こんなに器用なヤツだっけ?
30分後――。
30分もやっていれば清瀬のサーブへの対処法も、完全ではないが掴み始める。
彼の打つ前の動作で、とんでくるであろう方向を予測して動けるようになっていた。
30歳の身体だったら予測しても間に合わないだろうと思う状態でも、この身体は良く動く。
寒いはずのアリーナでも半袖短パンで、汗びっしょり。
身体から熱を放っているのが分かるけど呼吸は苦しくはなくて、むしろギアが入った。そんな感覚。
これが若さかという実感がある。
しかし一方で、自分の弱さについて考える事だけは止められなかった。
(無駄な思考は極力減らさないといけないのに……)
額を伝う汗は、やたら多い気がする。
まだAカット10本連続は入る気がしないけど、3本に1本くらいはネット際中心辺りに上がるくらいの精度にはなっている。Aカット以外も、コートには一応残せてはいる。
「全然10本連続入らないじゃ〜ん、ちょっとはマシになってきたけど」
それでも不服そうな清瀬は、早くスパイクを打ちたいらしい。
たまにドライブ回転のかかったジャンプサーブを打ってくる。回転がある分、レシーブが上げやすくて助かる。
「じゃあ僕の正面に打てばいいじゃん」
言われっぱなしも癪なのでとりあえず言い返すが、正直、真っ正面に打たれたとしても、あの無回転のサーブを全てAパスにできる気はしない。
――ガラガラ
突然アリーナの扉が開く音がして、急に身体が硬直した。
(ヤスが、来た……?)
そろそろ狭山が現れてもおかしくない時間だと心の準備をしていたつもりだったが、いざとなると心に反して、感情は恐怖を帯びはじめている。
「おはようございま――す!!」
身体の硬直を解くために必要なのは声を出すことだ。と聞いた事がある。
だから姿を目視するより先にとりあえず大きい声で挨拶をしてみるが、僕の声の反響が収まると何も音がしなくなった。
(……ん?)
「クッ、アハハッ……!」
静まりかえったアリーナで、突然笑い出す清瀬。
(どういう神経してんだ)
そう思いながら音のした方を振り返ると、マネージャーが口元を押さえて立ち止まっていた。
「ブフッ、お、おはようございま〜〜す……」
笑いながら入ってくるマネージャーの胸元には、ドリンクボトルが2本抱えられている。
「か、笠幡さんじゃん……」
急に全身の硬直が溶けて、思わず膝をついてしまう。
そういえばこういう勘違い、昔も良くやっていたと思い出す。
実際にやってしまうと恥ずかしくて、耳の裏が熱くなる。
「おつかれ、すごい汗かいてるね。ドリンク作ってきたよ」
早い時間。朝食まで2時間くらいあるのに、気が利きすぎるマネージャー。
彼女は我がチームの誇りである。
「ありがと……」
ひとまずボトルを受け取って飲む。甘すぎず、薄過ぎない黄金比。
10年以上ぶりに飲んだが、マネージャーが作るスポーツドリンクは相変わらず美味い。そんな気がする。
「サンキューマネージャー! 鶴瀬どったの?」
僕がヤスを怖がっていることを知っているくせに、からかうような清瀬。
清瀬はこういう時、誤魔化そうとすると後が面倒な男だ。
「ヤスがそろそろ来てもおかしくない時間だと思っただけ……。いつものやつです」
正直に告げる。久しぶりに自分を誤魔化さずに喋った気がする。
すると、マネージャーからまさかの一言。
「あ〜、朝練ヤス来ないよ! 30分前くらいに電話来て、清瀬くんと鶴瀬くんが練習してて、俺は行けないからボトル持っていってやれって言ってた!」
(マジかい……)
自然と深いため息が出て、僕はコートに座りこんでしまった。
「おいおい、気抜くなって! 良い緊張感で練習できてるんだから〜〜」
清瀬が笑いながら近づいてきて、肩を叩いてくる。
そんなこと言われても無理だ。恐怖心から開放されて、気が抜けない人なんてこの世にはいないと思う。
「何の練習してたの?」
マネージャーがコートの外に脱ぎ散らかしたジャージを拾いながら、興味深そうに聞いてくる。
「鶴瀬のサーブカット練習〜〜! こいつサーブカット苦手じゃん? だから高校バレー界で1番いやらしいサーブ打ってあげてたんだよ〜」
