第十話 世界樹と地脈
ティラ子は「グオオ! (一狩り行ってくる!)」と言ってどこかへ行ってしまったので、俺は見つけてからずっとしたかった世界樹の観察をすることにした。
この木の根本は半径100メートルが草原地帯になっていて、今のところ他の生物は来ていない。
立ち上がり両前脚で世界樹に触れてみる。
……すごい、樹皮の厚さも相当ある。一つ一つの凹凸が岩のようだ。軽くペシペシと叩いてみた所、密度も前世で触れたことのある木材よりしっかりしていそうだ。
木の中に耳を傾けると、内部からは滝のような轟音が聞こえる。これ程大量の水を吸い上げたら広範囲の木が枯れてしまいそうだ。……これは気になるぞ。
……いや、これは俺のエネルギー吸収と近いかもしれない。脳をフル回転して感覚を研ぎ澄ましていく。
目に見える形ではなく、微粒子の集合と特徴で判別する……。
巨木から広がる根は森林の広範囲に広がっており、長さにして数キロメートルはある。地下にも同じ規模でのびており、大地と深く絡み付いているのがわかる。もう少し下まで伸びてしまうとマントルに届いてしまいそうだ。
……大丈夫だろうか?
観測を続けていく。俺が知りたいのはこの巨大な体を維持しつつ、大森林の植物と共生できている理由だ。
根が地中から微粒子を引っ張っている。水や窒素などの栄養分も吸収しているのだが、巨体を維持するためには少なすぎる量だ。
地殻の更に下――マントルよりも更に下かもしれない――から溢れ出る魔力をほとんどのエネルギー源に、かつ体の維持に使っている。
ここまでは以前した想像通りだが、体内では何が起こっているのだろうか? 俺の体はこの前食べた恐竜以外は純度100%の魔力が原料であり、体を知覚してみてもアースや地球でみたこともない物質になっているため謎のままだ。
しかし、この星で進化の果てに生まれた世界樹ならば、魔力から物質が生ずるための何かが掴めるかもしれない。
吸収された魔力は根っこの中で圧縮し、水や窒素と混ざり合って変質している。まるで液体のようなモノになって幹の中を通過し、全身へと行き渡る。
専門家ではなかったのでわからないが、これが体の素になっており、周囲に魔力を発散するエネルギー源にもなっているのがわかる。
周囲の木々や草花も通常の種より頑丈であったり、高緯度地域で繁殖できているのは、この世界樹内で合成されたエネルギーの余波によるものだと考えられる。
俺も似たようなことをしているとすれば、生きているだけで周囲に影響を与えているのかもしれないな。しかし、俺のまわりでえげつない程の進化した生物はいなかったと思うんだが……。
俺のことは一先ず置いておこう。役立ちそうな情報がまとまってから考えていくべきだ。
この巨木の幹から不思議物質がそのままの形で流れ出しているところがある……。飛んでその位置まで行ってみと、樹皮の割れ目から黄金の樹液が溢れていた。20メートルはあろうかというサイズで、金でできた池のように煌めいている。
とても美しい光景だった。俺は語彙力が貧困なのでうまく言い表せない。地上から約1キロメートルという高度にあり、自身の枝葉以外は遮蔽物がなく、ちょうど西からの日差しが当たっている。
しかしここにあるものはキラキラとして幻想的な風景だけではない。虫系の魔物が、数自体は少ないが集まっている。
地上でも戦った2メートルのハチや、クワガタやカブトムシに似ている3メートルの甲虫種、羽を広げると8メートルの巨大なチョウなど、多様な生物が集まっている。
こんなところまで来る虫たちだ。おそらく前回の絶滅を生き残った強い者が進化した姿なのだろう。
よくみると彼らの中にはバチバチと雷を纏っていたり、胸のあたりから火の粉が舞っていたり、魔法の痕跡が見える者がいる。
危険そうな奴らだ。其処らにいる恐竜よりも強そうだ。
そのような生き物に纏わり付かれても傷を負っていないこの木は、天敵となりそうな炎や雷にも耐性があるのだろう。
俺は樹液を吸う生き物が少ないところへ取り付いてみた。そして、樹液を舐めてみる。
……めっちゃウマイッ!
