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【第七話】魔法少女の花子さん

 花子がうなずいた次の瞬間、石棺の隙間から黒い影がずるりとはい出てくる。


「分かってるわよ、気づいたんでしょう、私がいることに」


 黒い着物を着た女性が姿を現した。髪は長くうねっていて、肌は白く、切れ長の目は青く輝いている。見た目は、人間の二〇代後半くらいだった。目はうつろで、声はかすかにふるえていた。


「……えーと、ここの棺の中から出てきたってことは、ひょっとして黒媛さんかな?」


「知っているのね、私を」


 女性――黒媛がふところに手を入れた。


「あなたたち、邪魔しようとしているのね、私と、あのお方を」


 ふところから出した手には、黒い水のようなものがたまっていた。


「逃げよう」


 スネコスリがささやいた。


「警察って普段からやばいやつを相手にするからさ、すぐ分かるんだ。あれは話せる相手じゃないよ」


 黒媛は手にためていた水を地面にたたきつけた。水が四方に飛び散り、黒いガラスの破片になってこちらに飛んでくる。


「うわっ!」


 その場にひざまずいて頭を抱えた。


「手なんかで防いでもだめだよ!」


 見ると、花子の前には毛玉みたいになったスネコスリが二本足で立っていた。毛にはガラスの破片が引っかかってくっついている。


「早く立って、君の足は何のためについているの!」


 スネコスリの毛がみるみる短くなっていき、元の姿にもどった。体には傷一つついていない。


「あなたたちには悪いと思ってるわ。でも、私の邪魔をしてもらうわけにはいかないの。怖がらないで、一瞬だから」


 黒媛は両手を袖に突っこんだ。手にはまた黒い水がたまっている。スネコスリが飛びあがって黒媛の指にかみついた。黒媛は鬼のような形相でスネコスリを引きはがし、地面にたたきつける。スネコスリは地面を転がって石棺の影に消えた。スネコスリを追う黒媛。花子はとっさにガラスの破片を拾いあげて、黒媛の頭に投げつけた。


「こ、こっちだよ!」


 黒媛はあわれむような目を向けたかと思うと、水をこちらにばらまいてきた。水は生き物のように花子の足をおおいつくしていく。すぐに黒い水はガラスのような固体になった。花子はバランスを失って転倒する。足を地面に打ちつけても、ガラスにはひび一つ入らなかった。


「おびえないで、あなたは私が怖いからこんなことをするのでしょう。なら、すぐに怖くないようにしてあげる」


 黒媛が、目を細めて花子に笑いかけた。今から自分が殺そうとしている子どもを怖がらせないようにという、温かい優しさに満ちたほほえみだった。


(何てきれいな妖怪――)


 今まさに殺されそうになっているのに、黒媛の笑顔に心を奪われてしまった。黒媛は袖から水をたらす。水は固まって、ガラスの刃に姿を変えた。


(でも、死にたくない!)


 尻もちをついたまま背中に力をこめた。翼は古墳の壁をこすりながら大きく開き、花子の体をおおう。翼がガラスの刃を払い、こなごなにはじき飛ばす。黒媛も後ろにはじき飛ばされた。


「……抵抗しないで、苦しませないから、いうことを聞いて!」


 黒媛が立ち上がって再びふところに手を入れた、その時だった。


「つかんで、花子ちゃん!」


 スネコスリが棺の影から姿を現した。黒媛のすぐ横をすり抜けたかと思うと、首をふって、くわえていた棒のようなものをこちらへ放ってきた。花子は、わけが分からないままかろうじて受けとめる。黒媛が、手から黒いガラス片を飛ばしてきた。顔をかばおうと翼で体を包んで杖をふり回した時、不意に目の前が明るくなった。目をつぶっていても分かるほど強い光だった。浮遊感を感じたかと思うと、体がかっと熱くなる。その熱いものが全身にいき渡り、細胞が一斉に目を覚ましたような感覚を覚えた。光はすぐに収まり、翼に軽い衝撃を感じたかと思うと、ガラスの破片が地面に落ちる音が辺りに反響した。薄紅色に光る帯のような翼の隙間から、黒媛がぼうぜんと立ちつくしているのが見えた。翼に大量のガラスの破片のようなものをあてられたのに、痛くも何ともなかった。


