4章 中編②
しばらく中編です。
キャメロンは台所から聞こえてくる楽しげな会話に耳を傾けながら、この先彼がどうしていくのかを考えていた。六道の対価を別のものに代用する。難題だ。何せ失われるものに規則性が無いのだから、何を代用すればいいのかがさっぱりわからない。
魂の一部、そう言われれば全てだろうが、その魂の何が失われるのかはとんと想像がつかない。
「ラック、結局どうするつもりだ?」
「………、」
「…ラック?」
キャメロンが横から顔を覗き込むと、少し間を置いて、ふふ、と微笑んだ。
俯いて何か考え込んでいるように見えていたが、どうやら疲れて寝てしまったらしい。それもそうだろう。アーカイブトルムからここまで、ほぼノンストップで、彼にとっては決断の連続だったに違いない。
エンヴィを守り、アーカイブトルムに正面から臨み、故郷を捨て、エマ一人を救う事を心に決め、そして、解決の糸口さえ見えない難題を請け負った。彼の身体はもう金属ではない。目覚めたばかりの身体は、体力も著しく落ちている事だろう。
キャメロンはラックをそっとしておく事を決め、自分も台所へと向かう。
初めに見たときはエンヴィから彼女に対しての敵意を感じたものだが、今はそんな気配もない。食と寝床を提供してくれる彼女には、自分も感謝している。敵意を向けるべきではないと思ったのだろう。
キャメロンがやってきた事に気付いた彼女が、おや、とこちらを向いた。
「もうすぐ出来ますよ。毒味でもしておきますか?」
「いや、私は君を疑っているわけではないさ。レディも、少し落ち着いたようだしね」
「そうですか。ラックさんは?」
「寝てしまったよ。だいぶ疲れが溜まっていたようだ。トリマニアからここまで彼の龍に乗せてもらっていたし、無理もない」
「おやおや、では寝床でも用意しておきましょうか。そのままでは体を痛めかねませんし」
「とりあえずはソファでいいだろう。私の方で運んでおく。そちらは料理に集中していてくれ」
「わかりました。ではお願いいたします」
そう言って鍋に向き直った彼女に、そういえばとキャメロンが声をかける。
「自己紹介がまだだった気がする。キャメロンだ」
「おや、そういえば。ヨイチと申します。皆さんはしばらくこちらに滞在するんです?」
「多分な。ラックの仕事の捗り方次第だ。場合によっては中央まで行かないとな」
「これはまた…。ラックさんって中央がお好きなんです? アーカイブトルムでも都心を目指してましたが」
そういうわけじゃないと思うが…。
「必要があれば、だ。必ず行くわけじゃないさ」
「そうですか。その必要がない事をお祈りします」
何か引っかかる言い方が気になるものの、キャメロンは先にラックをソファに運ぶことにする。ほら行くぞ、と声をかけながら、肩を担ぎ、ソファまで引きずっていく。エンチャントを使っても良かったのだが、あの虎の婦人が言っていたことが頭に残っていたせいか、どうしても使う気にはなれなかった。
エンヴィの魔法とキャメロンの使う魔法の定義はほぼ同じものだ。要は具現化させるか、身体に馴染ませるかの違いであり、属性が存在することも確かだ。そのため、エンヴィに魔法を使うな、と言うことは、キャメロンにも魔法を使うな、と言っていることと同義なのである。
ソファにラックを寝かせた後、はだけた着物の隙間から見えたリングに、少し目を引かれながらも、それを直して、ラックが座っていた場所に腰掛ける。
エンヴィとヨイチが出来上がった料理を持ってくると、二人も椅子に腰掛けた。
「今日は、ポトフとベアステーキです。ポトフは作り置きですが、ご勘弁ください」
「そんな贅沢者ではないよ。ありがたくいただこう」
渡されたスプーンを受け取り、ポトフを口に運ぶ。
「うん、美味しい」
「それはよかった。お食事中にするお話じゃないかもしれませんが、アーカイブトルムで何があったんです?」
「…、そうだな、いろいろあった」
食事の手が止まる。
「ミス、君はラックのことをどこまで知っているんだい?」
「どこまで、と聞かれると難しいですね。私は彼の村によく立ち寄っていただけの行商ですから。補給やマグの整備でよくお世話になった程度です」
そうか、とキャメロンは思案する。さてどこから話をしたものか、彼女は本当にラックのことを知っているわけではなく、顔見知りで、よくしてもらっていたから、という理由でここを貸してくれている。いわゆるお人好しだ。だからこそ悪い人間ではないのはわかるし、協力を仰ぐことだって難しくない。
行商なら方々の土地柄や風土に関しても詳しいだろう。旅に出るなら彼女の知識は欲しいものばかりだ。
ただ、それを決めるのはキャメロンではない。
「アーカイブトルムで内乱があったのさ。それに巻き込まれた。それだけだ」
簡潔にそれだけ伝えると、ヨイチはあぁ、なるほど、と納得し、すぐ後ろに棚にあった新聞を取り上げる。
「夕刊に速報できてましたよ。なんでも六道を暴れさせて土地の結界を壊したそうで、帝国ともガロンとも条約を結んだとか。適用される前に抜け出せて良かったですね」
