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【第九話】吉備津彦命

「そうなのかもしれないしそうじゃないかもしれない。つまり、何ともいえない」


 サガリ警部はスネコスリをにらみつけながらしらばっくれた。


「私の戸籍を見て『吉備津彦命の子孫かもしれない。杖を持たせて反応を見て、使えそうなら自分の仕事に利用してやろう』って思ったってことですか?」


「いきなり何をいいだすんだい花子ちゃんは。君までシイ警視みたいなことをいわないでくれたまえ」


 サガリ警部は否定したけど、あやしさはぬぐえなかった。花子ちゃん、と黒媛は声をひそめていった。


「私はこの時代のこともあなたの事情も分かっていないし、一度はあなたを手にかけようとした。でも、これだけは聞いてほしい。あなたは、これ以上杖に関わらない方がいいわ」


「誰かが杖をねらっているからですか?」


 黒媛はうなずいた。


「私に『杖を奪え』といったタヌキみたいな妖怪は、ただの駒みたいなものだと思うの。何者かが、よくない理由で杖やその力をほしがっているのは間違いないわ。なのに『自分が何者か知りたい』なんて理由で杖に関わるのは危険よ」


「安心してください、黒媛さん。我々は正義の警察です。あなたや花子ちゃんのように無関係な女性や子どもを巻きこむ悪党どもをとっ捕まえ、市民を守るために我々は存在しているのです」


(何だかんだスネコスリの方がしたたかかもしれない)


 しゃべればしゃべるほどうさん臭いサガリ警部を尻目に、部屋のすみっこでおきもののように気配を消しているスネコスリを見て、花子は思った。


「ところでサガリ警部、杖は今どこにあるんですか?」


「私が預かっているよ。提出したりしたら、花子ちゃんや黒媛さんにとっても、いろいろと面倒な話になるからね。組織にそむくのは心苦しいが、花子ちゃんと黒媛さんの安全を考えた結果だよ」


(よくもこう、見え透いたうそがぽんぽんと出てくるな)


花子はあきれ返った。



 花子は、サガリ警部の運転するパトカーで影送りの里へ帰ることになった。


「警部は神様の存在を信じているんですか?」


 留置場の鉄条網を出たところで、運転席のサガリ警部に訊ねた。


「君もしつこいね」


 警部は窓を開け、右手でハンドルをにぎったまま左手でポケットを探る。


「そもそも『神様』ってあいまいなものだと思わないかね? 逆に花子ちゃんは、神様を何だと思っているのかね?」


 答える側に回ってみると、なかなか難しい質問だ。


「神社に祀られている、妖怪とも人間とも違う、えらい存在って感じです。正直、神様についてなんて考えたこともありませんでした。よく分からないです」


 警部はうなずいてたばこを取り出し、運転しながら火をつけてふかした。


「普通ならそうだろうね。神様というのは本当にあいまいなものだと私も思っているよ。人間界の神社の中には、我々妖怪を神とあがめて祀っているものもある。キュウモウ警部も、警察官になる前の若いころは牛馬の健康や火難防止の神として祀られていた時期があったらしい。ちょうど人間界のこの辺りでね。昔は人間界にも妖怪がたくさん住んでいたから、人間側も妖怪にはわりと寛容だった。大煙雀様が黒媛さんを受け入れたのも、そのためだろう。で、何の話だったかね?」


「神様があいまいって――」


「そう、それだ。我々は、昔の偉大な妖怪や、伝説上の妖怪を神様として神社に祀っているだろう? 人間界も同じで、昔の偉人を様々な理由で神として祀ることがある。じゃあ、結局神様とは何だって考えると、分からないとは思わないかね? だって、すでに亡くなった妖怪や人間、そしてキュウモウ警部みたいに今も元気な妖怪、みんな神様扱いなんだから。吉備津彦命も、偉業を成しとげた人間を神格化しただけのものかもしれない。結局のところ、神様だとか人間だとか妖怪だとかは明確に区分できるものじゃないと私は考えているよ。もし万が一、君が吉備津彦命の子孫だと仮定しよう。吉備津彦命は神様であり人間でもある――少なくとも私たちみたいな妖怪ではない。じゃあ、もし君がそんな吉備津彦命の子孫だとしたら、君は何者かね?」


