第35話 水鏡の迷宮1
俺はギルドの王都の地図の前にいた。どのダンジョンを選ぶかの確認をしに来たのだ。
王都ロスチップその版図は広い。碁盤の目のように整備された王都が中心にあり。その南には最難関ダンジョンで有名なぽっかり空いた大穴がある。ダンジョンとは地上に顕現するものらしいが、そのダンジョンだけが例外で地下へ降りていく。未だその踏破はなされていないらしい。そこから西へしばらく行くと今俺たちがいるターバイン。北へ抜けると宿場町。そこを通って唯一城壁を超えられる関所があってぐるりと王都圏を半周するとアンダーツリーがある。……なんか見覚えあると思ったらパチンコの盤面だ。アンダーツリーはハンドルの位置に、関所は球が盤面に行くところ、宿場町はスルーでターバインは風車だ。じゃあさしずめ無数にあるダンジョンは釘だな。
「この地図のハンドル部分に触れると我に返ってパチンコを打っている日常に戻っているなんてこと……あるわけ」
――ギルドから音が消える。
心拍数があがり、震える手でアンダーツリーの絵に手を沿わす。俺の魔力がギルドの地図へとそれが理だというように流れ。世界と繋がった気が……
「何してるのよ? 触れたら駄目でしょ」
巴が世界の音とともに声を掛けてきた。
いつものギルドの喧噪が響いていた。
「ああ、そうだな。今ダンジョンを見ていたんだよ、ロクターヌの森なんかはどうだ? 火属性だから相性はいいだろう」
「嫌よ。虫除けがないわ。病気になったらどうするのよ? 医者も病院もあるかもわからないのに」
「そこはヒーラーだろ? 世界観的に」
「医者より高そうなんだけど保険きかないだろうし」
「保険入ってねえだろってのは置いといて一理あるな。病気は怖い」
「よくよく考えるけどあのトイレ掃除も怖いことやってたわ」
「たしかに……そこまで気が回らなかった。すまなかった」
「どうせ行くなら映えるダンジョンに行きたい」
「SNSないのに?」
「目に焼き付けるわ。あ、ここなんかいいんじゃない水鏡の迷宮。近距離。初心者向け。宝箱付き」
「宝箱か、あまり期待していないけどスキル試したいところだな」
「あっ、注意書きがある。別名があるんだって」
「また危なそうな……いや、そっちじゃないのか。これは……まあいいか」
「早速行きましょう。入場券はいっぱいあるんだし。トイレ掃除のイライラぶつけてやりたい」
拳をぐっと構えて巴が言った。
ということで、SNSもないのに映えダンジョンの1つ水鏡の迷宮に俺たちは来ていた。
塔の中だというのに観光用の鍾乳洞を思わせる。適度な明かりで照らされた洞窟といったところか。薄暗い中鍾乳洞の岩とは違いクリスタルと呼ぶべきの様な透過度の高そうな無骨なものが光を帯び不規則に床に向け伸びている。そのクリスタルには自分達あるいは遠く、あるいは別の部屋が映し出されている。入ってすぐ波紋状の階段を降りるとすぐ薄い水の膜が張っているフロアになっていた。凪いでいる水面は俺と巴の姿を映し出す。その様は水鏡の迷宮という呼び名が間違っていないことを知らしめていた。
「巴1階から5階は」
「わかっているサハギンでしょ。とりあえず一匹ね。通用するかどうか」
鍾乳洞の水音の中自分らの足音の他にもう一つ。近づいてくる足音がある。靴が立てる音ではなく、もっとぬめり気のある音が近づいてきていた。通路の影からサハギンがやってくるのを頭上のクリスタルが映し出していた。
「構えろ。来るぞ」
サハギンは全身ぬめってそうな表皮に覆われていて、青魚のような色をしており、巴より少し身長が低い。その体型に誂えたかのような銛は巴の剣と長さが変わらない。
「数値は?」
「398だ」
「ゴブリンリーダーと同等なのね。上等!」
巴は震える手で剣を握りなおした。
俺はいつも後方支援で安全な位置だ。
自分に嫌になりながらも射線を変えつつ射出スキルによる矢を放つ。
サハギンの腕のうろこが何枚かはじけ飛ぶ。
そこを狙って巴が剣筋に沿って炎を飛ばす。
その身を焦がすが大して気にしていないようだ。
「ちぇっ、やはり相性は悪いか」
巴が左手で逆手に剣を持ち。
右手をサハギンに向け掲げる。
巴が青い顔で深呼吸する。
「飛んでいけ」
反動で巴がノックバックするが、踏みとどまった足を蹴り出し炎に追いすがる。炎を目隠しにして突くつもりらしい。
「さっきまで震えてたんじゃなかったのかよ」
腰元のナイフを抜き取り俺も挟撃の為に駆け寄る。
サハギンの嬌声が聞こえ、炎に追いついた巴の突きがサハギンの胸を貫く。
甲高いうめき声をあげながら、串刺しになったサハギンが銛を短く持ち替えた。
巴めがけて刺す軌道を下からナイフで掬う様にして払う。そのまま銛をもった腕をナイフでさし体ごと押し込める。
いつまでそうしていただろうか。
サハギンから完全に力がなくなったのをみて、ナイフを抜き取った。
サハギンは力尽きていた。
「炎ってあまり効かないんじゃなかった?」
剣を払って飛んだ返り血が水面を揺らした。
先ほどまで青い顔をしていた少女はそこにはもういなかった。




