謎①
今まで出逢った人の中でも1番の巨体。
謎のぬめりで体が艶々と光り輝いている。
歩くだけもしんどそうな村長は、荒い呼吸で3人を呼び止めた。
「ひぃ、ふぅ…依頼を受けてくれるそうで…」
「誠に感謝ですぞぉ」
「こ、困った方を助けるのは当然の事ですから…」
「立ち話も何ですからな、オラの家に来てくだせぇ」
満面の笑みで話をする村長。
距離の近さに背筋を凍らせながら、環は必死に平静を取り繕う。
案内されるまま、村長の後ろをついて行く。
「こいつが本当に村長なの?」
「信じられないんだけど…」
「…でっかい、ぬるぬる」
「しっ!2人とも、これ以上喋るの禁止!!」
2人の言葉を聞いた環が鬼の形相で振り返った。
人差し指を唇に当てて、小声で叱る。
怒気に溢れたオーラに、2人は物凄い速さで首を縦に振った。
気がつくと、目の前には大きな藁の小屋。
既に小屋の中に居た村長が、にこやかに手招いていた。
会釈をしながら小屋へと入っていく。
「こんな村に勇者殿が来て下さるなんて!光栄だぁ」
「何もない漁村ですが、ゆっくりして下せぇ」
促されるまま、硬い敷物へと座る3人。
「ありがとう。でもゆっくりはしてられないわ!」
「あたし達は黒いモンスターを討伐しに来たの」
村長は労いの言葉を3人に掛けた。
しかし、澄香はそれを一蹴し本来の目的を話す。
一瞬、目が丸くなった村長。
だが、次の表情は安堵に包まれた顔だった。
「さすが勇者殿だぁ。…ここ数日で、漁師が何人も消えてんだ」
「海で襲われたみてぇでな、船しか残されてねぇ」
「モンスターから逃れた奴も、黒い痣が出来ちまって苦しんでる」
「…黒い、痣?」
その言葉に、留奈が反応を示した。
険しい表情を浮かべて、村長に問い掛ける。
「その痣、広がったり、してる?」
「何で分かんだ!?今じゃ、もう寝たきりでよぉ」
「…それきっと、呪いだよ」
「何だってぇ!?じゃあ、あいつはもう…死ぬしかねぇってのか?」
衝撃的な一言に狼狽える村長。
大量の汁を滴らせながら、恐怖に怯えて留奈に問い掛ける。
その様子を見ていた留奈は、首を横に振って言葉を続けた。
「…わたしが居るから、大丈夫」
そう言うと、留奈は勢い良く立ち上がり村長へ視線を送る。
威勢の良さに2人は瞬きを何度も繰り返していた。
「そのひとの所まで、案内して」
「あぁ。分かったぁ」
同じように立ち上がった村長。
その後ろを着いていく留奈。
少し間を置いて、2人が後を追いかける。
「留奈!勝手に1人で行動しないでよっ!」
「でも、大事な何かが分かったのよね?」
「…ん、呪いを解除出来ないか、やってみる」
「無理は、しないで頂戴ね?」
環は留奈を見据えると、心配そうな目で問う。
一度だけ頷いて、自信溢れる顔を見せた留奈。
苦しんでいる村人の小屋は直ぐ近くだった。
「ここですじゃ!どうか…!」
「皆は離れてて」
「…お邪魔しまーす」
瞳を潤ませて言葉を発する村長と2人を置いて、小屋へと入って行く留奈。
視界に入ったのは、細長い痣が全身に広がり苦しむ村人だった。
熱にうなされ、大量の汗が流れる。
妻が泣きそうになりながら、何度も汗を拭いている。
荒い呼吸音だけが、小屋に響いた。
「家に何か…用ですか?」
「その人、助けるから。待ってて」
急な来訪者に怯えた目付きで話し掛ける妻。
だが、留奈の言葉を聞いた瞬間目の色が変わった。
体を拭いていたタオルを置くと、一目散に留奈へと駆け寄る。
「ほ、本当ですか!?もう1週間もこのままで…」
「黒いのも広がって、目を覚まさなくなって…うう」
「わたしに任せて。何とか、してみせる」
留奈は、徐ろに村人の前に立つ。
目を瞑り、意識を集中させ始めた。
小屋中が柔らかな空気に包まれていく。
突然、緑の魔法陣が村人の下に展開された。
「苦しいのも、とんでけ!」
目を開いて叫ぶように言い切る。
次の瞬間、直視出来ないほどの光が放たれ全員の目を焼いていく。
咄嗟に羽根で目を覆う。