「……よく分かりません」


 花子は首を横にふった。


「生まれや血筋で一喜一憂するのは馬鹿馬鹿しいことだ。問題は自分がどれだけ立派な妖怪なのかということだと思わないかね」


 正論に聞こえるけど「自分の生まれを知りたくないかい?」という、今話している内容とは真逆の誘い文句で花子をまきこんだ警部にいわれると複雑な気持ちだ。


「というわけで、君の力はもっと有効に活用すべきだ。黒媛さんの件は本当に悪かったと思ってる。もうそんな危険な目には合わせないと誓うから、今後も協力してくれると助かるね」


 うんざりしたけど、警部に協力する気はまだ残っていた。ここまできた以上、自分の正体を突きとめずにはいられなかった。



翌日の放課後、花子は近くの図書館をたずねた。吉備津彦命について調べるためだ。民間伝承関連のコーナーをブラウジングしたら目当ての本はすぐに見つかった。『人間界における民話と伝承』という比較的新しそうな本だ。目次を確認すると「吉備津彦命伝説概要」というぴったりの項目があった。さっそく目を通してみる。



 今から一八〇〇年~一九〇〇年前、人間界の吉備地方に、百済から温羅という鬼が移り住んできた。温羅は鬼ノ城と呼ばれる城に住み乱暴狼藉の限りをつくしていた。当時の天皇は吉備を平定するために吉備津彦命を派遣した。吉備津彦命を見つけた温羅は岩を投げて攻撃した。吉備津彦命は矢を撃ち返した。だが岩と矢が空中でぶつかり合って落ち、一向に決着がつかない。そこで吉備津彦命は一度に二本の矢を射た。一本の矢は岩にあたって落ちたがもう一本の矢は温羅を傷つけた。温羅は川に飛びこんで鯉に姿を変えると泳いで逃げだした。吉備津彦命は鶴に姿を変えてあとを追い、鯉をくちばしで貫いて殺し、食べてしまったという。



 次のページには「人間と妖怪双方から見る吉備津彦命像」という見出しがあった。


(ちょっと難しそうだけど、続きも読まなきゃ)


 花子は本を閉じて、貸し出しカウンターに向かった。



 花子は影送りの里に帰ってご飯と入浴をすませると、自分の机で読書に没頭した。幸い文章は分かりやすく、花子でも十分に理解できた。


『人間界における民話と伝承』によると、吉備津彦命の話は現代の人間界では単なる伝説として扱われているそうだ。日本各地の神社で偉大な神様として祀られる一方、彼をモチーフとして、桃から生まれた不思議な少年「桃太郎」というキャラクターが作られ、話も「桃太郎が猿と犬とキジを連れて悪い鬼をやっつける」という非常に分かりやすくユーモラスな内容に変更されている。また、この本は温羅の正体についても言及していた。人間の学者は、鬼の温羅を渡来人、つまりただの人間と解釈しているそうだ。そして吉備津彦命は、皇族出身の高貴な武人とされている。大陸から入ってきて乱暴狼藉を働く渡来人を身分の高い武人が討ち滅ぼし、そのエピソードが「神様と鬼の戦い」へと形を変えて語り継がれ、今にいたるというのが人間界での一般的な説のようだ。一方で妖界での解釈はだいぶ異なる。温羅も吉備津彦命も、正体は我々と同じ妖怪なのではないか、という考えが妖界の民話を研究する学者の中では主流になっているという。妖怪である温羅が人間界をのっとろうとして、それを同じく妖怪である吉備津彦命がとめたのではないかという考えだ。その根拠として、吉備津彦命も温羅も人間をはるかに超えた力を持っていることがあげられる。温羅は異国から訪れ吉備地方全域を征服するほどの才能を持ち、巨大な岩を投げ飛ばし、鯉へと姿を変えることもできる。一方吉備津彦命は、岩を撃ち落とすほどの強力な弓を使いこなし、二八一歳まで生きたと伝わっている。これは単なる後世の創作ではなくて、事実だったのではないかというのだ。


(昔は妖怪も人間界にたくさんいたものね。私が人間界で何かを成しとげた妖怪の子孫っていう可能性もないとはいえないし、人間の血が入っていてもおかしくはない)


 でも、今一つぴんとこなかった。


(だけど、人間の先祖を持つ妖怪なんていくらでもいるし、戸籍を改ざんしてまで隠すようなことじゃないと思うけど)

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