「…そうだな。それについては、良かったと思っている」
トリマニアへの亡命も、ラックがいたからこそ受け入れられたようなものだ。彼がいなかったら、キャメロンもエンヴィも、どんな目に遭っていたか、想像に難くない。
それにしても、とキャメロンは頭を巡らせる。
(何故帝国まで出張ってくるんだ…?あそこは一番魔法とは無縁だったはずだが…)
「気になる、という顔ですね」
「そんなに出ていたかい?」
「えぇ、とても。征服者であるガロンとは違って、帝国が出てくるのはなぜか、と言うところでしょうか。実はクリスタリア側でも、それに関しては疑問が上がっています。技術先進国である帝国が、魔法大国であるアーカイブトルムに攻め入る理由は何か…、議論はされていますが、帝国が声明を出さないので結局推論止まり、何がしたいのかはさっぱりわかっていない、と言うのが現状です」
あくまで噂ですが、
「トリマニアと同じく、『魔術』の運用を目指している。と言う意見もあります。我々の定義する魔術とは異なるのですが、アーカイブトルム、トリマニア、ガロンあたりで主流の魔術ですね」
「帝国が魔術を…? あんなに魔法嫌いなのにか?」
「だから、推測なんです。ガロンと結んだ条約とは違って、帝国と結んだ条約は公にされていません。私たちとしても、わからないことだらけです」
「わからないことだらけ…か。時にミス、君はヤケにそういう事情に詳しいね」
「行商ですから、他の国の事情は知っておかないと、損を被るのは御免です」
「それもそうか」
若干の食い、ちょっとしたきな臭さ。目に見えないだけで得意になっているだけか、キャメロンはすぐに判断することをやめる。
他の人間の思惑なんてどうでもいい。彼が必要といえばそのために奮う。それが出来れば。
エンヴィが最後の一口を食べ終える頃には既にキャメロン、ヨイチも食事を終え、くつろぎタイムに入っていた。
「お皿は適当に置いておいてもらって良いですよ」
「お皿洗いは、やる」
エンヴィがそう言いながら、皿をまとめて洗い始めた。
ヨイチがその様子を見ながら、キャメロンに言う。
「よく教育されたファミリアですね。普通の魔種とは大違いです」
「まぁ、魔種では無いからな」
「………、ほう?」
あ、とキャメロンが口許を押さえたところで時すでに遅し。ヨイチはキャメロンの隣に移動して肩を擦りよせながらにやけ面で根を掘ってくる。
「と言うことは? エンヴィちゃんは人間な訳ですね? 肌の色を見た感じ、六道ですか?幼気な、ロリの、六道を、ファミリアに?」
「棘しか感じないのは私だけか? というかその経緯は私の知るところでは無いし、本人に聞いた方が手っ取り早いだろう。人に言えたものかも定かじゃないが」
「まぁ、そうですね。考えてみればあれだけ平和な村に上級魔種である人型が近づく訳もないですし、それをファミリアにするだなんて高等魔術師でも無い限りは無縁の話ですからね」
「上級魔種…ねぇ…」
「何か気になることでも?」
胡散臭そうに呟いたキャメロンに、ヨイチが尋ねる。
「いや、思えばアーカイブトルムは平和だったと思ってね。一時、その辺の町の用心棒をしていたが、一番デカくてアイアンワームくらいだった。上級魔種なんてカケラも見た事ないのさ。無論、知識としては知っているがね」
ヨイチはその言葉を聞いて、ふと窓に目を向ける。
「そういう意味では、確かにアーカイブトルムでは魔種は落ち着いていましたね。ただ、クリスタリアはそうでは無い、という事をお忘れなきよう」
「………、そうだね、覚えておくよ」
含みのある言い方に、キャメロンは引っ掛かりを覚えながらも、聞いても教えてはくれないだろうと話を切り上げ、ヨイチが引っ張り出した新聞に目を通す。
見出しはアーカイブトルムとガロン、帝国に関連する事ばかりだ。ガロンとの条約は簡単に言えば、敗戦国としての賠償金、土地の一部の隷属、貿易における関税の引き下げなど、戦争が終わればよくある内容だ。
それに対して帝国側の条約の内容は明かされていない。ヨイチが言ったように、紙面の筆者の考察、有識者の見解が掲載されているものの、核心をついているようなものではなさそうだ。
いまだ謎の多い国、『帝国』。誰が治めているのか、どのような国柄なのか、その実態を誰も知らない。四方を壁で囲み、天辺からは常に黒煙が上がり続けているその国は、領土を求めず、資源と技術を求め続ける。魔法を使わない技術のみの国というのも、実は推測で、憶測が憶測を呼んでは、「帝国は魔法が嫌い」などという定説が出来上がっている。
よくよく考えれば、帝国ほど不気味な国もないだろう。彼らの作り上げる兵器は、一体で何人も屠れる強力なものだ。小国だと侮り敗戦した国は数が知れない。
とはいえ、帝国は防衛こそすれど攻勢に出る事はあまり無かった。今回のアーカイブトルムへの侵攻も、彼らの歴史からすれば数えるくらいではないだろうか。
