第89話 謝罪
においがする。2種類だ。臭いと匂い。一つは糞尿のような鼻を塞ぎたくなるような臭い。そしてもう1つは香ばしい何かが焼けたいい匂い。においのする元へ惹き付けられるように向かう。
――ピチャン
水音がする。規則的な人を狂わせるのには十分な水の音。牢には錠がかけてあった。おそらく手の中にある鍵と一致するだろう。でも、すぐに駆け寄ることはできなかった。呆然としていた。鍵を震える手で開ける。そこには右腕を鎖につながれた巴がうなだれていた。右腕はその全身を支えていたのだろう。あざになっていた。右腕を鎖から解放する。巴が崩れ落ちそうになるのを抱きかかえる。力がどこにも入っていない人間の1人分の重さを感じた。
「巴」
――反応はない
何度か呼びかける。土気色のその顔には生気がない。視線が巴の顔から首筋、肩へと移動する。左肘、左肘から先がなくなっていた。焼けた巴の左肘の匂いを良い匂いと感じた自分に嫌悪感を抱き、吐き気を催す。飲み込んだ。吐いている場合ではない。ずっしりと重い。死体のような巴をおぶる。静かに心臓は動いていた。
「巴」
――反応はない
バケツに巴の一部が散らばっていた。それを見ないようにして牢から出た。
来る時よりも重くなった足取りで階段を目指す。
巴の名前をなんども呼ぶ。呼びかけに答えてくれることを期待して――
「巴、遅くなってすまない」
――巴の反応はない




