本質は何も変わっていない
午前5時10分――。
対面のコートから声がする。
「Aカット連続10本とりあえず入れてな〜」
「いきなり? 対人パスとかしないの?」
アップして少しずつ身体を慣らしたい僕は、パスの時間を要求する。
暖房もついていない冬のアリーナは激寒で、このまま動いたら怪我をする恐れもあるように感じる。
「高校生は時間がないのー、いいからいくよ」
清瀬との会話は、いまいち要領をつかめないことが多かった。
(変な理屈……)
そう思いながら、腰を低くしてレシーブできる体勢に入る。緊張かあるいは寒さかで、身体は少し固い気がする、プレッシャーはあまりないからたぶん許容範囲なはず……。
「よっしゃ、こい」
準備OKの返事をすると打ち出される清瀬のサーブ。
長身から打ち出されるサーブは、山なりではなく、打ち下ろされるようなサーブ。こういうサーブは、めちゃめちゃ取りづらい。
回転がなく、冷えた空気の中揺れながら向かってくるボール。弾道は伸びてくるのか、途中で落ちてくるのか、全然分からない……。いや、1本目で分かるわけがない。
(というか、サイドラインギリギリに向かってきている?)
状況把握が一通り済んだ時には、ボールはコートに落ちていた。結局僕は、その場から一歩も動くことはできなかった。
(身体の反応は良いはずだけどそんな問題じゃない……)
考えすぎて動けなかったのだと、結論づけた。
同時に『今の思考なら、過去を変えられたかも……』なんて考えの甘ったるさを感じて、呆然としてしままう。
瞬間的に判断して動かないといけないバレーボールというスポーツで、この考えすぎな頭はむしろ最悪だと思えてしまう。
バレーボールに限らず、始まってから考え出して、結果を残せる世界なんてどこにもない事を思い出す。
(何やってんだ、僕は……)
「お〜い……なんで動かないの?」
ただ何気ないはずの清瀬の言葉は想像以上に重かった。
「す、すまん……」
とりあえず謝ってしまうのは、大人になった自分の悪い癖だ。
(このままじゃ、まずい……)
今、自己嫌悪に陥ってしまうのは最悪だ。一旦落ち着くため深呼吸する。
すると違和感に気づいて少しイラッとする。
「いや、ちょっと待って! あそこは、別の人の守備範囲じゃん!」
バレーボールはコートに6人の選手が常にいて、うちのチームは3人でサーブを受ける陣形をとっている。
そのため、僕がコートのど真ん中に居るローテーションの時、サイドラインギリギリに落ちるサーブを取る事はなかったはず。
「でも、鶴瀬はレシーブしなきゃ意味ないじゃん」
真剣な表情で、淀みのないハッキリした声でそう言い放つ清瀬。
それはいまの僕にとっては核心を突く一言で、言葉がつまった。
「……、でも!」
言い訳は思いついた。僕の守備範囲じゃないだろと言えばいい。
でも、言い訳をして責任逃れをしようとしている自分が、大嫌いだった事を思い出して、それ以降の言葉を続ける事ができなかった。
「でも、どうした? レシーブできなくて全国出れるわけなくない?」
これでもかと現実を叩きつけてくる清瀬が怖い。
このくらい貪欲に求められる人が、将来国を背負う選手になるんだろうとも感じるが、今は他人事じゃない。僕も同じステージに立っているのだから、進まなければならない。
(そういえば、僕っていつから平気で言い訳するような人間になったんだろう)
いろんな事が脳裏を巡って、額が熱くなっている気がする。
でも、今までを考えても仕方ない。大事なのは今からどうするか。
そのために必要な事だけを考えるべき。
今の状況も、言い訳も反省も、清瀬への恐怖心も、自分の本質について考える事すら不要なのかもしれない。
そう言い聞かせて、思いきり両頬を叩いた。
「ふざけんなノーコン! 余裕で上げてやるから、どんどん来いや!」
思わず煽ってしまうのは、自分を奮い立たせるためなのかもしれない。
気持ちがスッと軽くなるのを感じた。
そういえば、吠えると弱く見える って有名なセリフがあったなと思い出す。
でもその行為が自分自身のためになるのなら、吠えても良いと今の僕は感じている。
強者ではない事を、今までの人生で十分に理解していたのだから。
それでも戦わなければならないのなら、吠えてでも自分を奮い立たせるべきなのだろう。
(はぁ……、歳をとっても、少しも強くなんてなってなかった。弱さを隠すことが上手くなっていただけだった)
それをこの朝練で理解できたのは、せめてもの救いなのだろう。