「……あなた、何者なの?」


 黒媛の顔にかすかにおびえの色が浮かび、さっきまでの狂人めいた目のぎらつきは収まっていた。


「自分でも、分からないんです」


 何が起こったかは分からないけど、今なら話が通じるはずだと花子は判断した。


「どうしてこんなことするんですか? 何か困っているんですか? もし私にできることがあったらいってください。手伝います」


 黒媛はうつむき、花子から目線をそらす。


「どうすればいいの……でも、そうね」


 黒媛は意を決したようにうなずくと、右手の人差し指をくるりと回した。足を固めていたガラスが液体になって、地面に染みこんでいく。


「私は何てことを――無関係な子どもに手をかけるところだった」


 黒媛は頭を抱え、横目で花子を見たり、目をそらしたりをくり返している。まだ気が動転しているようだ。


「落ちついてください。私、気にしてないです」


 もちろん気にしていないわけはないけど、今は黒媛の気を静めるのが重要だ。彼女の顔は、花子の翼から発せられる光に照らされていた。無表情に近いものの、さっきまで幼い子を殺そうとしていたとは思えない、柔和で慈悲にあふれた顔立ちだった。


「きれいな翼を持っているのね」


 黒媛が翼に目を移した。


「不思議だわ、その翼を見ていると心が安らぐような気がする」


「そろそろ杖を収納してもらえないかな。確かにきれいだけど、さすがにまぶしいよ」


 スネコスリが口をはさむ。


「杖って、この棒?」


 花子は、手に持っていた棒を翼の光にかざした。長さは一メートルくらいで、漆でも塗られているかのように暗赤色に輝いている。先端には、薄桃色の蓮の花の飾りがついていた。石なのか貝なのか材質は分からないけど、つやつやとしていて精巧ながら頑丈そうだった。


「花子ちゃん、ナップサックにその杖を差しこむんだ。入らないけど、そうすれば人間から見えない状態で杖を持ち運びできるから」


 うなずいて、杖をナップサックに差し入れた。花子の翼の光が弱くなっていく。


「いろいろ気になることはあると思うけど」


 スネコスリは、花子の混乱を見透かしたようにいった。


「取りあえず、ここから出よう」



 花子とスネコスリ、そして黒媛は、古墳の外に出た。いつの間にか雲は薄くなり、隙間から日光が射しこんでいる。


「早くここから離れた方がいいわ」


 黒媛は油断なく辺りを見回した。


「誰かと待ち合わせでもしていたの?」


 そういうスネコスリは、インカム型の携帯電話を取り出していた。


「そうね。でも、もう会う気はないわ」


 黒媛はあいまいに答え、目をそらした。


「さてと、警部に連絡しなきゃ。何て説明したらいいかな――」



 花子たちは、車の前でサガリ警部と落ち合った。警部は車の窓を開け、ぼんやりとたばこを吸っている。


「ご苦労様――は、花子ちゃん、それって杖?」


 サガリ警部は目を丸くして、鼻から勢いよく煙をはき出した。


「それに、そちらのお嬢さんは?」


 警部は黒媛に目をやった。スネコスリは、説明するとややこしくなると考えて、警部には「くわしく報告したいことがあるから一度合流しよう」としか伝えなかったのだ。



 花子は、スネコスリをひざに乗せて助手席に座った。走りだしてから少しすると、黒媛が後部座席で語り始めた。


「私は黒媛――かつてこの辺り一帯を治めていたお方の妃だったの。……あの方は多情だったけど、私こそが一番愛されていたと断言できるわ。だって、私と一番多くの時間をすごしてくれたもの」


 独り言のような、過去の記憶を整理して、自分が誰なのか再確認するような口調だった。


「しかしおどろきましたよ。黒媛さんが実在して、しかもご存命だとは」


 サガリ警部がハンドルを切る。


「私の時代からだいぶ経ったように見受けられるけど、私の名前は世の中に知れ渡っているの?」


「昔話になっていますよ」


「昔話――どれだけ眠っていたのかしら」


「私は歴史には明るくないから分かりません――まだ聞きたいことはいろいろあるけど、続きはまたあとで頼みます」


 サガリ警部が、小学校の正門前で車をとめた。


「朝になると人間が活動を始めて妖界に帰るのが難しくなるので、続きは署の方でうかがいましょう。黒媛さん、妖界までご同行願えますか?」


「どこへでもどうぞ。私はこの時代のことは分からないから」


 黒媛は伏し目がちにうなずいた。

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