第85話 ホームへ
「ザック! 裏手に回れっ! 挟み込むぞ」
「おうよ」
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。でもどこへ。
「逃げて下さいっ」
連行されている通りですれ違った黒のフードに身を隠した集団が、私を取り押さえていたヘインツに体当たりし、弾き飛ばして私は自由になった。
「このままじゃ、処刑されます、走って」
それが本当かどうかは分からないけど、私の逃げ出したい気持ちを後押しするには十分だった。気がついたら人気のない方に駆けていた。けど、土地勘がない。行き止まりではなさそうな薄暗い路地を感情の赴くまま走り続ける。
「ヘインツ待たせたなっ」
前方からザックが立ち塞がる。立ち塞がるだけで人1人すれ違えるぐらいの横幅しか残されていない。ザックの隣をすり抜けるのは無理だ。後ろからヘインツの足音が近づいてくる。
前へと向かう推進力を強制的に横に変える。右足で壁を蹴る。夜空が見える。
「へっ、そいつは無理だろう……なっ」
宙に浮いた身体をねじり両手を地に向ける。捕まりたくない思いを炎にする。
わずか1m弱の三角飛び、だが普通にやっては届かない。
「届け」
届かない分は炎を撃つ反動を利用する。両の手から火柱を瞬間的に出し私は上手く屋根に乗り上げた。
「……ぃったぁ」
すぐに体勢を整え屋根伝いに駆ける。
「こちらです」
2つ先の路地裏の通りから呼びかける女性の声がした。
「あなたは私たちの希望です。こちらへ! 急いで」
その声を頼りに私は炎で制御したパルクールで降り立つ。
黒のフードで顔を隠した女性と併走する。
「さっきはありがとう」
「しっ、ここに入って。しばらくやり過ごします。今私たちが巴様に扮して攪乱しているはずです。落ちつきましょう」
そこには和室があった。畳に身を乗り出すように寝転ぶ。靴はいつ必要になるか分からないから外せない。
「もう安全です」
これ、どうぞと女性が水差しから水を注ぎ、私に渡してくる。
「ありがとう助かったわ」
疲れていたのか水がするりと喉をとおる。気がついたら飲み干していた。
「あの……その……」
「おかわりですね」
嬉しそうに女性がまた水差しから注いでいるのを見て、安堵感が芽ばえてきた。
ここはどこかしら? 私はどうして助けられたの? 疑問が頭に出てくるが、前向きになった。ほら、いいことをしていると見てくれている人はいるのよ。私は正しいの。
「巴様は私たちの希望です。その方を助けるのは当たり前のこと」
それが原理原則を超えた絶対的なもので捉えてそうな眼で肯定され、私はちょっと引いた。私そんなにいいことなんかしたっけ?
「巴様はこの国がお好きですか?」
この国……。テキサスホールデムというギャンブルばかりをしているギャンブル国家。ギャンブルは嫌いだった。でもテキサスホールデムはギャンブルではないと知った。私はテキサスホールデムが好きになった。でも勝つにはギャンブルの要素も必要で。もやもやを抱えていたのだ。それならばと私はクエストに精を出した。クエストは困っている人を助けるものだ。何も悪いことではない。むしろいいことだ。それを遊都に否定された。私は正しいものは正しい。悪いものは悪いとはっきりいう。純粋ね? ある人はいう。素直なんだよ。あのひとちょっと頭があれだから。……友達はいつの間にか離れていった。
確かに感情を私は出す。それが私の魅力であり、長所と思っていた。炎の龍を感情のまま出した。それがこんなことになるなんて。私はこの国と相性が悪い。……ううん違う、日本にいたって私の居場所なんてなかった。嫌いよ、全部。何もかも嫌い。間違ってる。日本も世界もこの国も、こんなの間違ってる。おかしいのは私じやない! すべてをテキサスホールデムで決めるなんて狂ってる!
