苦しい、苦しい、呼吸が苦しい。(みずほ台視点)
――ハァハァ、ハァハァ…… 呼吸が苦しい。
でもそれ以上に、なぜ……なんで俺のプレーが全然通用しないんだ……。
ブロックは後をあっさり抜かれて、スパイクは全部キレイに触られる。
鶴瀬さんは祈るようにきつく目を閉じて、
清瀬さんは膝の痛みで苦しそうな唸り声を上げている。
毛呂山さんがなぜかリベロユニフォームを着ていて、必死に俺へ何か伝えようとしている。
鶴ヶ島さんは、制服姿でスタンド席から声を枯らせて大きな声を出していて、
今ここで点数を取れるのは、俺しかいないのに。俺がやらないとなのに……!!
相手コートを見ると、全員が俺を見つめている。
徹底的にマークされている。
そういえばこの時、初めて重圧を感じて、見事に叩き潰された。
でも今の俺は、大学生で、プロで、何度も似たシチュエーションを乗り越えてきたはず。
それがなんで今できない?
足が重くて、身体が試合の流れについていけていない。
そして呼吸が苦しい。
苦しい、苦しい……、苦しい、苦しい、苦しい――
ガバッ
「にしても、苦しすぎだ!!」
大きな声を上げて、勢いよく起き上がるみずほ台。
ゴンッと鈍い音を立てて額が何かにぶつかった。
「あ痛ぁ――!!」
身体をよじって後を振り返ると、額をおさえて仰向けで悶えている人がいた。
「嫌な夢を見た……」
高校2年生の春高予選、ベスト4が決まる試合。
3年生がほとんど抜けてしまって、でも残ってくれた3年生に頼りすぎて……負けた。
大人になってからも時々見る、俺にとって消えることのない傷を残した試合。
一つため息をついて、もう一度背後を見る。
(……鶴ヶ島さん? にしてはシルエットが痩せすぎか?)
「……なにやってんすか」
とりあえず真っ先に気になったことを聞いてみると、自分の額も少し熱くなっているのを感じるが、俺は石頭だからあまり痛くない。あと鼻を洗濯バサミで挟まれてる。
「なんじゃこりゃ」
洗濯バサミを外すと息苦しさがマシになる。
鶴ヶ島さんらしき人物は何も喋らない。それほど痛かったのだろうか。
(放っておこ……)
布団をどかして、とりあえず立ち上がってみると、視線がいつもより低い気がする。
とりあえずコンタクトをつけないと何も見えないから、洗面台を探す。
(あれ、鶴瀬さんの部屋の間取りってこんなだったっけ?)
そんな事を考えながら洗面台らしき場所を発見して、コンタクトをつけてみる。
すると鏡に写ったのは、ヒョロくて芋臭い高校生の頃の自分。
「んえぇ――――!?」
大声を上げてしまう。
「何これ、誰これ、どういう事っすか!?」
思わず、鶴ヶ島さんのいたところに戻ろうと洗面所を出た瞬間、冷蔵庫から飲み物を出そうとする鶴ヶ島さんらしき影が眼前に現れる。
「うわ、あぶな!」
すぐさま冷蔵庫の扉を閉じ、丸く縮まる鶴ヶ島さん。反応が速い。
一方で勢いを止められなかった俺は、ダンゴムシみたいな鶴ヶ島さんに足を取られて、クルッと前転りしながら床に倒れた。
(もう、何がなんだか……)
視界にチカチカと光るものを感じ、少しの間起き上がれなかった。
「この短時間で、何回ぶつかってくるの……、暴走もやし」
目を開けると、冷えたペットボトルで額を冷やす鶴ヶ島さんが、呆れた表情で見下ろしていた。
※※※
「俺も分からないけど、とりあえず受け入れて落ち着く事にしたよ」
痩せた鶴ヶ島さんは、ちょっと嬉しそうにそう言った。
(この人、痩せた自分に喜んでるんだろうな……)
そう感じながら、冷蔵庫にあったレモン牛乳を飲む。
レモン牛乳とこの宿泊施設のセットで、今が長野合宿中だとわかる。
「200✕年の11月初旬の土曜日。 時間は午前6時30分っすか」
祝日を挟んだ3連休で、何チームか集めて合宿中というシチュエーションなのだろう。
「まって、11月ということは、春の高校バレー予選前の調整合宿って感じなんですかね?」
ケータイ電話のカレンダーを見てそれに気づくと、急に心に緊張感が芽生える。
「げッ!? 11月って、そんな時期だったっけ? だとこの感覚はまずいかも」
鶴ヶ島の方に視線を向けると、先程までと変わって表情が少し固くなる。
同じような心境になったのだろう。
(すごい。ちゃんと当事者意識を持って、自分のコンディションを考えてる)
正直、鶴ヶ島の切り替えの早さに関心してしまった。
でも思い出す。鶴ヶ島さんは基本マイペースな人だけど、責任感は強い人であったと。
「こうなった理由は分からないけど、俺等の妄想が現実になったということで! まずは合宿で感覚戻しましょ!」
そう言って鶴ヶ島の方を見ると、緊張と困惑の表情のままだが、でも強く頷いた。
「う〜ん。……とりあえず、やるわ」
(そうだ。先輩たちの、この切り替えの雰囲気がかっこよくて好きだった)
「というか、鶴瀬はどうなんだろうね?」
ふと、疑問をこぼす鶴ヶ島。
(たしかに。30歳の俺たちがここにいるなら、鶴瀬さんがいてもおかしくない)
たぶん鶴ヶ島さんも同じ推測をしているのだろう。
「探してみますか。 どうせ毛呂山さんと同じ部屋にいるでしょうし」
鶴瀬さんは二人部屋の時、大体毛呂山さんと相部屋だったと記憶している。
あの二人が揃う部屋は俺も鶴ヶ島さんも立ち入れない、というか立ち入りたくない。
ザ・オタクという独特の世界ができあがって、ちょっと苦手だったのを思い出す。
(毛呂山さんと出会った鶴瀬さん、どんなリアクション取るんだろう)
そんな事を何となく考えていると、鶴ヶ島が口を開く。
「毛呂山か、30歳の鶴瀬があいつと会ったら、天国か? とか言って泣いて喜びそう」
鶴ヶ島は俺と同じ事を考えていたのだろう。
「うわ、すげー想像できる」
鶴ヶ島とみずほ台は、部屋を出て寒い廊下を歩き出す。