キャメロンは自分が渡り歩いてきた日々を思い返しながらそんな事を考えていると、皿を洗い終えたエンヴィがまっすぐラックの方へと向かい、ソファのとなりに腰を下ろした。
じっ、とラックの顔を見つめているその横顔は、親愛や敬愛といったものは別の、特別な熱があるようにも見て取れた。
ヨイチはその様子を興味深げに見ながらも、キャメロンに言われた通り、本人に尋ねる。
「エンヴィさんは六道なんです?」
ビク、と大きく体を竦ませたあと、エンヴィはキャメロンを見る。肩を竦めたキャメロンに、小さくため息を吐いた。
「うん」
「なるほど、アーカイブトルムではかなり優秀な魔法士だったんですねぇ。あぁ、別にどうこうしようとかは思ってないですからね、六道の数で言えば、こちらの方が多いですし、エンヴィさんみたいに肌の色が変色してる人も少なからずいますから」
「…そっか」
言葉すくなながらも、安堵の色が混じる。そのまま彼のファミリアになった経緯を尋ねようとしたところで、キャメロンがヨイチに質問する。
「ときにミス、クリスタリアでの六道ってどんな立ち位置なんだい? アーカイブトルムだと失うモノさえ悪くなければ地位が確立されているようなものだが、クリスタリアはそうじゃないんだろう?」
「そうですねぇ、それでいうなら、六道は一種の指標、かつステータスですよ」
「ステータス…」
「そうです。男性女性に限らず、魔法の才能がある事を示す指標であり、自分の生活を担保するステータスです。六道でさえあれば、恋人や仕事には困りませんからね」
国からも失ったモノに補助金が出ますから。
「ふむ…、六道は簡単になれるものではないと思っていたが、実はそうでもないのか」
「人によりけり、といったところでしょうか。なれない人はなれませんしね。それに、一口に六道と言っても等級があります。六道になるための魔術があって、その魔術をどれだけ強力に発動できるかによって等級が変わります」
「魔術? 魔術じゃ測れないだろう。あれは誰にでも使えるものだ」
ヨイチとキャメロンが同時に首を傾げたところで、エンヴィが助け舟を出す。
「多分、魔術の定義が違うんだと思う。アーカイブトルムでの魔術って魔法と技術との組み合わせだけど、クリスタリアだと違うんじゃないの?」
「あぁ、そうですね、その説明をしないと」
ヨイチが納得して手近にあった本を手に取る。適当にめくると、そこには魔法陣とその効能や用法について書かれたページが開かれるた。ヨイチは魔法陣を指差す。
「コレが、私達の指す魔術です」
「…ただの魔法陣では?」
「そこですよ、認識の違いです。我々のいう魔術は、『魔法を発動するための術式』であって、技術はここに入ってきません。それは魔導機術であって魔術ではないんです。なのでこの魔術を使う場合であっても使用者の素質は大きく出るんです」
「ふむ、そういう事なら、あの虎の師匠のいう事もなんとなくわかる」
「うん、きっとそういう事。だから、すぐにわかっちゃう」
二人が勝手に納得すると、ヨイチは本をしまって、寝返りを打ったラックに視線を向ける。
「お二人は疲れていませんか? 明日からやる事もあるでしょうし、今日はお休みになられては?」
「ふむ…そうしようか。ラックはこのままでもいいか?」
「それは構いませんが、お二人は?」
「私はこのまま雑魚寝するよ」
「私もそうする」
「わかりました。それでは毛布だけ持ってきますね」
ヨイチが席を立つ。近くの押入れから毛布を取り出すと、二人の方へ持ってくる。
「私は二階にいますので、何かあったら下から呼んでください。では、おやすみなさい」
キャメロンとエンヴィもおやすみと返し、ヨイチを見送ると、それぞれ毛布に包まり、目を閉じる。
「エンヴィ」
「…?」
寝ようとしたところでキャメロンが口を開く。
「私達は、どうなるんだろうな」
漠然とした問い。なんとなく伝わる不安に、エンヴィも少し考える。
ラックについていくことは容易い、彼のいうことを聞いてついていけばいい。トリマニアの一員として迎え入れられている今、衣食住での不安は限りなく無いに等しい。ただ、キャメロンの不安はこれではない。
ラックの請け負った仕事について、だろう。細かな内容は聞いていない。聞くタイミングは逃しているし、彼は今も夢の中だ。だがわざわざ国外に、しかも彼にとって因縁のある虎の領分に来なければならないほどの仕事だということはわかる。
自分は果たして彼の力になれるのだろうか。
押し入るようにしてついてきたキャメロンだが、自分がいることで彼の邪魔をしていないだろうか、これから彼の重荷にはならないだろうか。迎え入れられているとはいえ、職人でもない彼女達においそれと話せる仕事なのか。自由に動けなくなることで、彼に迷惑が掛からないだろうか。
少し考えただけでも浮かぶ不安要素に限りはない。
だが、それでもついていくと決めたのだ。
「大丈夫」
それは自分にも言い聞かせるように
「きっと、大丈夫」
不安を、押し込める。




