第10話 アストレイア
俺が連行された先の基地に父さんがいた。その事実に、驚きを隠せなかった。俺はあまりの衝撃からしばらく開いた口が塞がらなかった。一度は何かの見間違いだと思った。だが、物覚えがついたころからその顔を知っている俺は分かる。いや、分かってしまう。目の前にいるその人物は間違いなく、俺の父親である神崎ソウジロウだということが。
「もしやと思ったが、どうやら当たりだったようだな、神崎技術大尉。いや、ソウジロウ」
国分寺大佐が言い放った言葉が迷走していた俺の意識を現実に引き戻した。
「彼のことを報告しにきた鳴神から"神崎"という性を聞いた時、なんとなくだが予想はしていた。やはり君の子だったようだな。」
「国分寺、どういうことか説明しろ!なぜアストレイアを出した!どうしてシュウがここにいるんだ!」
「落ち着けソウジロウ。君とは旧知の仲とはいえ、階級は俺の方が上なんだ。ここが俺の部屋でなかったら軍法会議ものだぞ」
「これが落ち着いていられるか!!」
父さんが国分寺大佐に対して激昂し、彼に掴みかからんばかりの勢いで前へ出た。その時、サラマンダーが瞬時に父さんの背後に回り、即座に組み伏せる。
「がっ!?」
「神崎技術大尉、公式の場でないとはいえ、上官に対する暴行は控えていただきたい」
「父さん!!おいお前、父さんを放せっ!!」
「貴様は黙っていろ。まだ大佐の話は終わっていない」
「なんだと!!」
「お前たち、そこまでにしておけ!!!!」
父さんを組み伏せたサラマンダーに怒声をあげたその瞬間、身体が凍り付くような威圧感を伴った国分寺大佐の一喝が部屋全体に響いた。
「サラマンダー、ソウジロウを放してやってくれ。彼も十分頭が冷えただろう」
「......了解しました」
サラマンダーは国分寺大佐の命令に従い、組み伏せていた父さんを解放した。俺は父さんの傍に駆け寄り、地に伏した父さんの肩を支える。俺に肩を支えられた父さんは小さく「すまない」と呟き、ゆっくりと立ち上がった。
「サラマンダーが失礼した、すまないなソウジロウ」
「......いや、俺も冷静さを欠いていた......。だが、国分寺、まずはここにシュウがいる件について説明してくれ」
「そうだな、まずはそこから説明しよう」
国分寺大佐は、なぜ俺がここにいるのか、父さんに話し始める。
コロニーの外壁の一部崩壊、クリーチャーの多数侵入、飛竜種の襲来、そして、俺がアストレイアに偶然乗り込んだこと。それを順を追って話した。そして、話を聞いていく度に父さんの顔が険しくなっていくのが見えた。
「――というのが、事の経緯だ」
「......事情は分かった。だが、なおさら意味が分からない」
「意味が分からない......とは?」
「アストレイアを出した理由だ。たしかに飛竜種はこれまで討伐された記録がない脅威だ。だが、最終的に交戦した場所がコロニーの内部なら、鳴神少佐の言うようにコロニーの全戦力を総動員すれば良かったんじゃないのか?」
父さんは冷静に国分寺大佐へアストレイアを出したことについての疑問点を問いただす。ここまでの父さんの口ぶりから、俺が乗っていたアストレイアは何か使うことが躊躇われるような隠された秘密がある。俺は自然とそのように察した。
「......ソウジロウ、ここ最近のデモンズの供給数は知っているか」
父さんの疑問の言葉に対して、国分寺大佐はそのような質問を投げかける。それを聞いた父さんは、その質問に淡々と答える。
「......昔と比べて極端に減っている。第一世代のファーストチルドレンの時の約10分の1程までに......」
「そうだ。ファーストチルドレンが戦っていた時代にCOAの開発者として活躍していた君には分かるだろう」
「......あの時代の話か」
「あの時はクリーチャーが出現し始めたばかりで、今のようなコロニーも存在せず、世界中ではクリーチャーによって親を失った孤児が数十万という規模で溢れ返る惨状が広がっていたな」
「.........」
「あの時、君は最後まで強く反対していたな。IDOが彼らをデモンズとして改造し、COAに乗せて戦わせるという人権の欠片もない非人道的な計画を」
