↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/14

本質は何も変わっていない

 午前5時10分――。


 対面のコートから声がする。

「Aカット連続10本とりあえず入れてな〜」


「いきなり? 対人パスとかしないの?」

 アップして少しずつ身体を慣らしたい僕は、パスの時間を要求する。

 暖房もついていない冬のアリーナは激寒で、このまま動いたら怪我をする恐れもあるように感じる。


「高校生は時間がないのー、いいからいくよ」

 清瀬との会話は、いまいち要領をつかめないことが多かった。

(変な理屈……)

 そう思いながら、腰を低くしてレシーブできる体勢に入る。緊張かあるいは寒さかで、身体は少し固い気がする、プレッシャーはあまりないからたぶん許容範囲なはず……。


「よっしゃ、こい」

 準備OKの返事をすると打ち出される清瀬のサーブ。

 長身から打ち出されるサーブは、山なりではなく、打ち下ろされるようなサーブ。こういうサーブは、めちゃめちゃ取りづらい。

 回転がなく、冷えた空気の中揺れながら向かってくるボール。弾道は伸びてくるのか、途中で落ちてくるのか、全然分からない……。いや、1本目で分かるわけがない。

(というか、サイドラインギリギリに向かってきている?)


 状況把握が一通り済んだ時には、ボールはコートに落ちていた。結局僕は、その場から一歩も動くことはできなかった。


(身体の反応は良いはずだけどそんな問題じゃない……)

 考えすぎて動けなかったのだと、結論づけた。

 同時に『今の思考なら、過去を変えられたかも……』なんて考えの甘ったるさを感じて、呆然としてしままう。

 瞬間的に判断して動かないといけないバレーボールというスポーツで、この考えすぎな頭はむしろ最悪だと思えてしまう。


 バレーボールに限らず、始まってから考え出して、結果を残せる世界なんてどこにもない事を思い出す。

(何やってんだ、僕は……)


「お〜い……なんで動かないの?」

 ただ何気ないはずの清瀬の言葉は想像以上に重かった。

 

「す、すまん……」

 とりあえず謝ってしまうのは、大人になった自分の悪い癖だ。


(このままじゃ、まずい……)

 今、自己嫌悪に陥ってしまうのは最悪だ。一旦落ち着くため深呼吸する。

 すると違和感に気づいて少しイラッとする。

「いや、ちょっと待って! あそこは、別の人の守備範囲じゃん!」


 バレーボールはコートに6人の選手が常にいて、うちのチームは3人でサーブを受ける陣形をとっている。

 そのため、僕がコートのど真ん中に居るローテーションの時、サイドラインギリギリに落ちるサーブを取る事はなかったはず。


「でも、鶴瀬はレシーブしなきゃ意味ないじゃん」

 真剣な表情で、淀みのないハッキリした声でそう言い放つ清瀬。

 それはいまの僕にとっては核心を突く一言で、言葉がつまった。

「……、でも!」

 言い訳は思いついた。僕の守備範囲じゃないだろと言えばいい。

 でも、言い訳をして責任逃れをしようとしている自分が、大嫌いだった事を思い出して、それ以降の言葉を続ける事ができなかった。


「でも、どうした? レシーブできなくて全国出れるわけなくない?」

 これでもかと現実を叩きつけてくる清瀬が怖い。

 このくらい貪欲に求められる人が、将来国を背負う選手になるんだろうとも感じるが、今は他人事じゃない。僕も同じステージに立っているのだから、進まなければならない。


(そういえば、僕っていつから平気で言い訳するような人間になったんだろう)


 いろんな事が脳裏を巡って、額が熱くなっている気がする。

 でも、今までを考えても仕方ない。大事なのは今からどうするか。

 そのために必要な事だけを考えるべき。

 今の状況も、言い訳も反省も、清瀬への恐怖心も、自分の本質について考える事すら不要なのかもしれない。

 そう言い聞かせて、思いきり両頬を叩いた。


「ふざけんなノーコン! 余裕で上げてやるから、どんどん来いや!」

 思わず煽ってしまうのは、自分を奮い立たせるためなのかもしれない。

 気持ちがスッと軽くなるのを感じた。


 そういえば、吠えると弱く見える って有名なセリフがあったなと思い出す。

 でもその行為が自分自身のためになるのなら、吠えても良いと今の僕は感じている。


 強者ではない事を、今までの人生で十分に理解していたのだから。

 それでも戦わなければならないのなら、吠えてでも自分を奮い立たせるべきなのだろう。


(はぁ……、歳をとっても、少しも強くなんてなってなかった。弱さを隠すことが上手くなっていただけだった)

 それをこの朝練で理解できたのは、せめてもの救いなのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。