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第98話  変則ヘッズアップ戦チュートリアル

 幸いにして入り組んでいるなんてことはなく、単純な道が続く。奥に奥に向かっていく。空間が歪んでいないとしたらどこかにギアスの街中のどこかに繋がっても良いほど歩いた。街中に地下5階まで掘り進めている建物があるのならばだが。途中出てくる魔物は始めアレクやグレイソンに蹴散らされていたが、好戦的ではない以上、戦うのは時間の無駄と無視されていた。ゴブリンですら回れ右して逃げ出す集団なのだ。俺だけなら襲いかかられている自信があるが、よっぽど強そうに思えるのだろう。実際強いと思うが。

 そんな物見観戦的な気持ちで迷宮内を進んでいると人間サイズではない大きな扉が立ち塞がっていた。手を伸ばせばギリギリ届くかという所にドアノッカーらしき意匠がある。


「ボス部屋ってことか」


 アレクが剣の鞘に触れた後に鼻をこする。アレクは強いハンドが来た時鼻をこする癖(テル)があったが、どうやらアレクのテキサスホールデムの癖(テル)は日常かららしい。やはり戦闘の腕には自信をもっていることの表れか。もう1人戦闘を楽しみでさえしてそうなチートキャラ、グレイソンがノーリアクションでボス部屋扉に押し入る。「ん、いるなあ」と間延びした声を上げた。グレイソンに続いてくるくると旋回しながらマーガレットが続き、無言でステラと伸びをしていたスイと続く。大理石を思わせるようなしっかりした石材で覆われた部屋は至る所にヒビや亀裂が走っており、その部屋の主がいかに凶暴かを知らしめてくる。その

化け物は明るく大きな広間に雄大に寝そべっていた。

 部屋には松明が側面に等間隔で設置しており、最後尾のアレクが部屋に入り扉が閉まる。怪物としか言いようのない巨体がゆったりと起き上がりこちらを睥睨する。待ちわびていたようにボス部屋の主が雄叫びを上げ、部屋がその馬鹿馬鹿しい声量に震えた。初心者殺し(フィッシュキラー)。ミノタウロスだ。

 最後に見かけたのは何年十年前なのか、ダンジョン攻略の本からもその情報が抜け落ちている。正体不明の怪物だ。分かっているのは半人半牛の怪物であることで、同じ半人半牛の妖怪くだんは人の頭に牛の身体で不吉な預言を吐くが、こちらの神話時代から続く怪物であるミノタウロスは何でも突き殺せそうな鋭利な角を持つ牛の頭とがっちりと筋肉質な人の身体からなり、戦闘の為に生まれてきたかのような存在である。重量を持った体躯が一歩前に歩き出す。だが、そこまでだった。怪物の俊敏であろう、その脚力は封じられていた。隣でステラが右手で一筆書きで六芒星を切っていた。すなわち、一直線にその離れた怪物の足を氷で無力化していた。風切り音がし、迷宮の奥に中空を射出された二本の双剣が獣の豪腕を跳ね飛ばす。ミノタウロスの両腕が鮮血とともに宙に舞った。「ぼ……」冒険ですわーと叫びそうになっていたマーガレットが押し黙った。それほど圧倒していた。


「おい、あれを見ろよ」


 ボスを見ても眉一つ動かさなかったグレイソンが嬉しそうにボス部屋の奥を指して言う、もうこの部屋の主のことは気にもとめていない。言われて奥の壁を見る。石材とはまた違う異質さを感じた。丁寧に粗がないように作られているが、先ほど掘り進めた土の壁と同質だった。ボス部屋の奥もまたよく見れば天然の土壁とは違う土魔法で埋められていたのだった。言われないと気づかないぐらい自然に仕上げてある。


「あー経験値もらっていいか?」と遠慮がちにアレクが聞いてくる。皆興味なさそうに同意した。「千剣の憧憬(スニーク・リアライズ)そして颯爽たる初志の風(エアロ・ブレイズ)」その場から消えたかと思ったという表現は言い過ぎかもしれない。だが早さを上げるスキルを使って、ミノタウロスにアレクが迫る。それは何とか眼で追えるほどの早さだった。トンとうごめいているミノタウロスの肩にアレクが立つ。颯爽たる初志の風(エアロ・ブレイズ)は爽やかな気持ちになるんだよなと物思いに耽っているとミノタウロスの首が飛んでいた。宝箱が出現し、スイとマーガレットが騒いでいた。


「ミノタウロス……倒すと一人前と見なされる冒険者の試金石たる迷宮の化け物と言われていた、か。過剰戦力にも程があるだろ。俺なら苦戦しちゃうね。初心者殺し(フィッシュキラー)。こいつを倒せれば一人前の冒険者だったっけ。同行しててもその称号得られるんだろうか」

「何もしていないニャ!」


 そうだな、何もしていない。


 アレクがスキル表を表示していた。「獣特攻か悪くないな」とひとりごちていた。

 「すげえなそのスキル。万能だな。そんなにすぐスキル覚えられるなんて。たしかアンダーツリーで巴と戦った時使っていたよな」


 アレクが消えた。今度は眼で追えなかった。

 探すとダンジョンの天井にへばりついていた。


「その名前を出すな!!」

「例のあの人はご主人様の大の苦手ニャ」

「いいから触れるなスイっ!」

「これでもマシになったニャ。前はいつもうなされて起きたら泣きついてくるかりゃ慰めてたニャ」

「スイっ」

「本当にやめてくれないか」


 アレクが涙目になっていた。ごめん、アレク。


「これが……地下5階がセーフティエリアだった理由?」


 ステラが何か腑に落ちない顔をして尋ねる。


「そうだろうな、こんな場所に閉じ込めていたならボスがいなくて当然だろうボスを避けて地下6階に皆行ってたんだな」

「なんの為にですの?」マーガレットが尋ねるが、それが腑に落ちない理由だ。だが誰も答えることはできない。

「まーとにかく今日は休憩にすっか。ダンジョンって聞いて何泊もできるような用意はしてるだろう。まあ一応ボス部屋だからセーフティだしここで、キャンプするか。あれのお楽しみは後日ってな」