「......COAの開発に一枚嚙んだとはいえ、俺は人の命を守る医師だ。あんなふざけたものに賛成できるはずがない」
「フッ......君らしいと言えばそうだな......」
国分寺大佐は父さんの答えに静かに笑みを浮かべる。だが、それはどこか儚く、ずっと長い間、重いものを抱え込んできたように見える。そして、大佐は顔を引き締め、もう一度父さんへ向き合う。
「だが、君の願いも虚しく、結局世界は彼らを犠牲にすることを選んだ。......それは、あの時から20年以上の時が経った今でも変わらない」
「......だろうな」
「しかし、今はあの時と違って、コロニーというある程度の安全が確保された環境が整っている。第二世代にあたるセカンドチルドレンの時はさほど気になりはしなかったが、そこにいるセイレーンたち第三世代――サードチルドレンが導入されたあたりからはデモンズの素体の供給が全体的に困難になっている」
国分寺大佐は、その非常な現実を半ば諦めが滲むような口調で語る。だが、父さんは毅然とした態度で彼に本題をぶつける。
「......それで、アストレイアを出す判断をしたというのか?」
「デモンズが慢性的に不足しつつある今の時代では、無暗にデモンズの数を減らすわけにはいかない。だからこそ、俺はアストレイアの力に頼らざるを得なかったのだ」
父さんの言葉に、国分寺大佐は力なくそう呟いた。しかし、父さんはまだ彼に対する追及の手を止めなかった。
「だが、それでもアストレイアを運用するには相当のリスクがあったはずだ。下手をすれば飛竜種の襲来なんか可愛く見えるくらいの悲劇を生み出しかねないほどの......」
「――!!? 神崎技術大尉、それは一体どういうことですか!!!」
父さんがそう言ったその直後、俺の前にいたセイレーンが動揺した様子で父さんへ問う。
「君は......確かセイレーンといったか。急にどうしたんだ」
「そのアストレイアは、本来ならばコロニーに侵入したクリーチャーを殲滅するために私が乗るはずでした。ですが、そんな危険性があるなんて、私は聞かされていません......!!」
セイレーンのその言葉を聞いた途端、父さんは目を大きく見開く。そして、鬼のような形相で国分寺大佐の方へ振り向く。
「国分寺......お前ッ......!!!」
「......仕方がなかったのだ。デモンズの損耗率を最小限にしつつ、コロニーをクリーチャーから守るためには......」
「だからって、アストレイアの危険性を伏せたうえで乗せようとするバカがいるか!!」
俺は目の前で起こっていることが信じられなかった。あの温和で優しい性格の父さんが、怒りで顔を歪ませ、声を大きく荒げて激怒している。俺はあんな様子の父さんを初めて見た。俺がその光景に啞然としていると、セイレーンが父さんへ問いかけた。
「神崎技術大尉、教えていただけませんか。私が乗るはずだったあのCOA......アストレイアのことを」
「......分かった。こいつの差し金で、現にアレに乗せられようとした君には知る権利がある」
「......ソウジロウ、あまりそんな目で見ないでくれないか」
「知るか、元はと言えばお前が撒いた種だろうが」
父さんは国分寺大佐に毒を吐いた後、セイレーンの願いを聞き入れ、その口から、アストレイアがどんなCOAなのか、そして、なぜ危険とされているのかを語り始める。
「アストレイアは、今から15年前に【デモンズを必要としないCOA】という開発コンセプトの下で俺が設計した試作機だ。機体が完成したのはそこから4年後......シュウ、ちょうどお前が小学校に入学したてだった時だ」
俺が小学校に入学したての時......父さんが夜遅くまで仕事をすることが多くなった時期だ。俺は、なぜ父さんがあんな疲れた顔で帰ってくるほどに遅い時間まで仕事をしていたのか、その全ての理由を理解した。父さんはこの時からアストレイアの開発を必死に進めていたのか。
「そして、アストレイアには、俺が普通の人間がCOAを運用できるようにするために開発した、【魔石骨格】という魔石を全体に組み込んだ特別な骨格フレームが採用されている。セイレーン、魔石の持つ固有性質は知っているな?」
