではなく、また一つ、そしてまた一つと増えていき、不協和音のように不快な音の大群になっていった。
『――っ! 二時方向上空に敵影確認! 総員、戦闘準備!』
水無月がそう叫ぶと、俺たちは指定された方向を見る。そして、そこにはバッタにもイナゴにも見える巨大な虫が大群で迫ってきているのが見えた。
『ぎゃああああああ! でかい虫ぃぃぃぃぃぃ!』
『怪虫種イナゴ型クリーチャーのグラトニーローカストか......! ちっ、厄介な相手に出くわしたな......!』
風見が巨大な虫の姿に悲鳴を上げ、不知火が苦虫を噛み潰したように言葉を吐き捨てる。
上空を飛ぶその大群は、空を覆いつくさんばかりに飛行している。そして、グラトニーローカストの大群は獲物を見つけたかのように、一斉にこちらへ向かってきた。
『いやああああああ! こっちに来たっすぅぅぅぅぅぅ!!』
『ちぃッ!!』
風見が機体のマニピュレーターに握られたアサルトライフルを、不知火がバックパックのアームの先についている箱からマイクロミサイルを大群に向けて射撃する。ライフルの弾はグラトニーローカストを次々と撃ち抜き、その下に亡骸の山を築き上げ、マイクロミサイルは轟音とともに炸裂し、凄まじいほどの爆炎が大群を一帯ごと燃やし尽くしていく。
だが、それだけやってもグラトニーローカストの大群はまだ健在だった。
『あーもう!あいつら本当になんで石だろうと金属だろうとなんでも食べるすか! もうCOAがムシャムシャされるの嫌なんすよぉぉぉぉ!!』
『イーグル、気持ちは分かるけど、絶対に攻撃の手を緩めないで! 特定危険クリーチャーであるグラトニーローカストを逃したら、奴らがいつコロニーの外壁を食い尽くすかも分からないわよ!』
『うぅぅぅぅぅぅ! アタシ虫が苦手なのにぃぃぃぃぃぃぃ!!』
『イーグル......情けない......』
風見と不知火の射撃に続いて、水無月は弱音を吐く風見に喝を入れると、機体の四肢に装着された高周波ブレードで青白い軌跡を描き、一瞬で空中を飛ぶ十数体のグラトニーローカストを両断した。そして蜂谷は、叫ぶ風見に「情けない」とだけ言い放ち、サブウェポンのサブマシンガンを黙々と大群に乱射する。
『アスカロン! あんたもボーっとしてないでさっさと攻撃しなさい!!』
「あ、ああ......!」
水無月から切羽詰まった言葉を向けられた俺は、グングニールを大群へ向けて狙いを定める。すると、モニターに緑色の照準マークが現れた。その照準を目印に、グングニールの引き金を引く。直後、グングニールからスパーク音が鳴り響き、銃口からプラズマを纏ったビームが放たれた。ビームはそのまま大群に直撃し、着弾箇所の先頭にいたグラトニーローカストの身体を溶解させながら貫通し、その背後にいた数十体を焼き尽くしていく。
『ちょ、なんすかなんすかぁ!?』
『あの数が一瞬で......凄まじいものだな......』
ビームをその身に受けたグラトニーローカストたちは、巨大な円形の穴が空いて焼き焦げている。そして、その後ろにあった倒壊したビルにはビームが貫通していたのを表すかのように大きな風穴が空いていた。
俺は、たった一射で大群のほとんどを殲滅するほどの凄まじい威力に驚愕すると共に、恐怖を感じた。
(いくら何でも強すぎだろ......! 父さん、こいつ危険すぎるって......!?)
