船出②
コマンドが世界へ広がる。
俺は慌ててモニターで3人の姿を確認した。
…今回は誰も、苦しそうにはしていない。
「良かった…」
ホッとした拍子に手足から力が抜けていく。
その場にしゃがみ込み、深いため息が出てしまった。
「ほれ!ぼんやりしてたら置いてかれるぞい!」
「さっさと見守りに行かんか!」
「言われなくてもあっちに行くって!」
「…背中押してくれてサンキューな」
頭に鈍痛が響く。
ゼウスが急かすように、ぴょんぴょんと飛び回っている。
顔を上げ、言葉を返すと俺は立ち上がった。
聞こえないくらい小さい声で礼を言う。
恥ずかしくて俺は直ぐに現実へと戻って行く。
「全く…まだまだ未熟じゃのー!まぁ、それが可愛くもあるんじゃがな」
消え行く俺の背に向かって、言い放つゼウス。
その笑みは、愛おしそうな面持ちだった。
戻る途中、また考える。
俺のやっている事は正しいのかと。
妹だけを見ていると、世界は一瞬で歪むんだ。
俺のチートは、平和の上に成り立ってるのかもしれない。
「ぎゃっ!」
ハッと目が覚めると視界は真っ暗だった。
しまった!とつい鳴いてしまった俺。
鳴き声に気付いた留奈が、そっとローブを捲り上げた。
「…終わった?」
その問い掛けに、俺は首を縦に振る。
顔が綻び嬉しそうに笑う留奈。
「そっか。良かった」
独り言のように呟いてみせると、再び俺を腕の中に収める。
船がゆっくりと、動き始めた。
水面が大きく揺れる。
遂に陸を離れ、目的地へと向かっていく船。
「だ、大丈夫よねっ!?」
「澄香ちゃんたら、心配性なんだからぁ」
「…水、綺麗だよ」
ブルブルと唇を震わせ恐怖に怯えながら叫ぶ澄香。
いつもと変わらない2人の返事。
余りにも怯える澄香に船員が声を掛ける。
「こう見ても腕に自信はあるんで!大丈夫っす!」
「そう言う奴が1番信用ならないのよっ!」
「こらっ!初対面の人にそんな事言わないの!」
「すみません…この子、水が苦手で…」
「いやぁ…船苦手な人も多いんで、気にしてないっす!」
子犬のように吠える澄香を一喝し、そっと抱き寄せる環。
八の字に眉を寄せ、申し訳なさそうに謝罪する。
船員はあっけらかんと語ると、船はどんどん前進していく。
その瞬間
船全体がドシンと音を立てて大きく揺れた。
波が激しく荒ぶり始める。
「きゃああっ!?」
「澄香ちゃんっ!しっかり掴まってて!」
「うわっ!しまった!こっちのルートは水流が安定しない…」
揺れ続ける船。酔いが回りそうだ。
不意に、片側から大波が押し寄せてきた。
「えっ…?」
波は、重力に反するように空へとうねる。
まるで物質のようにグニャリと形を変え、半円を描いて反対の水面へと落ちていった。
「意志を持ってるの?このお水は…」
「…動物の気配は感じなかったよ」
最後に波が跳ね落ちると、水飛沫が全員を襲った。
細かな粒が3人の衣装を濡らす。
「いやーっ!もう!濡れたーっ!」
「あらあら、これくらい何とも無いじゃない」
「…アトラクションみたい」
「す、すいません!怪我はしてないっすか!?」
事あるごとに大絶叫を繰り返す澄香。
環は宥めるようにひたすら澄香の頭を撫で続ける。
目を輝かせて状況を楽しむ留奈。
申し訳なさそうに謝罪をしながら、船員が問い掛ける。
「大丈夫ですわ。一刻も早く、サグーロへ」
「お任せ下さい!」
環は船員に向けて、朗らかな笑顔で喋った。
その様子に小さく頷くと、オールを素早く動かしていく。
激しい波が、オールに当たる。
すると突然、スーっと波が引いていった。
進行するオールの先だけが、凪いていく。
波が打ち寄せても、船には決して当たらない。
「…何か、この船って特別なの?」
「それとも、船長さんって祝福されてたりする?」
違和感を感じた澄香は怪訝な様子で船員に伝えた。
その言葉を聞き、慌てて何度も首を横に振る。
「いやいやっ!祝福なんて!何言ってるんすかー」
「俺にもわからないんすが、今までに無いくらい順調に行ってくれてるっす!」
そう言いながら、船は突然滝を降り出した。
物凄い勢いで船は急降下する。
気絶しそうになる澄香を抱き締める環。
「っ!くそっ!制御が…効かないっ!」
「やだ…やだやだぁ!」
(落ちる…!このままじゃ船が!)