その時、留奈の魔法陣が瞬間的に黒く染まっていた。
輝きで、誰も気付かない。
俺は、後で後悔する事になる。
何故この時、留奈の近くに居なかったのだろうと。
烈しかった光は緩やかに収束し、やがて小さな粒となって空中で消え去った。
仕事を終えた留奈。
額に汗を滲ませてふぅと小さく吐息を漏らす。
「…もう、大丈夫」
静かに振り返ると、留奈は外に居た全員に向かって話した。
バタバタと足音を立てて部屋に入って行く。
入れ替わるように、呼吸を荒くしながら部屋から出て行く留奈。
細い腕に黒い痣が出来ているのを、ローブで無理矢理隠した。
その先には、黒い痣がすっかりと消え去った村人の姿。
「…あれ、ここは?」
「あんた!やっと目を覚ましたんだね!」
「ハッ!そうだ!俺は黒い奴に襲われて…!」
村人が、意識を取り戻した。
思わず語気を上げながら抱きついて嬉しさを分かち合う妻。
睦まじい姿に、皆の頬が綻んだ。
しかし、村長はすぐに村人に向かって問いかけた。
「襲われた時の事、詳しく教えてあげてくれぇ」
「このお三方はな、オマエを襲ったモンスターを退治してくれるそうでな」
「えっ?…はい。と言っても船に乗ってたんで、詳しい事は…」
「何でも良いわ。少しでも情報が欲しいの!」
懇願する澄香。
その様子に困惑しながらも、村人は一つ一つと言葉を紡ぎ始める。
「俺が漁に出るのはいつも夜なんだ。あの日もそう」
「普通に作業して、帰る予定だったんだが…」
「突然、俺の体に黒い何かが纏わりついてきたんだよ!」
物騒な言葉に、辺りの空気が重くなってきた。
生唾を飲みながら話を聞く2人。
「物凄い力だった!体を潰されて、そのまま落ちて死ぬかと思ったよ!」
「俺はたまたま、持ってたナイフを振り回したら当たったみたいで逃れたんだ」
「でも、帰ってきたら変な痣が出来てて…」
身振り手振りで話す村人に、じっくり耳を傾ける。
小屋の入り口に居た留奈がか細い声で呟いた。
「それが、呪い…だよ」
「触られただけで?ずるいじゃないの!」
「もし戦闘するなら…攻撃を受けてはダメと言うことね」
難しい顔をして考え込む環。
澄香も急に静かになり策を巡らす。
「って言っても、そんな簡単な事じゃないわよ?」
「あたし達、毎回ボロボロじゃない」
「ごめんね。私の盾が、もっと強かったら…」
「お姉ちゃんにはいつも助けられてるから!大丈夫だって!」
環は不甲斐なさそうに眉を下げて悔しそうに口をつむぐ。
慌ててフォローを入れ、励ます澄香。
そんな2人を横目に見ながら、村長は再び村人に問う。
「何処で襲われたか、分かるか?」
「南側の、海岸です!多分夜しか出てこないと思います!」
「確かにそうだなぁ。勇者殿、如何します?」
やっと、黒いモンスターの出没地域を特定出来た。
村長が目を遣ると、澄香は自信満々な顔で言い放つ。
「決まってるじゃない!今すぐ行くわ!」
「あの…船を、借りても良いですか?」
「勿論です!助けてくれたんだ!俺のを使って下さい!」
「襲われてボロいからすぐ分かると思います!」
「お心遣い、感謝しますわ」
話が纏まると、我先に走り出した澄香。
目的地は南側の海岸。
環も感謝を述べると、続いて小屋を去って行く。
そんな中、留奈は1人その場から動かない。
不安そうに見つめる村長。
「勇者殿…大丈夫ですかい?」
「オラがあそこまで運んで行こうかぁ?」
「…ちょっと、疲れただけ」
「ありがと。行ってくる」
俺を抱き上げながら呟く留奈。
いつもより、体温が高い気がする。
魔力の消耗が激しかったのか?
フラフラと覚束ない足取りで現地へと向かう。
「お気を付けてー!」
留奈は、その声に応えるように振り向いて会釈をする。
俺を抱く手が、静かに震え始める。
顔が上気し、息も荒くなっていく。
留奈の腕の痣が、脈を打ち僅かに広がった。
(今の、波動は何だ…?)
既に敵の術中に嵌っている事を、俺達は知らなかった。