「はい、生物の生命反応に呼応して、魔素を放出する性質のことですね。私たちデモンズはそれを最大限に発揮するために、幼少の頃に魔石を埋め込み、身体の成長と同時に同化させていますから」
「そうだ。そして魔石のその固有性質を普通の人間でもデモンズと同じく最大限とはいかずとも、COAに乗って戦えるくらいに発揮できるようにするのが魔石骨格というわけだ」
魔石骨格――そんな画期的な技術が父さんによって開発されていた。それは今のクリーチャーが溢れかえったこの世界で、まさに革命的ともいえるものだった。しかし、それについて語る父さんはどこか浮かない顔をしていた。そこに、セイレーンが疑問を切りこんでくる。
「妙ですね、そんな画期的な技術がすでに開発されているなら、今にでも導入されたはずですよね」
セイレーンの指摘は的を射ていた。そんなものがあるならば、今頃COAにはデモンズではない普通の人間も乗って戦っているはずだ。その指摘に対して、父さんは嫌な過去を思い出すかのように答えを出す。
「その指摘はごもっともだ。だが、残念ながら、魔石骨格は思ったような成果を出すことができなかったんだ。具体的に言うと、システムの起動自体は成功したものの、COAをまともに動かすには至らなかった。その後に何度も検証を重ねたが、結果はどれも同じだった。結局、COAはデモンズにしか動かせないことを俺は証明してしまうことになってしまった」
「なるほど、そんな理由があったのですか。でも、それだけではただの失敗に終わっただけで、危険とは言えないと思うのですが......」
「そうだな、確かにこれだけでは危険とはいえない。だが、この話には続きがあるんだ」
父さんはここからが本題といったように、真剣な顔をして続きを話し始める。
「魔石骨格の実験は非デモンズでのCOAの運用が不可能という結果に終わった後、軍の上層部からデモンズをアストレイアのテストパイロットとして乗せて実験するように命令が下されたんだ。本来はアストレイアはデモンズを乗せることを想定していない。何が起こるかが分からないからな。だが、技術士官とはいえ俺も軍人だ。上層部から命令には逆らえず、俺はデモンズをテストパイロットとしてアストレイアに乗せて実験することになった。その結果――」
父さんがアストレイアにデモンズを乗せた実験の結果を言いかけた途端、口をつぐんだ。まるで、この先はあまり語りたくないと言っているかのように。父さんは少しの間黙り込んだ後、セイレーンたちデモンズの方へ顔を向ける。
「この先の話は君たちデモンズにとって嫌な話になる。聞きたくないというのなら、この話はしないでおくが......」
「......いえ、もうこの際です。聞かせてください」
「......本当にいいんだな?」
「はい」
父さんは顔を伏せて必死に悩んだ後、覚悟を決めてように伏せた顔をあげる。
「分かった、全てを話そう」
そして、デモンズをテストパイロットとして乗せた実験の隠された秘密が、ついに父さんの口から語られる。
「上層部の命令によって、俺はテストパイロットに任命されたデモンズの少年をアストレイアに乗せて検証実験を開始した。もちろん、アストレイアを動かすことには成功した。最初はまだ特に問題が起こることなく、全てが順調だった。魔石骨格の状態も良好で、検証の結果していくうちに、魔石骨格は機体の追従性や反応速度が従来機に比べて大幅に向上することが判明するなど収穫もあった。だが――」
話を進める父さんの拳がギリギリと音を鳴るほどに強く握られる。
「異変が確認されたのは実験が始まって五分ほど時間が経った時だった。アストレイアの魔石骨格とテストパイロットの魔石から突然に異常な魔素反応を検知されたんだ。その魔素反応はまるで魔石骨格とデモンズの魔石が共鳴しているかのように急激に膨張していき、テストパイロットが突然苦しみだした。彼は苦しみながらこう言っていたよ『まるで自分が自分じゃなくなっていく』って」
テストパイロットの苦しみの中で言っていた言葉を聞いたセイレーンたちの顔色が徐々に変わっていく。彼女たちは彼の身に何が起こっていたのかを察したようだ。
