【第八話】当事者が語る黒媛伝説
一同は小学校のトイレから妖界にもどった。山彦は黒媛を一べつしたものの、何もいわなかった。
「スネコスリ君、今何時かね?」
「五時三五分」
スネコスリが、ポケットから懐中時計を出して答えた。
「まずいな、花子ちゃんの先生にしかられてしまう。誰かに五分以内にパトカーをここまで転がすよういってくれ」
「人間界においてきたセダンといい、警部は車をここまできてくれるものだと思っているの?」
にくまれ口をたたきながらも、ポケットからインカム型の携帯電話を出して電話で連絡を取った。
「キュウモウ警部が警察署に帰るついでに拾ってくれるって」
パトカーに乗ってやってきたキュウモウ警部は、たぬきの顔をした白髪混じりの妖怪だった。
「いやあ、すみませんねキュウモウ警部」
サガリ警部は頭をぺこぺこさげながらパトカーに近づいた。
「かまいやせんよ。どうせ早く家に帰っても酒飲んで寝るだけですから」
少ししゃがれた、優しそうな声だった。サガリ警部は助手席に乗りこんだ。花子と黒媛、スネコスリも後部座席に座る。さっきまで自分を殺そうとした妖怪と並んで座る形になったけど、今の彼女から怖さは感じなかった。黒媛は小声で何かをつぶやきながら手元を落ちつきなく動かしている。花子は気まずさを感じつつも、彼女にあわれみを感じていた。約束した通り、何か力になれないだろうかと思った。
「署までもどる前に前に影送りの里に向かってもらえると助かります。小さい子をあまり遅くまで連れ回すのもかわいそうですから」
キュウモウ警部はなめらかに車を発進させた。サガリ警部は、パトカーの中では黒媛に話の続きをうながさなかった。キュウモウ警部がいるので仕方のないことだけど、結局、この日は、杖の正体も黒媛の話も聞かずじまいになってしまった。
それから二日後、花子はサガリ警部に呼びだされた。場所は警察署の近くにある留置所だった。「何度も呼びだしてどういうつもりかしら」と不信感をあらわにするフタクチ先生の運転するバスに乗って留置所にいき、警部と落ち合った。先生は下校する他の子たちの送迎があったのでやむをえず帰っていった。花子は警部とスネコスリのあとに続いて、コンクリート打ちっぱなしの廊下を歩いていく。
「何度も呼びだしてすまないね。先生がお怒りになるのももっともだと思うよ」
「あれでもおさえてる方だと思います。ここにくる途中のバスでは、ずっと文句をいってました」
「……今回花子ちゃんを呼びだしたのは他でもない、黒媛さんと面会してもらうためだ」
「黒媛さん、大丈夫ですか?」
「最初は少し興奮して落ちつかないところもあったが、今はだいぶ冷静だよ。上に全部話すとややこしくなるから『錯乱して女の子――花子ちゃんだね――に襲いかかった住所不定記憶喪失の妖怪』ってことにしている」
警部は鉄製の扉の前でとまった。
「ここが面会室だ。黒媛さんにはもう待ってもらっている」
サガリ警部が扉を押し開いた。そこは廊下と同じ壁や天井の作りの、無機質な正方形の部屋だった。窓つきのカウンターで部屋の中央が区切られていて、せまく感じる。黒媛はカウンターの向こうにいた。パイプいすに浅く腰かけてうつむき、手をぎゅっとにぎっている。顔は伏せているけど、初めて会った時のような狂人めいた雰囲気は消え、いくぶん表情も明るくなっていた。
「花子ちゃんは、黒媛さんの向かいのいすに座ってもらえるかね」
いわれた通りに、黒媛の前にあったパイプいすに腰かける。黒媛は後ろめたそうに目をそらした。
「……こんにちは」
黒媛の顔をのぞきそんで、恐る恐る声をかけた。黒媛はどこかほっとしたような表情を見せた。
「……この間のこと、改めて謝らないといけないと思って」
「気にしないでください」
花子はあわてて両手を横にふった。
「本当にごめんなさい。どうかしていたわ、私。いや、あれも私なのだけど――今日は、私が何者なのか、あの時何をしようとしたのか説明をしておかなくてはと思って」
サガリさんたちにはもう伝えたことなのだけど、と前おきして、黒媛は話し始めた。
「私はこの時代から一六〇〇――下手したら一七〇〇年以上前にこの地を支配していた大煙雀様という方の側室だったの。側室ではあったけど、誰よりも愛してくださったわ」
黒媛は懐かしそうにほほえんだ。
