4章 中編①
さてと、
「すごぉおい!!」
「ようやっと着いたな」
「あぁ、少し腰が痛いよ」
エンヴィが港に降り立って早々にキラキラと目を輝かせる。クリスタリア最大の港街、名前は地図で見たとおり、サージェス。
魔法に特化し、六道を多く輩出するこの国には、国民の約半数以上が亜人で成り立っている。というのも、この国は一夫多妻制を採用しており、優秀な人材である六道に嫁ぎたい、もしくは嫁がせたい輩は多く存在する。そういったお国事情というか、風習も相まって、この国の人は相貌が様々で面白い。
エンヴィのように肌の色が違うのは勿論、耳や手、体の一部が人間のそれとはかけ離れていたり、ルッカのように何かを失った人までたくさんだ。だが彼らはそれを嘆くことは一切しない。寧ろ堂々と誇っている。
正直に言おう。
俺もメチャクチャワクワクしてる。だってそうだろ? クリスタリアは虎の連中の管轄で、俺は一度も来たことがない。俺の知らないことばっかりがここに埋まってる。そう考えると、エンヴィがはしゃぐのもわかる。
つっても、やる事はやらないとな。
「おーい、行くぞー。先ずは商業ギルドだ」
「ん? 商売でもするのか?」
「ちげえよ、路銀はある。そうじゃなくて、コネを作りに行くんだよ。途中で話したろ、俺は虎の連中と折り合いが悪い。少なくともここで龍の評判をあげるわけには行かねえから、虎の連中とつるまなきゃなんねえの」
これ以上迷惑かけるわけにも行かねえからな。
俺がそういうと、二人は顔を見合わせる。
「なんだよ」
「いんやぁ?」
「べっつにー?」
妙ににやけた顔した二人をじっとりと見てから、ため息と一緒に歩き出す。港は漁師を含め、商人、町人、様々な人で賑わっている。この国の流通の中心なだけあって、露店を含め港近くの店は多い。当然店が多ければそれを取り締まる奴らもいる。
その取り締まりを買って出ているのが…。
「おい、龍のとこの野郎が何でここにいやがんだ」
「野暮用だよ」
虎柄のハチマキを巻いた男女数人が大通りからやってくる。
青龍に乗って来てるやつなんて珍しいどころの話じゃないし、報告でもいったんだろう。ガタイのいい先頭の男が俺の顔をじっくりと見たあと、思い出したようにハッとした。
「てめえ、外の龍だな?! どういうつもりだてめえ! 喧嘩でも売りに来たのか!?」
「おうおう、懐かしい呼び方してくれちゃって。さっきも言ったろ? 野暮用だって」
男があんまり大きな声を出すもんだから、野次馬がぞろぞろと集まってくる。俺と虎、それからエンヴィとキャメロンを囲んで何だ何だと囃し立てる。
ったく見せもんじゃあねぇってのに。
「それに龍は関係ねえよ、俺の野暮用だ。同じトリマニアとして仲良くしようぜ?」
「ざっけんな! てめぇのせいで俺たち虎がどれだけ損したと思ってやがる!」
損っていうあたり商人だよなぁ。
ただ、それに関しちゃ一言言わせてもらうぜ。
「他所の品ぁ蹴落とすしかしてねぇクセに損得語ってんじゃねぇよスットコドッコイ。虎が墜ちたのは自業自得だろがぃ」
「(あれ、仲良くするんじゃなかったっけ)」
「(つるむって言ってた)」
そんなこと言ったっけなーどうだったかなー。
「(とぼけた顔してるぞあいつ)」
「(勢い余っちゃったんだね)」
「そこ!聞こえてっからな!」
振り返って注意すると、二人はてへ、と意地が悪い顔で笑ってみせる。
こいつら…。
それはさておき、俺の言葉がよほど気に入らなかったのか、虎の男は青筋を浮かばせて拳を握る。暴力沙汰はいくら取り締まる側とはいえご法度だ。
ボソボソと聞こえる周りの声にも耳を傾ける。
「おい、あの男だれだ? 見た感じトリマニアのやつだろ?」
「虎の連中に喧嘩売って大丈夫なのか?」
「あの兄ちゃんは虎じゃねえのか?」
おうおう、ここでもアコギな商売してそうじゃねえの。