「神崎技術大尉......!そのテストパイロットの身に起きた異変は、まさか......!」
「ご察しの通り、君たちデモンズが抱えるリスクのひとつである【精神汚染】が起こったんだ。しかも、あり得ないほど急速に。」
父さんの返した答えに、セイレーンたちデモンズが激しく動揺し、その顔は酷く青ざめていた。精神汚染――そのあまりにも物騒な言葉に横で聞いていた俺も冷や汗が出ていた。
「その後に一体何が起こったのかは想像に難くないと思う。急速に精神汚染が進んだテストパイロットは完全に自我が失い、暴走した。その結果、施設の一部が壊滅的被害を受ける暴走事故を起こすことになった」
「......その後、テストパイロットはどうなったんですか......?」
セイレーンが恐る恐る、そのテストパイロットがどうなったのかを聞く。
「......死んだよ。暴走中に生じた強力な魔素負荷でね......。セイレーン、君がもしその時アストレイアに乗っていたら、彼と同じ結末を辿っていたと思うよ......」
父さんは深い悲しみを滲ませた顔で答えた。
テストパイロットがアストレイアに乗り、精神汚染によって暴走事故を起こした。そして、その結果、テストパイロットは死ぬ運命を辿った。その残酷な事実が突きつけられる。
俺はセイレーンの方を見る。彼女は酷く顔色が悪く、その身体は小刻みに震えていた。
「それじゃあ......私はあの飛竜を倒すためだけのために......使い捨てにされようとしたということですか.....?」
「......残念ながら、そういうことになる」
自分が本来辿るはずだった結末を知ったセイレーンが父さんに問う。それに対する父さんの答えは、非常に無慈悲なものだった。それを聞いたセイレーンがその場で崩れ落ちる。俺に対してあんな冷徹な視線を向けてきたセイレーンが。
その後、少しばかりの沈黙が続いたが、彼女の横に立っていたサラマンダーがその沈黙を破る。
「神崎技術大尉、少しいいだろうか。」
「君は確か俺を即座に組み伏せてくれたサラマンダーだったね。一体、何が聞きたいんだ?」
「ずっと疑問に思っていたのだが、そのアストレイアというCOAも結局は普通の人間では扱えないなら、なぜ貴方の息子はそいつを動かすことができたのだろうか?」
「.........ついにその話に触れたか」
サラマンダーの疑問に、父さんが静かにそう呟く。
正直、俺も気になっていた。父さんの話を聞く限りでは、俺が乗ったアストレイアは普通の人間では動かすことができない。だが、俺には動かすことができた。それに、キラービーのあの言葉――
『人間のような、クリーチャーのような......そんなどっちつかずな気配がする......』
俺はあの言葉がずっと心の奥底に引っかかっていた。そして、俺は一体何者なのか、父さんはおそらく知っている.....。俺は一度、自分の秘密について、父さんに聞いてみることにする。
「.....父さん、話してくれないか。ここまで話を聞けば俺でも分かる。俺は、普通の人間じゃないんだろ......?」
「シュウ......」
信じたくなかったが、COAを、しかも暴走事故を起こした曰くつきの物に乗ることができた俺は、間違いなく普通の人間ではない。なぜ父さんはそのことを黙っていたのかは分からない。自分が何者かを知りたい。俺はただ、それだけを知りたかった。
「......もう、隠すことはできない......か」
「......父さん」
「お前の言う通りだシュウ。お前は......普通の人間じゃない」
俺はその答えに『やっぱりか』と内心で呟く。そして、父さんの言葉は続く。
「シュウ、お前は生まれながらのデモンズとしてこの世に生まれてきた」
「生まれながらのデモンズ......?」
「人の手が及んでいない自然に生まれた天然のデモンズ。さしずめ【ナチュラル・デモンズ】といったところか」
ナチュラル・デモンズ。生まれつきデモンズとしてこの世に誕生した天然のデモンズ。
それが、俺がアストレイアを動かすことができた理由であり、父さんがずっと俺に隠し通してきた秘密――