一瞬で多くの仲間を失ったグラトニーローカストたちは、グングニールの威力に恐怖したのか、慌てたように俺たちに背中を向けて逃走を図ろうとした。
『......ッ! 逃がすか!』
逃走を図る生き残りたちへ向けて、不知火が容赦なくガトリングガンを掃射する。そして、グラトニーローカストたちはその圧倒的な弾幕によって、一匹残らず撃ち抜かれた。
撃ち抜かれたグラトニーローカストたちは緑色の体液をまき散らしながら、大地へと伏していく。あの時、クサナギで飛竜を斬った時もそうだったが、こうして自分たちの手で命を直接奪うことには慣れない。今でも少し吐きそうになる。
『......残存勢力の殲滅を確認した』
『了解。良い追撃だったわ、サラマンダー』
不知火の殲滅報告を聞いた水無月は、彼を労った後、無線を通じて損耗確認を行う。
『セイレーンより各機、各々、損耗状況を報告せよ』
『サラマンダーよりセイレーン、機体状態及び残弾に特に異常は無い』
『こちらイーグル......ライフルのマガジンを二つ使い切ったっす......はぁ......』
セイレーンの号令を皮切りに、不知火たちが各自の機体の状態を報告していく。
『キラービーより報告......サブマシンガンの残弾無し......機体に異常無し......』
そして、蜂谷が報告を終えたタイミングで自分の番が回ってきた。俺はメンバーの報告の仕方を見よう見まねで実践する。
『こ、こちらアスカロン、特に異常無し......』
『......全員の報告を確認』
全員の損耗報告を確認した水無月は、モニターのどこかを見ながら何かを考える。そして、しばらくした後、考えがまとまったのか、続けて全員へ向けて無線通信を行う。
『みんな、もうすぐ日が暮れるわ。夜間は視界も悪い上に夜行性のクリーチャーが徘徊するようになる。今日はここで野営して、任務の続きは明日の早朝からにしましょう』
『『『『了解』』』』
「りょ、了解」
こうして俺は、殲滅したグラトニーローカストの遺骸を処理した後、コロニーの外で初めて夜を明かすことになった。
◆ ◆ ◆ side:水無月リン ◆ ◆ ◆
「セイレーンより鳴神指令、応答願います」
世界が夜の暗闇に包まれた後、私はコックピットで鳴神指令に今日の報告をするために第13指令室へと通信を繋げる。
『こんな夜更けに連絡とは、ずいぶんと偉くなったようだなセイレーン』
通信に応じた鳴神指令の第一声はなんとも皮肉に満ちたものだった。まあ、そんなのはいつものことなのだけれども。私は皮肉を言ってきた指令に皮肉で返す。
「あら、ごめんなさい。移動中に遭遇した特定危険クリーチャーのグラトニーローカストの大群の遺骸の処理に時間がかかったものですから」
『グラトニーローカスト......あのコロニーの外壁を食い荒らそうとする忌々しい虫ケラか......! ちゃんと殲滅は確認したんだろうな!?』
「もちろん、一匹残らず駆除しましたよ? 指令が心配することは何もありません」
『.......ふん、なら良い』
皮肉を返された鳴神指令の声はどこかイラついているように感じた。ざまあないわね。そして、私は任務を翌日に持ち越す旨を指令に報告する。
「このグラトニーローカストとの遭遇というイレギュラーによって、日が暮れてしまったことで、本日中の任務続行は危険と判断しました。そのため、任務は明朝より再開したいと考えています。よろしいでしょうか」
『.......夜間での行動の危険性は私も承知している。いいだろう、許可してやる。だが――』
モニター越しに映る鳴神指令が腰かけている椅子にふんぞり返る。
『先月のような失態をすれば、軍でのお前の立場は無くなると思えよ?』
『.......分かっています』
そして、鳴神指令は『では、お前たちの健闘を祈る』と言い残して、通信を切る。指令との通信が切れたことを確認した私は舌打ちをした後に愚痴を零す。
「そんなことは分かっているわよ.......二度と同じ失敗をするもんですか.......」
(あの時は確かにクリーチャーをコロニーの内部に入れてしまう失態を犯した。でも、私たちは必死にそれを防ごうと戦った。コロニーの中に閉じこもっていた外野にとやかく言われる筋合いなんてない)
鳴神指令に対するイラつきから、そんなことを思った時、私は同じコロニーの中に閉じこもっていた側だったあいつの言葉を思い出した。
『確かに俺のようなコロニーで暮らす人間は外の世界のことを知ろうとしなかった。デモンズを差別している人もいた。――でも、そんな人間の中にも、お前たちデモンズと共に戦いたい、または救いたいと思っている人がいる。すべての人がお前が思うような人間ばかりではないことを覚えててほしい』
「あの人も似たようなことを言ってたな......」
かつて、その言葉と似たようなものを言っていた人との記憶が私の中で蘇る。
『先生、なんで勝手に私たちをこんな風に改造した奴らのために戦わないといけないんですか! あいつらのせいで私はこんなに苦しい思いをしてるのに......! それに、必死になって戦ってる私たちを化け物呼ばわりする......! 私たちのことを何も知らないくせに!!』
その時、まだ幼かった私は、仲間たちが無慈悲にも死んでいく地獄のような日々に精神が疲弊し、なぜ自分たちがこんな苦しい思いをしなければならないのか、その人に聞いた。
そして、彼はそんないろいろと限界になっていた私にこう答えた。
『セイレーン、お前の言いたいことは分かる。俺たちも、そういう人間たちに心無いことを言われ続けた。けどな、世の中はそんな奴らばかりじゃないってことを、俺たちは知っている。俺も小さいころは、そんな人たちに助けられたもんさ。いずれ、お前を一人の人間として、ちゃんと認めてくれる人に会える。このことを、しっかりと心に刻んでおけよ』
そう言っていた彼は、いつもの険しい表情とは違う穏やかな顔をしていたのを覚えている。
そして、現に彼が言っていたように、私を一人の人間に見ようとする人間......正確には純粋な人間ではないけれど、そんな人物が現れた。
(私はあいつのことを認めてはいない。だけど、もし、あいつがあの人の言うような人物だったら......)
私がそんなことを思うに至った時、はっと首を大きく横に振って否定する。
「いやいや、そんなことない。あいつもいずれ私を否定するに決まってる」
私はコックピットの証明を消し、明日に備えるために就寝しようとする。
(ガド先生......本当にあなたの言うような人が現れるのですか......?)
私はかつての師――7年前に殉死した三英傑の一人【ガーディアン】の言葉に疑念を抱きながら、その日の眠りについた。