カラン、コロン…。
「ゴン、何事だい」
虎のハチマキを腕に巻いた妙齢の女性が人の輪を抜けてやってくる。長い濃い髪を一つにまとめ、俺と同じく一張羅に羽織、晒しを巻いてないのか、一張羅の間からは豊満な胸が見えている。二本下駄鳴らしながら片手に持ったキセルを蒸すと、男の脇からこちらを見やる。目線は俺と同じくらい、下駄を履いているとはいえ、女性にしては大柄だ。
すると、ほほぉ? と口の端を吊り上げ、キセルの中身を道端に落とし、キセルを男に預けると、俺に向かって手を差し出す。
「やぁやぁ六仙、よくぞここまで」
「こいつぁどうも」
手を握り返して、彼女が発した言葉について尋ねる。
「その六仙ってのはなんなんすかね」
「おや、本人が聞いてないと驚いたね。まぁ急拵えっていってたから、仕方ないか」
どうやらご存知の様子だが、そのまま話すことはなく、俺の手を引き歩き出した。
しれっと恋人繋ぎという奴である。後ろの猛犬二人が今にも飛び出しそうで気が気でない。ステイ、ステイだぞ。
「お姉さんよ、後ろの二人、俺の連れなんだが…、置いてこうとしてないかい?」
「おや、ツレだったのかい? あたしはてっきりあの二人が絡まれてるのを助けたんだと思ったよ」
わざとらしー、絶対わかっててやってるよこの人。口の端を吊り上げた女性が、パッと手を離すと、二人は噛みつくように俺の腕に掴まる。痛い、キャメロン痛い、エンチャント解除して…!
「おーこわいこわい、んじゃ、あんたらは戻んな。積み荷の整理が終わってないだろう」
「姐さん…! でもコイツは虎を…!」
「聞こえてたさ、だから出て来たんだよ。でも、この子の言う通り、あの頃の虎はそうだったじゃないか。反論の余地は無いよ」
女性がそう言うと、虎の連中は口を噤んで、拳を固めた。が、そのまま踵を返して戻って行く。
どうやらこの人がここの虎を纏めている人らしい。虎の匠で、女性か…聞いたことあるような無いようなで、いまいち思い当たらない。
とりあえず両腕の二人を引っぺがして女性に尋ねる。
「俺たちは商業ギルドに行きたいんだが、この辺りの地図を譲ってもらえないか?」
「あぁ、構わないよ、なんなら今あの子らが戻ってったところがギルドさ。それより、あんたの場合は魔法ギルドの方に用があるもんだと思ったんだけど、違ったかな?」
どうやらこの人は俺がここに来た理由を知っているらしい。
「裸一貫で突っ込めるほど勇猛じゃあないさ、まずは情報だ。そうだろ?」
ごもっとも。
女性はそう言うと、俺に向かって手招きしつつ、虎の連中が歩いていった道に乗る。
「ラック」
「ん? どうした?」
エンヴィが周りを見回し、俺に耳打ちする。
「誰かに見られてる気がする。遠くから、だから細かいとこまでわからないけど、多分魔法で見られてると思う」
遠見の魔法か、千里眼かなにかだろうか。俺はエンヴィにありがとうと頭を撫でつつ、女性から目を離さないようにする。
正直この人もこの人で胡散臭いからなぁ…。掴み所がなくて妙に疲れる。
港から歩いて数分、立ち並ぶ家屋とあまり変わらない大きさの建物の前にたどり着く。釣り看板に商業ギルドと書かれたその建物が、最初の目的地のようだが…、
「思ったよりも小さいな」
「まぁね、この街の産業は商業よりも魔術に傾倒している。必要最低限さえ賄えればあとは魔法でどうにかなっちまうのさ」
女性は手近な空いている丸テーブルの上にキセルを置き、椅子を引いて先に座る。俺たちにも座るように促し、一息ついた。
荷物の整理をしてる奴らの視線をチラチラと受けながら、俺は女性の正面、挟むようにエンヴィとキャメロンが座る。
「さてと、実はあんたの話は匠連中にはもう行き渡ってる。最初にここに来るとは思っちゃいなかったが、来た時には協力するように言われてるよ」
それで?
