第十一話 新たな龍種
世界樹の根元でボケーッとしていると日が暮れていた。夜空には星が輝いており、真夜中であっても光を感じることができる。
俺は夜目がきくので、意識しないと夜を認識する前に朝になってしまう。生きる上で支障は無く特に気にしていないが、夜の生物を観察するタイミングを逃している。
それがもったいないなぁと思っているけれども、自分のペースはなかなか崩せない。
呆けながら夜空を見上げていると、森の闇からティラ子が歩いてきた。地面に脚をおろす度に、ドスンッと地面を揺らしながら向かってくるその体は、更に生傷が増えていた。
「グルルオゥ? (まぁた喧嘩してきたんですか? どんどんボロボロになっていって、このままじゃ旦那さん見つける前に死んじゃいますよ?)」
結構長い間一緒に生活してきたので、俺は気安く喋るようになってきた。40億年以上培ってきた、他者に対する心の壁が薄れてきている。
少し前まで寿命がある生き物とは、なるべく関わらないようにしようとか考えていたのに、思い切り手のひら返しだ。
しかし問題ないのである。俺は気まぐれなドラゴンなのだ!
「グオオオォ……。グルルル。(うるさいなぁ。貴方にそんなこといわれる筋合い無いんだけど。何様なんだ……)」
めっちゃ睨みながら唸ってきた。
……ちょー怖い! よく考えたら、女性に対して「お前一生独身だな!」みたいなことを言ったのだ。デリカシーが無さすぎる!
俺は自分が気にすること以外に関して、鈍感すぎる……。
「グオ! グオオオ。(せっかく! 気持ちよく勝ってきた帰りなのにさぁ。気分の良いまま、普通にリラックスさせてくれないとか、最低だよ)」
グルルルと唸り声をあげながら、こちらに向かって噛みつくような仕草をしてくる。彼女の牙が合わさる度に、ガッキンガッキンと硬度・密度が高い物質がぶつかる音がなる。
生き物から出てくる音じゃない……。
「グ、グルルルゥ……。(い、嫌がらせしようとしたわけじゃ無いんですよ? 調子にのって、べらべら喋っちゃっただけで……)」
俺は狼狽えながら弁明をした。ちょっとからかっただけなのだ。許してくれ、ティラ子よ……。俺は頭を胸の位置まで下げながら様子を伺う。
男の、しかも爬虫類顔の上目遣いという嬉しくもなんともない状態ができあがった。
「グオオ。グアゥ。(まあ良いけどさぁ。貴方って、私のことを自分勝手な肉食系だと思ってるみたいだけど、人のこと言えないと思うよ?
貴方は、勝手に距離を取ったり、づかづか踏み込んできたり、すっごい自分勝手なんだからね)」
なんも言い返せない! 俺はひれ伏しながら謝った。
「グルルアォ。グルオゥ。(すみませんでした。これからはできるだけ軽はずみなことは言いません)」
ちょっと慣れてくると口が勝手に喋りだすのだ。口は災いの元!
「グオォ。……グオオオ!(わかったよ。もういいから。……そんなことよりも、貴方があんなこと言うから言い出せなかったんだけど、提案があるの! 聞いてくれる?)」
……もういいと言いつつ、納得はしていないようだ。これ以上怒らせると怪我するだろうし、聞かない理由はない。
俺は食い気味で答える。
「グルルウ♪ (もちろんですよ! どんな話ですか?)」
「グオオ! グワアア! (実はね! 貴方を見てると、別の種族なのに子供ができそうな気がするの。不思議だね。だからさ、番にならない? 今までの諸々は許してあげるから!)」
…………うん? 番、夫婦になりたいと? ……?? 俺は今、人間だとしたらとてつもなく間抜けな表情をしているだろう。
うーん、人間のときと感覚が違いすぎてどうすれば良いのかわからない。というか、そんな素振り無かったのに突然すぎるだろ! これが野生のノリなのか?
