第八話 龍としての生き方
雨の音と咀嚼音だけが聞こえる。じめじめと湿っていて水分が凍る気配がない。高緯度のはずだが俺の魔法や、この地固有の異常性の影響により気温があまり低くないのだ。
地球であれば冷温帯や寒帯に入るであろう北緯40度よりも北なのに、口から吐く息は白くなっていない。
俺やティラ子のように大きな生物は体を動かすために相応のエネルギーを必要とする。どんなモノがエネルギー源であっても、小さい生物よりも大きい生物が消費するエネルギーは大きくなる。
つまり、体温が高くなるのだ。
それなのに息が白くないということは、外気と体温の差に大きな開きがないと考えられる。
地球では高緯度の生物は熱が外に散りにくいよう進化して、体が大きくなるという。もっとも、爬虫類のような変温動物は逆に寒いところでは小さく進化するようだが……。
地球で常識だったことは、アースの環境に通用しないのだと証明されていく。生物の進化が進むにつれて完全に別世界なのだと実感する。
俺はいつも通り見て感じたことから色々なことを考え込んでいた。その間もギガノトサウルスを食べ進めた。ティラ子は腹や内蔵などを中心に食べて、満たされると残りは放置したが、俺は特に満腹にならなかったので、頭から尻尾の先まで骨も残さず食べきった。
俺はモノを食べたときに、単純な胃や腸で酸などによる消化は行わないようだ。食べたものは体内に入ったあと体の中心付近に向かう。胃の位置にたどり着くと、普段は動いていない内臓が活動しだす。
内臓が酸を出しているのかグルグルと蠕動運動を始める。すると同時にゴリッと、人間だった頃には聞き覚えの無い音が響く。
臓器の中で魔力が石のように固まり、蠕動運動によって擦りあっているらしい。酸と魔力によって瞬く間に粉砕・融解し、完全に吸収された。
魔力と血肉が融合され、俺の体の成分と同じような構成に化学反応したようだ。ドラゴンの体は内臓にも魔力が宿っているようで、消化の際に分泌した酸は毒攻撃などで使えそうだ。
物騒だがまぁいいだろう。
今回のことで、ドラゴンは食料によっても体の元となる成分を吸収できることはわかったし、ついでに魔力も補給できるということも発見できた。
肉や骨を取り込むよりも、魔力が吸収される瞬間の方が満足感があるので、ドラゴンは『モノを食べることもあるが魔力補給の方が好きで、食べたとしても魔力が目的』なのではないかと予想している。
今後また食べる機会があったらわかるだろうか。
生物が進化してから、今までよりも変化が大きい人生を送っている。もはや生と死のやり取りは避けられない。
俺が産まれてから50億年弱だが、最初の40と数億年よりも、恐竜たちが出現してからの方が生の密度が濃い。今後はより激しい時代を向かえるのだろう。
俺とティラ子は食事を終えて、体を休めることにした。低緯度よりも日光が遠いためか、100メートル近くある木々が無造作に立ち並ぶ。雑草すらも2,3メートルはあろうかという大きさだ。
太陽光が生い茂る緑によって遮られるせいで、森の中は昼でも薄暗い。今のような雲がかかっている状態だと夜のようである。
雨に濡れるのがウザったいので木の陰に入る。ふと、隣にいるティラ子に目を向けた。体にはまだ血が流れている傷が複数できている。奴らの牙による裂傷は深く痛々しい。俺よりも余裕がありそうな戦いぶりだったが、流石に苦戦はしていたようだ。
彼女の体には新しい傷の他にも多くの傷痕が残っている。今までも多くの生物と戦い、弱肉強食の世界を生き抜いてきたのだろう。
彼女の傷痕を見て思った。アースにおける全ての命は、自分がそう在りたいように生きている。生まれながらに強さや特性など能力は平等ではないが、それでも星の営みの中で自分の立ち位置を見つけ、暮らしている。
俺は宙ぶらりんなのだ。生物と戦いながらもどこか壊れ物のように扱ってしまっている。細菌から恐竜まで命は命、それぞれに貴賤の差はない。あるのは生物から生物へ、栄養素の循環という流れだけである。
俺はその中に入れていない。だから浮いてしまっているのだろう。
自分はどのように生きたらいいのか、確固たる軸が築けていない。今後の生について不安感を抱いている。俺はいつも一人で考え込んで答えが出せずに、出せたとしても一時しのぎにしかならない半端な行動をしてしまっていた。
ここで少し考え方を変えようと思う。他人を頼ってみよう。今までと違って少し交流ができるようになったのだ。答えは出なかったとしても、ヒントになる可能性はある。それに、今の体は人ではなくドラゴンなのだ。
人間の以外の価値観を知らないから問題なのかもしれない。
雨はまだ降り続け、灰色の雲が太陽を隠している。腐葉土からは特有の臭いが漂っている。雨の音と葉から水滴が落ちる音が合わさり、不規則なリズムを刻む。
不自然により起こされた自然の音は、お互いの呼吸音をかき消している。
「……グルゥ。グガァ。(貴女はなぜ、それ程生き生きと、自由に暮らしていけるのですか?)」
と聞くと、
「グオォ。(貴方は本当に変なことばかり聞くね。そんなの知らないよ。私はしたいようにしてるだけだからね)」