「だけど正室はそんな私をやっかんで、うらんだわ。私が人間ではないことを突きとめて大煙雀様に伝えたりした。大煙雀様は当然おどろかれたわ。でも、それでも私をかばってくださった。正室を差しおいて私をそばにおいてくださったのよ。私もできる限りの恩返しをしたわ。大煙雀様に力を与え、御子も生んだ。私の先祖に人型ではない妖怪がいたようで、獣の姿で生まれてきた上に、すぐに事故で亡くなってしまったけど。大煙雀様が一四〇年以上生き続けたのも、私の力なの」
「子どもにそういうどろどろした話はしない方がいいと思うけどなあ」
スネコスリが口をはさんだけど、黒媛はかまわず続けた。
「大煙雀様は妖怪ではないから、私より早く亡くなってしまわれた。亡くなったとたん、正室の一族が『大煙雀様が亡くなられたのはあの化け物に取り殺されたからだ』と吹聴して、私は処刑されることになった」
「そんな、逆なのに」
今度は花子が思わず口をはさんでしまう。
「私が悪者扱いされるのも自然なことだと思うわ。私に夢中になった大煙雀様は、正室を遠ざけて、国務の最中も私をとなりにおいてくれたもの、昼夜問わずね」
黒媛は遠くを見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「もちろん私は人間なんかに殺されはしないわ。殺すのをあきらめた人間は、何とかして私を封じこめようとした。たくさんの祈祷師や僧侶――人智を超えた力を持つと思われるありとあらゆる人間が集められた。ある時、私は大釜に閉じこめられた。信じられないけど、私を封じこめてしまう方法を知っている人間がいたのよ。気がついたら長い眠りについていて――ある時、タヌキみたいな小動物の姿をした妖怪に起こされたの。彼は私のことを知っていて、吉備津彦命の杖を持ってくれば大煙雀様をよみがえらせる方法を教えるといったの。もちろん私はそれに従ったわ。近くの寺にあるから、見つけて持ってこいといわれたのだけど――この時、辺りをうろついてこの時代のことも調べたわ。サガリさんが乗っていた自動車とかいうのも、その時見て知ったの。辺りを探索したあとは杖を持って、石棺の中に隠れていたわ。私が眠っていた大釜は石棺の下に埋められていたけど、さすがにそこに逆もどりする気にはなれなかった。でも、そこにあなたがきたってわけ。杖を取り返しにきたに違いないから、殺さなくてはと思った」
「私は杖なんて見てませんでした」
つい、少しきつい口調になってしまった。
「あの時は私も錯乱していたのよ。起きたら周りが私の知っている時代とはまったく違っていて、その上、大煙雀様をよみがえらせられるっていわれて――」
黒媛は助けを求めるように視線を泳がせたあと、目を伏せた。
「あの杖はもともと大煙雀様の宝物庫で管理されていたもので、いい伝えによると、吉備津彦命という神の所有物らしいの。大煙雀様をよみがえらせることができるといわれたら信じてしまうくらい、尊いものなの」
「ただの杖じゃないのは、何となく分かります」
花子も、実際に体験した以上は認めざるをえなかった。
「本来ならあれは、吉備津彦命が持たないと何の力も発揮しないといわれているの。現に、私や大煙雀様では杖の力を使えなかった。それなのに花子ちゃんがあたり前のように使いこなしていたから、私もおどろいたの。ただの子どもだと思ったのに、杖を持った瞬間全身が光り輝いて――とても美しかった。翼の光を見ていると自然と心が落ちついて、『大煙雀様をよみがえらせるためなら目の前の子どもを殺してもいい』って考えが消えていったの」
黒媛は花子の後ろに視線を移した。
「スネコスリさんは、私の目を盗んで杖を取って、花子さんに渡したわよね? 花子さんが何者か、知っていたんじゃないの?」
「そうだね。ぼく自身は、花子ちゃんがただの妖怪じゃない――はっきりいってしまえば、杖を使えるような血筋の子なんじゃないかって思っているんだ。サガリ警部からもらった断片的な情報からの推測だけどね。ただ、杖が神様の所有物だとかそういうのは、昔の妖怪や人間の創作だと思ってた。花子ちゃんがああなったのを見た今じゃ、ただの杖じゃないってことを信じるしかないけどね」
「私がいえる筋合はないかもしれないが、あまり花子ちゃんの前でそういうことを話さないでもらえるかね」
警部にたしなめられて、スネコスリは前足をすくめた。
「サガリ警部、私って――」
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