第96話 ギアスの大穴3
「くすくすくす……ですわ」
俺たちから見て、右のT字路の突き当たりの重厚な扉の前にも響き渡るようにマーガレットが妖しく笑う。
「おい、なんか変な声がしたぞ」
「ああ、俺にも聞こえた」
守衛が異変に気づく。ステラが霧を演出する。霧が通路から溢れる形で、奥の通路を進んでいく、そして溢れるように右の突き当たりの扉にも浸透しT字路を白の世界で飲み込んでいく。
マーガレットが人影を投写する。子どもがふざけ合ってくるくるまわったり、はしゃぎながらゆったりと俺たちがいる通路側から奥に移動して進んでいく。貴族のお茶会だろうか場違いな楽しそうな子どもの映像が霧ですぐ人影となっていく。場違い差加減が不気味さを煽り、魔物か何かのようにも思える。マーガレットが映像だけでなく音声も再生してて、マーガレットもノリノリで煽るよう子どもっぽい笑い声をアドリブで入れている。演出過多じゃねーか。
「面妖な……魔物の霧か。ついてこい正体を探る」
守衛が動いた。霧は俺たちのいる通路とは反対側の奥へ奥へと誘因する。マーガレットはそれについていって、魔物を演じ続ける。時々映像が途切れるのかある時は立ち位置が一瞬のノイズとともに変わり、またそれがこの世ならざるものとして想像を掻き立たせていた。見張りは俺たちの潜む左側を一瞥すると、何もいないと判断したか、右側の子どもの影を追っていく。
守衛をやり過ごし、スロットのレリーフが彫られた重厚な鉄の扉をひねる。当然ながら鍵はかかっていた。
「この扉鍵かかってんぞ」
グレイソンが嘆く。
ちっ。まかせろ。舌打ちをしたが、くるくると針金を回すアレクが何故か上機嫌に、扉の鍵開けチャレンジに挑む。
「勇者アレク君」
「さすがご主人様いつでも夜盗になれるニャ」
スイは俺に落ちぶれて欲しいのか。
「アレクはどこに向かおうとしてたんだよ」
「昔ガーネットに色々やらされたんだよ、経験値100倍だからな」
「鍵開けって、俺たちめっちゃ悪いことしているような」
「気にするな気にしたら負けだぞ。遊都」
「それよりもう少しここに負荷かけてここを跳ね上げれば」
カチャンと開く音がした。
「入るぞ」
中に入るなりグレイソンが鍵をかけ直した。
「なんだ何もないじゃないか」
「ってグレイソン、マーガレットがまだじゃないか」
「ああ、そういやそうだったな。どうするマーガレット?」
グレイソンが道具袋から鏡を取り出す。
「わたくし2号ですわー」
鏡が宙に飛び出た。
「放っといてもいいんですわ。それにまだ、追いかけっこしてますわ」
「マーガレットってあの鏡でないと話できないんじゃ?」
「わたくし、鏡であればどこでも現れましてよ」
魔力の続く限りという制約はありますわーとマーガレット2号がびゅんびゅん飛び回っていた。
「そうか、マーガレットは深く考えなくて良さそうだな」
「そういうこった」
「しっかし警備していたにしては何もない部屋だな」
部屋は白を基調とした体育館ぐらいの部屋で、白でとっかかりがないから遠近感も眩む。唯一の目印となるのは向こうの端に設置してある扉でそれ以外意味のあるものはない。
隣でスイがつばを飲み込んだ。
「百獣の嗅覚」
黙々とスキルを再度かけ直している。
さて次はあの扉か。1歩歩く。次で終わりだといいんだが。
「待つニャ」腕が引かれる。
矢が前髪をかすめた。切れた前髪が数本はらりと落ちる。
「殺傷力高めた風属性の矢だなありゃ」
「死にたいのかニャ! ここは即死罠だらけニャ。スイのあとについて来るニャ。まずはここ左にジャンプするニャ、この区画なら安全ニャ」
「そこだな」
アレクとグレイソンとステラが飛びうつる。
1メートル30cmぐらいか。助走をつけないと。
俺は後ろに2、3歩下がる。
カチリ。音がした。
「なんで踏むニャー」
「二対一体の双子剣!」
双剣がそれぞれ逆回転して俺に向かって噴射してきた炎をまき散らす。
悪い悪い。身体強化つけておくべきだったなとグレイソンが謝る。
「四大色の息吹」
グレイソンのエーテルが魔力に変換され、スキルが皆に降り注ぐ。
身体が軽い。これは人生で一番走り幅跳びできるんではないか。
俺は飛んだ。羽のように。アレクをステラをグレイソンを横切って。
そしてスイを通り過ぎた時、猫娘が叫ぶ。
「だからこの区画だっていってるニャ!」
床がばかんと開く。
「ふんっ」アレクに背中を捕まれ、区画内に戻された。
やべえ冷や汗が。下に剣山があったよ。
「スイあんまり聞きたくないがあとどんくらいだ」
「ここをこう飛んで、こっち走って勢いつけるニャ。ここの壁を蹴った反動でここに着地して、ここはこう、ここはこうニャ。最後にこの細いところを通るとゴールニャ」と扉の前に降り立つ。スイが実演してまた軽やかに戻って来る。
「まあすごいですわー」
「遊都は私がおぶる」
「「いや、無理だろ」」
アレクとグレイソンがはもった。
「グレイソン……俺とで両方から支えるか」
「それしかないか。だが、身動きとれなくなるな」
「最後の細道はどうする?」
あーでもないこうでもないとアレクとグレイソンが話す。俺は蚊帳の外だ。
「よし決めた。細道は、もう投げる」
「本気かグレイソン? だがそうだな良い考えだな。今日初めてそう思った。俺が受けとめよう」
「身体強化して砲丸投げの要領ならいけるだろう」
「なあ俺でも細道ぐらいなら歩けるぞ」
「「死にたいのか?」」
どうやら俺には信用というものがないらしい。
「肩をかして2人でかつぐにしても身じろぎされると困るんだが、……遊都、自分の身ぐらい自分で支えれるよな」
俺は眼を反らす。自慢じゃないが筋トレはいつもぷるぷるだ。
「マジかよ……」グレイソンが天を仰いだ。
「ああ、もう破壊してえ」
「皆さん頑張ってですわー」
鏡であるマーガレットが空中から一抜けした。
「きゃーすごいですわ」「上っ上っ」「左ですわー」「右から大岩が」「また落とし穴ですわー」
「だから貸した肩の上で反動を使うな……」
「なんで動こうとするんだお前は」
はい。はい。すみません。
なんとか無事に皆渡りきることができるなんて奇跡だ。自分1人の力でここまで来れたと思えない。ああ、そうだよ、全部俺のせいだよ。
「扉あけましょうですわー」
「マーガレット。ちょっと待て。ほんと待て」
グレイソンとアレクが肩で息をしていた。この2人が疲れ果てているのは珍しい。まあ、俺のせいなんだが。そして、何もしていないはずの俺も肩で息をしていた。
「なんで、遊都が、疲れている?」
「遊都……可愛い」
「眼ん玉腐ってんのか、この女は」
「待ちきれませんわー」
マーガレットの元気な声だけが、即死罠の小部屋で響いた。
「よし、じゃあ息もついたし、いよいよ開けるぞ、罠はないんだな」
「大丈夫ニャー」というスイの言葉を受け、グレイソンが喜色満面で扉に手をかけた。
扉がきしむ音とともに開かれた。