彼女は首を傾げながら答えた。そりゃそうだ。いきなりこんなこと聞かれても意味不明だ。もっと聞きたいことを整理してから話さなければ……。
何を話そうか考えていると、彼女の方が話を続けてくれた。
「グオォ。グオオ!? (さっきから何か考えているみたいだけど、本当に貴方は不思議だね。食べることに興味なさそうだし、戦いも嫌いじゃなさそうなのに身が入ってない。いったい何をしたいの?)」
端から見ると、何をしようとしているのかわからないそうだ。そういえばディノニクスも言っていた。全部話してみようか。今までは自分の目的は話したことはある。しかし、信条を誰かに話したことはなかった。
「グルルル。グガァ。グルゥ……。(私はこの世界の観察と自分の生まれについて調べようとしているんです。親がいなかったので、自分が何者なのかわからないんですよ。その為に様々な場所を巡っています。
旅をすると縄張り争いに巻き込まれますが、その戦い自体は好きなんです。好きなんですが……その場所にとどまるわけではないので、誰も殺さないようにしているんですよ。現地の生態系を自分の勝手で乱したくないんです)」
俺のあやふやな所を話してみた。
「グオオ! グルォ? (ふーん。なんだか大変そうな目的だね。応援するよ! だけど生態系を乱さないようにするとか、そういうのはよくわからないなぁ。どんな生き物だって食べ物がなくなれば移動する。
何かが移動したら生態系は変わっていくよ。乱すとか、そういうことではなくて、変わるのが普通なんじゃないの?)」
確かにそうかもしれない。前世の人間は森を切り開き、海を埋め立て、ガスを撒き散らしていた。その他にも廃棄プラスチックによる汚染や過剰な狩りによる動物の絶滅などがあったことを知っている。
あれは人間が集団だったから起こったことだろう。大量にやってしまったからだ。食物連鎖の頂点に立っていると思い上がり、人間が特別だと勘違いしてしまった為に起こったのだろう。
人の手による環境破壊を心の底から嫌っていた。だから結果的に同じようなことをしてしまった前回の大量絶滅が、トラウマのようになってしまっているのだと思う。
俺は一人しかいない。しかも、この世界は地球よりも強靭な成長をしている。大気圧が大きいこともそうだが、地殻も頑丈だ。それにともなって生物も頑強なのだ。少し前のアースと比べても強くなっている。
俺一人が変えられる範囲は、アースに住む俺以外の者達と同じ程度なのかもしれない。
しかし……
「グルオオ。グルァ。(確かにそうですが、私は環境を変化させる『魔法』が使えるんです。きっと全てを駆使したら誰も私に勝てないし、全てを滅ぼしてしまうかもしれない。それが怖いんです……)」
自分の力によって自分以外の生命の運命を弄ぶことになるのが怖いのだ。他の命に対して責任を負うことが恐ろしいのだ。
「グオオ! グオオオ。(さっきの雨のことだね……。貴方は色々考えすぎだよ。私がもし使えたとしたらそんなに悩まないと思うよ! バカスカ使うのは問題かもしれないけど、ここぞという時は使う。それでいいじゃん。
貴方は自分で自分を縛るようなことをしているけど、そんな必要あるの? 自由に生きる力を持っているのに、意味がわからない。そんな生き物は見たことないよ。皆自由を求めている。私もそうだよ。
それに、多分そういうことできるのが貴方だけじゃないよ。さっきのやつらも似たようなことしてたし。自分だけが特別みたいな考え方は好きじゃないな)」
節度をもって使え。俺だけに備わる能力ではない。その通りだと思う。ディノニクスから聞いた話しでも炎を纏ったり氷を操る生物が存在することはわかっているのだ。
自分で自分を縛ることも、野生らしくないだろう。俺はもう野生のドラゴンなのだ。特別ではない食物連鎖の中で、ただ上位に位置するだけなのだ。
もう少し自分の本能と向き合って生きた方が良いのかもしれない。その結果失敗することもあるかもしれないが、反省して修正していくしかないのだ。
ドラゴンの生き方を知らない。だからこそ様々なことを試して、後悔しながら前に進んでいくべきだ。
「グルルル。グルァ! (私は軽く考えることができない性格です。そうなんですが、貴女のいう通りだと思います。お悩みすぎて身動きがとれなくなっていました。
自分のことを他の生物とは違う、特別な何かだと思っていた節もあります。気付かせてくれてありがとうございました。
もう少し自分の欲求にしたがってみることにします!)」
俺は40億年以上一人で生きてきた。だからこそ、周りと自分の関係に対する経験が少ない。
試行錯誤して、成長していこう。
『殺さない』『環境魔法は使わない』『寿命が短いものとはあまり関わらない』このような極端な考え方は一先ず破棄することにした。
もちろん考え無しに行動することはしないが、俺の本来の目的である『世界の観察と自身の解明』を達成するために、必要なことをする!
やらないで後悔するよりやって後悔する方を選ぶことにした。
次回からは北極圏で野生のモンスターとしての自覚を持って行動していきます。頭がごちゃごちゃしていた主人公はドラゴン寄りの考え方に馴染んでいきます。