ドリンクを床に置いて、ニヤニヤしながら言う清瀬。
(高校バレー界で1番って、高校バレー界全部知ってんのかよ……)
「たしかに清瀬くんのサーブってどこ飛んでくるか分からないから、いやらしいかも」
笠幡さんのコメントは朝イチでも鋭い。
「いや、これ狙って打ってるんだけどなぁ……」
清瀬の方を見ると、苦笑いを浮かべながらボソリと言う。
(ざまあ見ろ……)
僕じゃ言えない嫌味も、あっさり言えてしまうマネージャーのおかげで、気持ちが少し晴れる。
本人感じたことを伝えただけだと思うけど。
ドリンクボトルをまとめてコートの外に置くと、一息入れる。そして
「よし、続きやろ」
切り替えの一言とともに身体を動かし始める。
身体も冷え切っていないし、ちょうどいいコンディションな気がする。
「せっかく来たし、私も手伝うよ」
マネージャーの気遣い能力が高すぎて、笠幡様と呼んでいたのを思い出す。
「お、助かる〜! じゃあ二段トス打ちたいから球出し頼みます!」
食い気味に言う清瀬、スパイクが打ちたくてしょうがないらしい。
もっとサーブカットを練習していたいのだが、ずっと付き合わせ続けるのはさすがに清瀬に悪い。
「了解、どんな球出しすれば良いか教えて!」
そう言って、散らかったボールを拾いを始める笠幡様。
「「女神すぎる!」」
清瀬と僕は珍しく声を揃える。
そんな僕らの方に振り返る笠幡様から後光が差していた、気がする。
「崇めていいからね!」
爽やかな笑顔でそう言う笠幡様に、清瀬と僕の心臓は撃ち抜かれていた。
「身体冷えたでしょ鶴瀬?」
そう言ってこちらを見る清瀬。言いたいことは分かった。我らが女神様に球拾いさせるなって事なのだろう。
「全力でボール拾いしたら、ちょうどいい感じになるかもしれない」
そんなちょっと寒いやり取りをした後、僕たちは猛ダッシュで球拾いを始めるのであった。
(アオハルって感じで、この時間なんか良いな)
そんな事を感じながら
※※※
僕が好きなバレーボールマンガで、リベロがアタックラインを跨ぐジャンプトスを上げているシーンがあった。あれは当時とても印象的で、是非練習をしてみたいなんて全力球拾いをしながら考える。
この時代では珍しいプレーなので、相手の意表を突けるのではないかとも思う。
「それじゃ、いくよ――」
マネージャーが思い切り叩きつけたボールはエンドラインより外まで飛ぶ。
理想とは違い、スタイリッシュにトスを上げられるようなものではない。
そもそもどんなトス上げるかを清瀬と打ち合わせてもいないのだから、スタンダードに上げるべきなのだろう。
(これは、アンダーパスで高くゆっくりしたトスに……)
ボールを運び出すようなアンダーパスの感覚は曖昧で、何となくで上げてしまったけれど、高く上がったボールは想像通りのきれいな放物線を描いている。
(そういえば、二段トスは好きだったな……だけどネットに近いかも)
そんなことを思いながら、少しの間自分の上げたトスに見とれていた。
ネットの真上辺りが落下ポイントになりそうなトス。
センターに位置していた清瀬にとって、ほぼ真後ろから上がってくるネット際のトスは難易度が高いかもと思っていたが、その想像はあっさり裏切られる。
ネットに沿ってレフト側へ開いていた清瀬は、トスの落下地点で跳ねると身体をターンさせて助走してきた方向にスパイクを叩きつける。
(……は?)
ボールは鈍く重い音を立ててコートに叩きつけられ、そのまま天井の梁にぶつかって落ちてくる。
少なくとも、30歳の僕には想像できない動きだった。
(清瀬という高校生はすごいと思っていたけれど、こんな器用さを持った選手だっただろうか……?)
少しの間、思考が停止してしまった。
でも清瀬の能力について疑問を持ったところで、自分のプレーの向上には関係ない。
これも余計な思考だとすぐに切り替えようとするが、立ち上がった全身の鳥肌と、高鳴る鼓動は止められない。
(すごすぎる、なんだ今の……)
「二段トスはまあまあ良いね。今のは試合じゃオーバーネット取られるかもだけど」
呆然とする僕を他所に、当の清瀬はヘラヘラしていた。




