第25話 ようこそダンジョン市ターバインへ
ここからが本当の王都圏と呼ばれる境があると聞いていた。行けば分かると言われていたが、その理由が分かった。大きな継ぎ目のない外壁を門からくぐった瞬間に『スキルが発生しました』と脳内で声がして俺と巴は驚いたのだった。パッシブスキルの残高表示と送金を覚えたらしいが使い方がわからない。途中の宿場町で尋ねたら金貨からスキル通貨のライルに交換する時に使うと教えて貰った。どうやら電子マネーのようなものらしい。これから向かう目的地、ダンジョン市ターバインでの交換をお勧めされた。そして馬車で揺られること数日。
俺たちは、市に入った途端もみくちゃにされていた。
「ワンライル!」「ワンライル!」
子供たちが歓迎の意をしめす。
「ごめんね。お姉ちゃんたちまだライルは持ってないの」
巴が申し訳なさそうにいちいち断っていくと、元気な少年から声をかけられた。
「なんだお兄さん達王都圏内は初めてか。ようこそダンジョン市ターバインへ。俺が案内してやるよっ」
砂埃にまみれた少年が気さくに声をかけてくる。
「じゃあ君にお願いするわね、いいわね? 遊都」
「へへっ、俺はジャン。お姉さん達よろしくな」
「いいなぁジャン」
周りで果物などを売っていた子供が羨ましがる。
「俺は市に詳しいからなっ」
あれは何を売っている店だこれはこういう店だと説明を受けながら、土でできた3階建ての建物がずらりと並んだ通りを市の中心に向かい進む。この建物にも継ぎ目はない。
「ターバインはこの周辺のダンジョンをまとめて管理してんだ。この周りにあるダンジョンでいつ魔物が溢れてもある程度の時間で駆けつけることができるように設計して作られた市だってことだぜ」
水路に土で作られ架けられた橋を渡る。水路に魚が泳いでいるのが見えた。
「この水路、昔は外壁だったらしいんだ。ターバインをおっきくする時には壁を取り払って逆に堀にして、今は生活水路になってる。昔は定期的に水属性の冒険者達が補充していたんだけど今は魔道具が使われていて負担が減ったんだぜ。大気中のエーテルを水に代えているらしい。詳しいことは難しいから俺には分からないけどね。ししし」
ダンジョン市ターバインをぐるりと円状に囲む外壁を見ると10mはあるだろうか。とても頑丈そうだ。色はまんま土なので無骨だけど。
「ダンジョン市が拡大する時はまず土属性の冒険者が外壁を作って。古い外壁から新しい外壁に土を運んで土属性の魔法でかっちんかっちんにして、古い外壁の場所は堀を掘って橋が架けられる。そして魔道具を埋めて水属性の冒険者が注いで完成って感じだよっ」
「ねえねえ遊都私何属性なのかな?? あとで調べようよ!」
「何属性って火以外にあるのか??」
「そういや俺も何属性なんだろう?」
「まずはこのターバインの中心に案内するよ。でかいトーナメント広場でやるときや、ギルドもあるからよく来ることになるかな」
ターバインは中央広場を中心に放射状に作られているようだ。中央広場中心に底の見えない大きな穴が開いており。そこに入らないようにか囲むように穴の縁に沿って作られた噴水があった。そして円卓の地球で言ったら大理石っぽい丸いテーブルと木の椅子があった。テキサスホールデムに興じているテーブルもちらほらある。ボタンゴーレムがくるくると円卓をダンスの様に舞っているので見ているだけでも楽しい。
「スキル通貨に交換するならギルドだけど、ふーん今は交換レート120に手数料金貨3枚か、俺ならこんなとこでは交換しないねっ。もっといいとこ知ってんだ。ギルドは確かに安心安全な公的機関なんだけど、手数料もがめつくてさ。それならもっと市中でいいレートで交換するってもんだよ。もっかい外周区に行く途中でレート教えてやるよ」
中心部から外周部に向かうメイン通りの1つを進んでいく。途中で台の上にい草の畳に座った交換商が煙草をくゆらせている。看板には『交換レート118 手数料金貨2枚』と書いてあった。
「なっギルドよりレートがいいだろ?」
交換商はざっと歩いただけで3店目で交換商以外にも様々なものを売っている露店があった。
「大きい通り沿いには露店が並んでいるから買い物するならこの辺りだよ」
「露店だからか高級っぽい感じもしないし、なんかわくわくするわね」
「建物のお店はないんだな。雨の時どうするんだろう」