「……グルル。(突然過ぎてビックリなんだけども。夫にできるティラノ系統がいないからって、私を選ぶのは適当すぎないですか? そもそも、違う種族で子供できるとは思えないですよ)」
俺が答えると、彼女はうなずきながら返す。
「グオオ、グオォ。(私も無理だと思って、考えたこと無かったんだけど、何て言うんだろ、本能が、大丈夫だって訴えかけるんだよ。
相手が貴方でいいのかって話だけど、強い力を受け継げそうだから問題ないよ。教育は私がするから、性格が面倒くさいヤツにならないだろうし)」
「グルル! (ちょっと待って、すぐ考えますから!)」
「……ぐお。(……そのくらいすぐ返事してほしいけど、わかった)」
……この時代の生物は強さで番を選ぶ。子供ができる相手でなるべく強ければいい。相手の好き嫌いは特に関係ないのだ。
しかし、産まれた子供のことは、それはもう大切に育てる。
夫婦や家族についての考え方は、ディノニクスの群れを調べていたときに学んだ。彼らは子孫をとても大事に教育している。自分以外の個体が産んだ子供に対しても行う。
そして、幼体を育てている妻のことも最大限に気遣っている。彼らは本能で番になるが、家族関係になった者を全力で支える。お互いに支え合いながら、厳しい自然の中を生き抜いていた。
種を存続させるために、繁殖した家族を大切にする感情――これは本能からもたらされたモノであり、ある意味純粋で原始的な愛の形ではなかろうか。
俺はこの世界に独りで産まれ、長い間傍観者のように振る舞ってきた。そして最近になってやっと、生物の輪の中に踏み込んでいく決心をした。
ここで更に、子孫を繋いでいくことになれば、完全にこの世界の生態系に組み込まれるだろう。
人は1人では生きられないと言われるが、生殖能力を持つ生き物は全てそうなのかもしれない。ドラゴンも1頭では健全に生きることができないみたいだ。
ティラ子の提案に乗って、一歩踏み出してみよう。
「グルアア! グルオォ。(よし、決めた! 子供をつくって、家族になろう)」
「ぐお、ぐおぉ。グアア! (うだうだ悩んじゃってさぁ。オスならスパッと決断してほしい所だったよ。
まあ良いか! 改めて、これからよろしくね!)」
……オスの威厳はこれから取り返していこう。
実際野生の生き物は、ビビっと来たらすぐに子孫を残す行動をするだろう。オスらしい勢いが足りないのは、俺がおかしいので仕方ない。
俺たちは森の中にあった倒木の陰を住みかとして暮らし始めた。しばらくしてティラ子は俺たちの子を身籠ることになる。
俺の遺伝情報は魔力の粒子であり、それはどんな形にも対応できる不安定なものだった。
だからといって無性生殖はできないだろう。そのままだと情報が形を保てずに消えてしまうからだ。
他の生物の卵――今回は彼女のものと合わさることによって安定、定着する。おそらく恐竜やドラゴンと似ていない生物とも繁殖できるだろう。
自分と同じ種でなくとも繁殖できるということは、ドラゴンの遺伝的特徴を持つ様々な生物を誕生させられるということだ。
――ドラゴンが次世代で進化するスピードは、他の生物の比ではない。
俺たちの子供も同じ性質を受け継いでいたとしたら、自分にとって心地よい環境をつくることができる生物が、大量に産まれる可能性がある。
予想では養分となる魔力が濃い『魔力の河口』があるところにしか住み着かないと思われるが、生態系は変わってしまうだろう。
……どんな変化が起ころうとも、俺も生命だ。遅かれ早かれ繁殖の道を探すことになっていただろうし、避けられない宿命なのである。
やってしまったのならば、それ込みで惑星観察をしていこうじゃないか!
彼女は70センチ程度の卵を1つ産み落とした。体のわりに小さく、しかも1つだということは興味深い。数を増やす効率が悪いタイプの再生産だ。
数日間見守っていると、殻にヒビが入り、内側から鋭い爪が見えた。黒い鱗を纏った小さな手でバリバリと削り落とす。
俺たち夫婦は固唾を飲んで見守る。
頭が見えてきた。額から後頭部に向かう2本の角があり、円らな瞳をしている。両前足が出ると、身をよじりながら殻を脱ぎ捨てる。
――ギュオオオオオ!
なんとも可愛らしい雄叫びだ。産まれたばかりなのに産声ではなく、雄叫びだというのは勇ましい。性格は妻に近いのかもしれない。
見た目は俺の姿を漆黒にしたドラゴンである。頭の先から尻尾の終わりまでの全長は1メートルで、サイズも俺が産まれたときと同じくらいだ。
ティラノサウルス遺伝子が入っているのか怪しいところだが、俺の鬣が生えているところに鋭いトゲがあり、これはT-レックスの牙のようである。背骨の一部だろうか?
息子を見ながらぼーっと考えていると隣から妻が小突いてくる。でかいから小突く程度でも結構な衝撃だ。
顔を向けるととても嬉しそうにしている。やはり恐竜たちは愛情を感じている。俺も嬉しい!
――ギュワアァ……。
息子は鳴きながらあたりを見回している。もう目が見えているのか。そしてぐるぐると同じところを歩きながら魔力を吸収し始めた。
情報収集と養分の補給を最初に行った。……卵の殻は食べないみたいだ。
俺との違いはなんだろうか? あの時はあたり一面燃えていたり、隕石が降っていたから慌てていたが、ストレスのせいで行動が変わったのか?
……この行動が本来の生態なのかもしれないな。
この息子は俺と違う、正しいドラゴンの生き方を見せてくれるだろう。これからの成長が楽しみだ。