「何が欲しい」
手早く本題に入った彼女に、俺はまずストップをかけた。
「それより、まずは自己紹介と、さっきの質問に答えて欲しいもんだ」
急いては事を仕損じる。さらに言えば、交渉というのも彼女の方が何枚も上手だろう。そう考えると、相手のペースに入る前にこちらのペースを維持しなければならない。
呑まれる前に呑めればいいが、生憎相手は虎、呑めたとしても掻っ捌いて出てくるだろう。
俺の言葉にそれもそうだね、と女性が頷く。
「私はヘンリー、虎の匠で、クリスタリアの行脚の足掛かり兼中継地点のココで商売させてもらってるよ。それで、アンタの質問に答えると、六仙ってのは、六道になった上で、アンタみたいに匠になるためのテストを合格した子のことを言うのさ。だから、アンタが初めての六仙。最高階位だよ、喜びな」
「えぇ…」
初耳な上にめっちゃ重いやんけ。
師匠はそこら辺の話を全くしてくれなかったから、正直戸惑いは隠せない。六仙…ねぇ…。
「さ、こちらの番だよ、何が欲しいんだい」
「いんや、特に必要なものは無いさ。ここに来たかったのも、アンタへの挨拶だよ、虎の領分に入るんだ、一言くらい言っとくのが筋ってもんだろ?」
「ふふ、違いないね。宿も良いのかい?」
「あぁ、こっちに来るのは初めてだからな、色々見て回りたいんだ」
「好奇心があって良い事だね。わかった、私らはここの上に住んでるから、何かあったらおいで、多少は手を貸すよ」
「そいつぁどうも」
「それと、ババアのお節介だ、一つ聞いてくんな」
「…?」
「魔術協会に気をつけな。特にそこの子、魔法は極力使わない事だね」
「え…っと…」
「クリスタリアは『アーカイブトルムと折り合いが悪い』。私は伝えたよ、あとは頑張んな」
ヘンリーはそういうと、キセルを持ってギルドの奥に入っていく。俺は動揺するエンヴィの頭を撫でて、席を立つ。
魔術協会かぁ、魔法ギルドとはちょっと違うんだろうなぁ。
まぁまずは、
「宿でも探すか、探索は明日にしよう」
海から見えるお天道様も、最早頭頂部しか見えていない。見知らぬ土地での夜歩きはあまりしたくない。特にここの治安がわからないうちは静かにしておくのが一番だ。
港から一番近い宿屋を探す。港町なだけあって、宿自体は多いものの、外観があまりよろしくない。流通の多い町は人災が一番めんどくさい。
「おや、ラックさんではありませんか」
「…? あ、ヨイチさん。お久しぶりです」
「えぇえぇ、お久しぶりです。というか、よくぞご無事で。私もう会えないものかと思っておりましたよ」
キャップを持ち上げ、屈託のない…なさそうな笑顔で俺に駆け寄ってくる。糸のように細い目は開かれる事なく俺に手を差し伸べた。
「クリスタリアへようこそ、初めてでしたよね?ここにくるのは」
「えぇ、そうですね。ヨイチさんはこの辺り詳しいんです?」
手を握り返して軽く振って離す。
後ろの猛犬二人がまた殺気立つ。特にエンヴィは初対面からあまり良い印象を持っていないが故に顕著だ。また何かしていないかと睨むように俺の手を見つめている。
「えぇ、私はここの出身ですから。立ち話もなんですし、折角ですから、お食事でもいかがですか?」
「えぇ、もちろん。ただ、今宿を探していて…」
あぁ、それなら、とヨイチさんは俺と後ろの二人を見て頷いた。
「私の家にいらっしゃいますか?この人数なら寝る場所も確保できます」
「え」
二人が俺のことをジッと見つめているが、何も知らない場所よりも、人を知っているだけマシだろう。
「それは有難い。お邪魔しても良いですか?」
「えぇ、もちろん。お二人もよろしいですか?」
「…ラックが良いなら」
「そうだな、宿無しよりはよっぽどいい」
流石にキャメロンも、俺がウロウロしていた理由を察しているらしく、ため息とともに承諾した。
「では参りましょうか。お荷物はなさそうですが、腰を落ち着けるお時間も欲しいでしょうし」
そう言うと、ヨイチさんはこちらへ、と俺たちを案内してくれる。
港町を抜けると、道はぐっと広くなり、アーカイブトルムでは見かけないあれやこれやが道を往来している。移動用マグナイトのなかでも、路面電車、バイク、建物ギリギリのレールを走るモノレールなど、技術を必要とするものばかり。どれも虎が得意とする分野なだけあって、あの小さな店でもかなりの儲けを出しているのだろう。そしてやはり目立つのは亜人の多さだ。エンヴィの肌の色なんてまるで気にならないほどだろう…たぶん、わからんけど。