さらに外壁に向かって歩みを進める。人通りが落ち着いている。先の方では入ってくる人に群がっている子供が見えた。さっきくぐったそびえ立つ外壁がよく見え。圧巻の眺めだ。ただその外壁の圧迫感がこの辺りにはかなりあるな。陽当たりも悪いし、地価も安いところなのだろう。
日陰でみすぼらしい男が地べたに座りこんでいる。
交換レートの看板がなければ商人には見えないだろう。
看板には『交換レート115 手数料金貨1枚』と書かれてあった。
「外周部は交換レートはお得なんだけど出所が怪しいところがあって、噂では交換レート奴隷商とかがよく利用したりしてその買い付け資金になったりするってさ」
「それはなんか嫌だわ」
「それか信用できる知り合いと交換するとか」
なにか考えていたジャンがひらめいた顔をした。
「そうだ! なら俺と交換するかっ! ちょうど俺王都の外に用事あったんだ。兄ちゃんたちいい人だから交換レート110でいいよ! 手数料もいらないからさ」
「巴なんか怪しくないか」
「そう?」
「実を言うと明日までに金貨が必要なんだ。よそで交換するとライルから金貨は交換が遅くなるんだ。ちょうど困ってたんだよ」
「でもどうライルと交換するの? 何も持ってないようだけど」
「王都に入った時スキルを覚えなかったかい? 発動してみてよ」
「「残高表示」」
おおっ目の前にウィンドウが表示される。これだよこれこの近未来感。
「わわ! すごい! 動画撮りたいっ!」
「他の人の眼には写らないからね、安心安全さ」
「銀貨ある?」
「いや細かいのはないな」
「じゃあとりあえず金貨11枚だけね」
「残高表示1000ライルをセットして送金」
ウィンドウのライルが1000ライルに増える。
「それがライル。試しに使ってみなよ」
「ワンライル!」と市に入ってくる人に呼びかけてた幼女をジャンは連れてきた。
「この果物買ってやりなよ。ちなみにワンライルはかけ声みたいなもので、それで詐欺られる人もいるけど……。この子は安心安全! 1ライルで売ってるからな」
「うんそうだよっ」
幼女はぱあっと明るい笑顔で果物を2つ差し出してくる。
「残高表示じゃあ2ライルを設定して。これ送り先は意識するだけでいいのか?」
「そうだよ! お兄ちゃん。便利でしょ!」
「2ライル送金」
「うん。たしかに貰ったよ。ありがとー」
はいこれ。幼女から果物が2つ手渡される。
「私もやりたいっ」
はいはいっ! と手をあげる巴も同じようにやってみて感動しているようだった。
果物を4つも買ってしまった。
「お兄ちゃん達ありがとうー。ジャン君もありがとうね。じゃまたね」
幼女が市の入り口に向けて駆けていった。
「それで他の金貨はどうするんだ? まだまだあるけど」
「不安なら余所でやってもいいけど」
「じゃあ全部交換してもらおうかな、お得みたいだし」
「そうね! 王都圏内は全部ライルなんでしょ?」
「そうだよ! 国家の正式なスキル通貨さ。昔はライルも金貨だけだったらしいぜ。王都圏の主要な金貨でライル金貨って言われてた。魔王を倒した勇者の名前にちなんでライルって言うらしいんだ」
「ところで残り金貨ってどのくらいあるの? ヨーヴン認定戦の時には金貨36枚だったわよね?」
「そうだ、そんで賞金がふたり合わせて金貨108枚で金貨6枚その場で返済して……フランカさん何故か返す時、悔しそうだったな」
巴が微妙な顔をした。
「残り102枚から22枚交換したから80枚ね。いくらか残す?」
「かさばるし、金貨3枚だけ残してもうライルにしとこう。金貨77枚交換でライル7000だけど……さすがにないか??」
「もちろんあるよ」
きょとんとした顔でジャンが言う。
「いや……そう……そう家族の分のライルも預かってるからな! 大金だけど道案内してる俺が外から来た人と交換しやすいからって持たされてるわけさ。それで全部お兄ちゃんにライル送ればいいのか?」
「遊都がもっておきなよ。優勝したのも遊都なんだしさ」
「いや、分けて持っておこう。こういうのは分散したくなる性質なんだ」
「え、いやさすがにそれは」
「いやいや何が起こるか分からないし、金貨なら危ないから俺が持ってたけど……あれ? 巴の方が強いのか?」
無骨な巴の軽い鉄剣を見て思う。