ネトネトしていて飲みにくく、液体というよりは固体に近い食感だったが、人間だったとき以来の甘味なのだ。感動しないはずがない! そして体内に入ってわかる、想像以上に濃密な魔力。これは……俺の血液に近いものだろうか。
ドラゴンとしての魔力欲が満たされ、体の力へと変換されていく……。
もしも、俺の太い血管が切れるような怪我をしたら、舐めてくるやつもいるのだろうか……?
――身震いをして、その場を離れた。
地上に戻り、さっき世界樹のエネルギー源を調べたときに気になったことを確認してみる。以前空から見ていたときに違和感を感じたポイントでもある。
地中にある何らかの繋がりだ。
大いなる存在たちがなぜか密集している理由がそこにあると考えている。
意識を集中し、感覚を地下へと潜らせる。世界樹の根より更に下へ……。そしてマントルへ至ったとき――
『 ……』
――何者かの意思を感じた。
このどろどろに流れるマントルの更に奥から、俺に何かを訴えてくる。驚いたが、その意思は敵意を向けていない。これはどちらかというと親しみ……いや、興味かもしれない。
その意思はマントルの対流に乗って魔力と共に流れてくる。
これは魔力源の意思か? それとも何か別の存在が、このアースの地中で暮らしているのか? 俺が地表でダラダラと生きているうちに、大自然は劇的に進化を続けていた。
俺だけは体の強さや大きさ以外は40億年以上変わってないから、本当にビックリだ。少し前まではここまで劇的ではなかったと思う。
進化のスピードが100倍とかになってそうだ。
なんともいえない気分……それはまるで、時代の変化についていけなくなったお爺ちゃんの気分だ。
それはさておき、マントルの対流についてわかったことがある。アースの地下では、魔力が大河のように流れていることを発見した。その河の終わりの一つがこの北の大地だったのだ。
俺はこれを、魔力についての『地脈』と名付けようと思う。
北極圏は魔力の河口だったのだ。
◇
龍は自覚していないが、これらの異常に強力な生物が誕生した原因は本人が完成させてしまった『魔核』によるものと、環境操作に夢中になって出来上がった魔力を含む大気のせいである。気圧も大きい。
彼は、「俺のまわりでは特別な変化起きないなぁ」と考えているが、既に世界規模の進化に影響を与えた後である。
その結果多量絶滅を招いたが、地球と比べて死ににくい生物が蔓延る魔境へと、アースという世界そのものが進化したのだ。
様々な生物は意思を持ち、自身の繁栄のために力を尽くす。他者を取り込み、自身の力へ変えようとする。
比喩的な意味ではなく、魔力を持つ『魔法生物』を取り込むと、自身の魔力と少しずつ融合し、徐々に変化していくのだ。
その変化は寿命を終えるまでに目に見える形になるものは少ないが、次世代に突然変異として進化していくことが多い。
彼らは本能的に自分の種を進化させることを目的にして生きている。その傾向は極点付近に住む生物になればなる程強い。
魔法生物はどこで生まれても『極点の領域』を目指して移動する。
自分が少しでも倒せる可能性があるのならば、強大な敵にさえ挑んでいく。強大な者を踏み台にするために、負けたとしても自分自身が強大な生物の地肉として生き続けるために。
そういった地球とは異なる生態系が作られている。彼らは自分の死を恐れない。
実は北の大地と似たような環境が南半球にもできている。しかし、そこに住むものたちは全く異なる進化をとげていくのだが、ハッキリと現れるにはあと数1000万年かかるだろう。
龍からしてみれば一瞬だ。興味が湧いて向かう頃には大きく発展しているだろう。
大陸の西から中央にかけては、自然は豊かであるが『地脈の河口』ではないために魔力量が少なく落ち着いている。
そのため本能的に魔力を求める強力な捕食者が現れない、とても穏やかな地域である。地球でいうところの動物たちはこのエリアに生息し、そこから出ようとしないし、出ることはできない。
真っ先に狩られてしまうからだ。しかし、ここに生きるもの達も徐々に成長し、ただの弱者ではなくなっていく。
数ヶ月前にディノニクスが行動したことによって、北極圏で龍と暴竜の女王は出会った。少しでもタイミングがズレていたら巡り会うことは無かっただろう。
この出会いは北の大地を、今でさえ魔境のこの地を、地上最恐の不可侵領域へと変貌させる。
次回、惑星を支配する種族が発生します。