「嫌いよ……この国も世界も……日本も。……全てが間違っている」
民家の戸が開けられ、男が入ってきた。大きめの黒のフードを脱ぎ女性に手渡す。女性が慈しむように丁寧に畳んでいた。
立派な法衣……この人が偉い人なんだろう。
「ええそうです。おかしいんですよ。この国は。あなたは間違っていない」
「教祖様わざわざご足労を」
「いえいえいえ、いいんです。とりあえずここは手狭ですね、畳んでもらって悪いんですが、移動しましょうか」
移動した先は堅牢な建物だった。ここならどんな声を出しても外には響かないだろう。その予想があたったと裏付けたのは、予想外の人数が建物の中にひしめき合っていたからだ。教室でいったら一クラス分以上というところだろうか。教室を思い出したのは子どもも中にはいたからだ。意外に思い。最前列の席に案内される。これから何か始まるのだろうか。一つまた一つと会話が減り、壇上に注目が集まる。教祖と呼ばれたぎょろっとした男が衆目を浴びた。
「かの魔法陣を見よ! あれはこの国の堕落の象徴である。この国はあの魔法陣により無尽蔵の魔力を吸い上げ、日々魔力を大量に隠している。それの使用用途は公表されぬままだ。貴君らには幼子がいるだろう。我がスロア教は弾圧されているが、その実態は虐げられたものの集まりだ。有無をいわず徴収される魔力。魔力が少ない者は日々の生活すら怯えて暮らさねばならない」
我らはまだいい。教祖が子供らとその親らを見渡す。
「魔力欠乏症の子供をみたか! 魔力を作ることが拙い幼子はその生命を常に脅かされているのだ。これがあっていいものか! 徴収は平等に行われる。エーテルを自然に垂れ流している地球人に。我々無辜たる民に。非力な幼子に。だがこれが真に平等であるか? そんなわけがあるまい。あってはならない」
ならばどうすればいいか! 一拍置き聴衆の反応を確かめる。
「魔法陣から解放することでこの子らは助かるのだ」
はっとして隣の幼子を見る。シュイではない。別の子だ。一瞬シュイと重なって見えた。
「魔法陣の破壊を! それこそ我らの悲願。それを成し遂げて安寧たる平和を掴み取るのだ!」
「勝ち取るぞ! 我らの理想郷を!!!」
「理想郷を!!!」
室内に賛同の怒声が咆哮する。
盛り上がった信徒が落ちつくのを見計らって教祖が語る。
「今日は同志に紹介したい人がいる。同志巴だ。彼女は地球人の身でありながら王国に弓引き、反旗をひとり翻していたのだ」
なんと大変だったのだろうと教祖がオーバーパフォーマンスで顔を覆う。
「同志巴よ、スロアに力を! そしてこの国にともに正義の鉄槌を下そうではないか」
「ちょっと待って」
この流れはまずい。そう思った時には思わず制止していた。
「なぜ先鋒を司ったお主が躊躇うのだ?」
なぜ……言い淀む。なんて言ったら正解なのだろう。なんて言ったら切り抜けられるのだろう。
教祖が、信徒が、私を取り囲む皆の目つきが剣呑になる。
「やはりお主もただのこの国に飼われたただの地球人か?」
教祖が壇上を闊歩する。
「地球人は悪である。魔法陣の動力はほぼ地球人のエーテルでまかなわれていると言われている。だがその悪辣な装置は我々に直接的な悪影響を及ぼす。動力の源たる魔力は我々も徴収される、天に地に生活に! 地球人と比べ魔力総量の少ない我々無辜の民。特に幼子は魔力欠乏症を発症する。我々が出来るのはあの空高くにある魔法陣の直接的破壊か、動力の源である地球人の駆逐である」
駆逐しろっ! 駆逐! 駆逐! 駆逐!
剣呑な言葉が飛び交う。
なんか意識が遠のき、他人事のように私はぼーっとして演説を聞いていた。思考が定まらない。
「そうだ、その為には地球人を駆逐せねばならぬ。地球人の身でありながら立ち上がった我らが同志の巴よ。今一度頼む。魔法陣を、破壊してくれ。だがそうだなまずは我ら同志足りうるのかどう判断すればいいか悩むところであるが、その身の潔白を証明するしかあるまい。同志巴! 同志巴はもう1人地球人と行動していると聞いている。同志巴! 悪しき地球人の伏見遊都を殺せ。潔白を証明せよ!」
「いやよ」
不気味な静寂が場を支配する。力が入らない。何か盛られた? もうわからない。
自分が崩れ落ちた音が聞こえた。
「さあ同志諸君! 戻ろうではないか我らがホームへ。殺すのはいつでもできる。まずは情報をいただくのだ。何、指の1本や2本、いや爪ひとつでも吐くに違いない。快く協力してもらえなかったのは残念だが。いや、楽しみだ。果たして泣いて我らに協力するか。苦痛の末、失血死するか。果たしてどちらか。地球人は駆逐せねばならぬ。そもそ……」
私の意識はそこで途絶えた。