「うーん? うん?? まあじゃあとりあえず半分こね。借りは返すわ。クエストとかで。テキサスホールデムは任せたわよ」
「おう、任せとけ。てな訳で半分づつだ3500ライルづつ頼む」
「んじゃ送るぜ残高表示送金! これで交換終わりだな。俺は用事があるからここで帰るよ! じゃあなお兄ちゃんたち! 果物をじっくり味わってから色々機能確かめるといいよ!」
すばやく路地裏に消えていった少年を見送る。あんなに急いでいるのだ急用があるのだろう。
通り沿いに設置された継ぎ目のない石のベンチに座る。日光も注いでいい感じだ。
買った果実の固い皮をめくるように剥ぎ取ると、紅色の実が見える。かじりつくと中身は白く果実の汁がこぼれそうなくらいしたたってくる。中身の真っ白さに驚き、黒のつぶつぶの種子が見た目を彩る。日本では見かけないが、外国にありそうな南国系の果実のような味がした。
「おいしいな……冷やしたいくらいだ」
「こういう外で食べるから美味しいのかもよ」
「そうだな」
心地よい通りの喧噪の中、いい思い出になりそうだ。
「ジャンが色々機能確かめろとか言ってたけど、残高表示と送金しかないよな」
「私が覚えたのもその2つしかないわ」
残高表示を起動して表示された所持ライルの隣にライル詳細の表示がある。
「なんだこれ?」
「なにこれ?」
ライルに減価期限の短い順に表示とある。
「減価期限」
取得日時クルワ311年××月××日4499ライル
この4499ライルは5日後に3599ライルとなります。
3599ライルが点滅表示されていた。
「ねえ! 何なの5日後に価値が減るお金って!」
「ライルってポイントかなんかか?」
「でも皆ライルって言ってるから貨幣扱いはされてると思うわ」
「ジャンを捕まえてってもういないか」
「こんなん成り立つ訳がないでしょ! 5日後なんて! こんなあくせくして毎度使い切らなきゃいけないの? どうなってるのこの市は?」
「ちょっとさっきの果物売っていた子に聞きに行こう」
「そうね……あっ、いたあの子じゃない?」
果物を「ワンライル!」の呼び声で売っていた少女を捕まえた。
「ねえ、さっきのジャンはどこ?」
「お姉ちゃんもう一個いる?」
「ジャンは……」
「おいしいよ?」
にこにこと果物を売り込む少女に巴は根負けした。
「わかったわ。もう一個買うわ。」
「お姉ちゃんの持ってるライルだと1.2ライルだよ」
「ええ、でもさっきは1ライルだって」
「さっきはジャンが1ライルでお姉ちゃんたちに売ってくれって1ライルでお願いされたんだよ」
巴と顔を見合わせる。
巴がもう一個購入する。
「ジャンはさっき知り合った人だよ。この辺で見たことはないかなあ。お兄ちゃんももう一個いる?」
ジャンと会えそうにないと分かった俺たちは、ギルドに向かった。
テキパキと業務をこなしている受け付けの女性にこの市のライルについて聞く。
「この市のライルってのは5日でこんなにも減るのか?」
「通常のギルドから発行されるライルは20%の減価期限が3ヶ月となっておりますが……何かの間違いか……貴方たち初めて王都圏の外から来ました?」
ああ、と納得した表情でギルド職員が「やられましたね」と言う。
「個人間の取引は憲兵はおろかギルドも不干渉なのでご容赦下さい。そもそもこの交換する商習慣は犯罪行為でもなんでもないんですよねえ」
「じゃあジャンって子供を知らない?」
「心苦しいのですが、この手の取引で一番よく使われる偽名ですね」
「遊都っ……こうしちゃいられない……行くわよ探しにっ」
慌てて飛び出す巴を捕まえる。
もう見つかる気がしない。
「金がなくなったわけではないだろう。確かに騙されたことは騙されたが考えようによっては増えたんだ」
「そうねっ!……じゃあこうしちゃいられない……早速行くわよっ! 散財しにっ!」
まあ待て。また慌てて飛びだそうとする巴を捕まえる。
「まだ5日ある何に使うか決めてからでも遅くないだろ」
「それはそうだけど」
「まあとりあえず……美味いもんでも食おうぜ」
巴の顔がぱあっと明るくなる。
「私がっつり! がっつり系がいい!!」
「なんだか安くあがりそうだな」
「じゃあ行くか」
「うんっ」
俺たちはダンジョン市ターバインのギルドの扉を開けた。
これが苦い思いで始まったダンジョン市ターバインの、俺たちの生活の新たな一歩だった。