その大きな通りを横切り、道を一つ入ると、先ほどの道ほどではないが、人通りの多い繁華街に出る。こちらはマグナイトはあまり通っておらず、港とはまた違った感じで露店が多く出ていた。人々は財布を片手に店主と楽しげにやり取りをしながら品を買っていく。
人の営みはどこも一緒だな。亜人だろうがなんだろうが、あまり変わりない。
繁華街から更に一つ入ると今度は途端に人の気配が減って、住宅街に入る。さっきの賑わいを見ると、今は晩飯の買い込みでもする時間なんだろうな。住宅街の途中でヨイチさんは足を止めて、傍の一軒家を差した。
「こちらが私の家です。ちょっと入り組んでいるので戻って来にくいかもしれませんが、その分家は広いですよ」
玄関の鍵を開けて、ヨイチさんがどうぞ、と入るように促す。どうも、と返事をして中に入った。
「おー…」
なんというか、女性の家! じゃなくて、商人の家! って感じ。
そこかしこに商品なのか置物なのかよくわからないものが置かれ、玄関から見える奥の扉は思いっきり倉庫と書かれた看板がかけられている。
「普段から客を招いたりするのかい?」
「えぇ、商談もしますからね。どうかされました?」
キャメロンの質問に答えると、首を傾げた。
「なに、自分の家なのにわざわざ倉庫、なんて札はかけないだろう? 少し気になっただけさ」
たしかに、自分の家ならそうだな。
「それにしても、自宅に商談を持ち込むだなんて、不用心だな。コソ泥が入ってもおかしくない」
「ふふ、確かにそうかも知れません。余所の土地に長くいると私もそんな用心をしてしまうのですが、ここクリスタリアではその心配はありません」
「…? どういうことだ?」
ヨイチさんはキャップを外して、玄関の靴箱の上に置く。外ハネのボブカットが軽やかに揺れ、ヨイチさんは先に居間の扉を開けた。
「立ち話もなんですから、どうぞ」
俺はヨイチさんに続いて居間に入る。四人がけの角テーブル、ソファ、高そうな絨毯、垂れ下がる簡易シャンデリアも、恐らくは俺が考えているものよりは数段値が張るものだろう。俺はヨイチさんの向かいに座る。二人は座らず俺の後ろに立った。
よほど警戒しているらしい。その様子に、ヨイチさんも苦笑いした。
「私、そんなに悪人に見えますかね」
「俺はもう長い付き合いっすからね、そんな事はあまり感じないもんですけど…、色々あったもんですから、勘弁してやってください」
「それなら仕方ありませんね。さて、先ほどの続きですが、この街は魔術協会によって大規模な犯罪抑制機構が敷かれています。特に港では顕著ですよ。魔術が発展しているとはいえ、モノがあってこそですから」
君は少し感じたのでは?
ヨイチさんはエンヴィに向かって尋ねると、エンヴィは小さく頷く。エンヴィが言ってた見られている感覚が、おそらくヨイチさんの言っている犯罪抑制機構なのだろう。それにしても街全体に効果を及ぼすって事は、相当凄い魔法士がいるんだろうな。アポイントを取れるようにしておこう。
「ヨイチさん、その機構って誰が維持してるんです? 魔術協会のお偉い方?」
そういうと、ヨイチさんは驚いたように目を瞬かせ、あー、と独りでに納得する。
「魔術協会そのものが、機構そのものです。そうですね、ラックさんにわかりやすい表現でいうと…、魔術協会はその建物そのものが魔道具なのです。そして、利用しているマナはここで暮らす我々のマナです。気づかない程度の僅かなマナをここに住む全ての人間から徴収し、魔術協会はその威力を発揮しております」
「へぇ…」
よくそんな仕組みを国が許したもんだ。全ての人間が対象ならそこには少なからず俺たちのような客人も含まれているはず。確かに気づかなかったが、一歩間違えれば国際問題じゃないか。
それにしても、魔道具か…。
「それも結局管理が必要なのでは?」
「えぇ、管理自体は人の手ですよ。クリスタリアの国王、レーゲン・クリスタリアが直々に管理してます」
国の許可とかいらなかった。
「魔術協会の効果は? 犯罪抑制といっても悪さしたやつがその場で捕まるようなものじゃないだろう」
キャメロンの問いに、ヨイチさんは、人差し指を顎に当てる。
「そうですね…。私もその場に出くわす事はなかなかありませんが、引ったくりに関しては体の一部に刻印がされるようでしたよ。顔にルーンが書かれているのを見ました」
「魔力の一部を利用したマーキングか」
「さっきのを聞くと、簡単にできそうだな」
「でしょうね。さ、それよりみなさん、お腹空きませんか?」
食事にしましょう。