だが、水面は優しく船を受け入れた。
ふわりと包み込むように。
水飛沫ひとつ上げることなく。
「ん?」
「えっ?」
スイーッと水流に乗りゆっくりと動いている船。
状況が理解出来ていないその場の3人。
不思議そうに船員が不穏な言葉を呟く。
「おかしいな。ここが転覆スポットなのに…」
「早く言ってくださぁい!」
「あっ、すいません!危険な場所なんすよ!本当に!」
「でもここを抜けたら、あと少しなんで!」
「…船に、加護が付いてる」
「そうだよね?フーちゃん」
濁流は前進のエネルギーになり、ぐんぐんと船が走っていく。
留奈は腕の中の俺に語り掛けるように問い掛け、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
俺は無言で小さく固まるしかなかった。
(これが、安全…なんだよな?)
やがて揺れも少なくなり、穏やかな水面へと変わっていく。
今までの鬱蒼した空気ががらっと変わっていくのを感じた。
視界が広がる。
「や、やっと着いたの…?」
「見て、澄香ちゃん!あっちに村が見えるわぁ」
「長かった…」
遠くの港を指差す環。
顔を動かす気力すらない澄香は、目線だけをそちらに向ける。
流石の留奈も、胸を撫で下ろすように小さく息をこぼす。
「もう着くんで!準備を!」
言葉通り、船は漁港へと入っていく。
海の香り。
知らない種族。
市場には見たこともない魚が売られている。
「すごいわねぇ。異世界みたいだわぁ」
「異世界なのよ、お姉ちゃん…」
「…おさかな」
今まで居た街では見ることのない、光景。
3人は足早に船から上がっていく。
「連れてきて頂き、ありがとうございました♪」
「またのご利用お待ちしてまーすっ!」
お互いに会釈をして会話をする。
手早く碇を回収すると、船はまたオルドへと戻って行く。
環は2人の元へと戻って行った。
「凄いわね!磯の香りでいっぱいだわ!」
「ええ、漁村に来るなんて思っても見なかったわぁ」
「…かに、えび」
「しーっ!留奈ちゃん、静かに!」
魚人や水棲生物のような見た目の種族が多い。
環境的なものか?
留奈の目が延々と輝いている。
「まずは、依頼主を探しましょうか?」
「ここにギルドはあるの?」
「小さな村だから無いみたい。でも村長さんが依頼主みたいだわ」
「偉い人、探そ」
環と澄香は依頼の紙を見ながら辺りを見渡す。
何人かの人と目が合うと、怯えた様子で見つめ返される。
「歓迎はされてない、みたいね」
「私達の服とか…おかしいのかしら?」
「違うよ、わたし達じゃない」
「村を荒らしたのが人だから、怖いって言ってる」
誰かの言葉を受け取った留奈。
俯くと覇気のない表情で言い放った。
「やっぱりメルクスが来たのね!」
「早く村長さんを探さないと…!」
その時、大地を揺らしながら巨大な魚人が3人に向かって駆け足で近寄ってきた。
足音が聞こえると、周囲の住民が一斉に道を開ける。
「勇者殿ー!ようこそサグーロへぇえ!」
「……さかなー!!」
留奈の渾身の雄叫びが、村中に響き渡る。
その声に静かな水面が一瞬、揺らいだ。