 土魔法で覆われたボス部屋の向こうの壁。あの壁の向こうに答えがあるのだろう。閉ざされたこの区画の理由が。


「キャンプですわ。キャンプキャンプ」

「そしてまあ俺たちがすることと言ったらこれだな。アレクよぉ。テキサスホールデムで出来た傷はテキサスホールデムで癒やすしかねーよ」


 ボタンゴーレムをどんっとグレイソンが置いた。 


「預けてたチップ落としてねーだろうな遊都?」

「持ってるよ、なんでこんなものグレイソンに持たされたか謎だったが」

「だってダンジョン潜って暇だったらしょーがねーだろ?」

「なんでそんな心配してんだよ、これだからチート運動神経野郎は」

「大丈夫、遊都の運動神経も貴重」

「いや、きらきらしてステラ……それフォローになってないからな」

「それでルールはどうするんだ」

「サシでやろうや、語りながらのヘッズアップだ」

「まあなんだっていいが、俺とやりたいってやついるか」


 一瞬翳りを帯びた希望の眼差しをグレイソンは向けた。


「いねえよな」


 眼をつむりグレイソンが嘆息した。


「わたくし、わたくしがやりますわ。一度やって見たかったんですの。それでヘッズアップってなんですの?」

「本当か?」


 グレイソンが気色ばむ。


「ヘッズアップは1対1でやることを指すにゃ。長くなりそうだからスイは寝るニャ」


 程なくしてスイの寝息が聞こえた。


「誰かマーガレットを助けてやってくれ」

「頑張りますわー」


 テキサスホールデムのルールを熱心にグレイソンが説明していた。その様子は本当にテキサスホールデムが好きなんだろうなって分かる楽しそうなものだった。

 鏡を通して映像を受け取ってやっているマーガレットは鏡なので当然カードをめくることすらできない。最初やる気に燃えてくるくるその場で回っていたり。飛んでいきそうになるのをハンド見えたらいけないからと押しとどめて楽しくマーガレットはグレイソンとやっているのをカードをめくってあげたりチップを出したり手伝った。だが、段々と鏡が動かなくなり、こてんと伏せた。


「一度も勝てないなんてつまらないですわー」


それを聞いてグレイソンがこの世の終わりのような顔をする。叫んでどこかに行きそうな顔だった。思わず尋ねた。


「なんでグレイソンはそんなに勝つんだ?」

「………………スキルのせいだ」


 諦めたようにグレイソンは語る。


「パッシブスキルの……彼岸の奇術師(コートズ・マジシャン)。ふざけた名だが効果は絶大だ。俺が死にそうな目にあった時発揮する生をたぐり寄せる力だ。俺自身何度かこのスキルで命を救っている。当たれば即死の攻撃を受けそうになった時、世界がスローモーションに見えたり、頭が澄んだ状態になって起死回生の策を思いついたりな。これがテキサスホールデムにも適用される。条件発動型だが絶対に発動する。……もうどうすることもできねえ」

「条件ってのはなんだよ」

「リバーで必ず有効なカードを引くんだ。絶対に負けること……いや、スキルの相性では絶対ではないがほぼ負けねえ。本当につまらねえ。俺は……ただ……テキサスホールデムがしてぇってだけだっつうのに」


 沈黙が支配する。絶対に勝ててしまう勝負それはもう勝負とは言えないだろう、一方的な単なる作業だ。テキサスホールデムが好きなグレイソンから言ったら、それはとても辛い、辛いものだと分かる。だがリバーで絶対に勝ってしまうというのならゲームが壊れているとしかいいようがない。ゲームが壊れている? ゲームを壊す?


「なあ、グレイソン。ならリバーなくせばいいじゃねえか」


 ああん? 


「いや、だからリバーをバーンカードすれば」


 リバーをバーンカード? 呆けた表情でうわごとのようにグレイソンが繰り返す。よろけるように俺の両肩が握られる。力が入ってて痛い。ていうか折れる。「グレイソン痛え。痛えって」

「リバーをバーンカード! リバーをバーンカード! なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだ! 俺は馬鹿か? 馬鹿だったな。そうだリバーなんて捨てちまえばいいんだ。そうだテキサスホールデムのルールに縛られる必要なんてなかったんだ! リバーをバーンカード!」


遊都。とグレイソンに呼びかけられる。また、名前を呼ばれた。


「遊都。お前天才か?」


 グレイソンはぐしゃぐしゃになった顔を隠そうともせず、静かに泣いていた。


「勝ちましたわー勝ちましたわー」


 マーガレットが歓喜の舞を躍る。

 グレイソンまたお前泣いて。


「いや、ばっかやろうこんなことで泣くなんて。いやありがとうな遊都。ありがとうな。俺はテキサスホールデムをやれる。やれるんだ」


 ありがとう遊都とグレイソンが吠える。


 涙を拭ったグレイソンが晴れ晴れした笑顔で宣言した。


「今日はお前らとことんやるぞ。レートを上げて勝負だ!」

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