【第五話】スネコスリ
花子は警察署のホールでソファに座って、先生がむかえにきてくれるのを待つことにした。シイ警視だけを責めるわけにはいかないけど、空欄だらけの戸籍の件については納得いっていないし、上手くいいくるめられて追い返された気分だ。
「不満そうな顔だねえ、やっぱり警視の説明じゃ不足だったかな?」
背後から幼い少年のような声がした。ソファから飛びあがってふり返る。
「ここだよ、ここ」
ソファの背もたれの上に、小さい獣が立っていた。背たけは花子の頭くらいの大きさしかない。何の動物に近いかといわれると難しいけど、顔が大きくて丸っこいいたちといったような風体だ。目は顔に不釣り合いなほど大きく、黒々とかがいている。制服を着ていなければ、警察署にまぎれこんだ珍獣にしか見えなかった。
「あなたは――」
「ぼくはスネコスリ。上司のサガリ警部に伝言を頼まれたんだ」
「あなたも警察なの?」
見た目が小動物なので、自然とため口になってしまった。
「そうだよ、もし本当に自分のことを知りたいのなら、協力してあげるよ」
「協力も何も、警部は私を利用したいだけなんじゃないの?」
「そうだろうね。君がサガリ警部の指示通りに動いたら、警部の関わった事件の検挙率はうなぎのぼりだろうね」
「私にそんな力があるの?」
自分を利用しようとしている警部への不信感よりも、自分の正体への興味が大きくなっていくのを感じた。
「妖怪っていうのは、誰しもが何かしら他の妖怪にはまねできないような力を持ってて、それを年齢ないし努力によって開花させていくものだけど、君は特に強い力を持っているそうなんだ。サガリ警部のお手伝いをしていく過程で、何かわかってくる部分もあるんじゃないかなあ」
スネコスリの思わせぶりな口調に、心がゆれ動いた。
「そうだ、前にサガリ警部が見せたいものがあるっていっていたんだけど、あなた知ってる?」
「今まさにそのことをいおうと思ったんだ。見せたいものは人間界の博物館にあるよ。前にサガリ警部が人間の大学教授のふりをして『見せてもらいたい』っていう依頼の電話をしたら、『ひまなのでいつでもどうぞ』って返事をもらったんだ。さっそく見にいこうよ。サガリ警部もシイ警視をふり切って合流すると思うよ」
花子はうなずいた。わけの分からないことにまきこまれるのは嫌だけど、人間界の博物館を見学するくらいなら何の問題もないはずだ。
スネコスリは、バスで迎えにきたフタクチ先生に、花子を人間界に連れ出してもいいか訊ねた。
「私ではなくて花子ちゃんが決めることですけど――花子ちゃん、断っていいのよ」
先生はこちらに目を向けていった。
「平気です、事件のことなんかもう怖くないです」
花子の声を聞いて、先生は考えを決めたようだ。
「どんなに遅くても午前六時までにはうちに帰ってくるようにしてください、ご飯の時間に間に合わなくなるので」
花子とスネコスリは、先生の運転するバスで山彦のトンネルに移動した。昨日事件があったばかりだったけど、待合室はいつも通り閑散としていた。スネコスリは制服の中に手を突っこんで、インカム型の携帯電話を取り出すと頭につけた。
「もしもし、サガリ警部? もうシイ警視のお小言は終わったの? うん、花子ちゃんに時間をもらったからすぐきてよ――人間界に車を用意してもらって――うん、分かった」
スネコスリはインカムを外してポケットに押しこむと、代わりに警察手帳を取り出した。山彦は首を傾げる。
「通っていいかな。昨日の事件の件で、人間界に用があるんだ」
山彦は思いだしたように無言でうなずいて、人間界に続くトンネルの前からどいた。花子は山彦に頭をさげる。
「昨日は本当にすみませんでした。おさわがせしてしまって」
「申しわけないと思う気持ちは持っておくべきだが、子どもはそんな気の利いた謝り方をしなくてもいい」
山彦が急にもっともらしいことをいったので、少しおどろいてしまった。
花子とスネコスリは、人間界の小学校の女子トイレに移動した。妖界と人間界は鏡写しの形をしている。花子は妖界の岡山県に住んでいるから、人間界に移動しても出るところは岡山県だ。妖怪と人間界は、妖界の移動用トンネルと、人間界のトイレや煙突、廃トンネルなどの人間が出入りできない穴でつながっている。
「博物館ってどこなの?」
「すぐそこだよ。車で一〇分くらいだから、ちゃんとご飯に間に合うよ」
花子とスネコスリは、小学校の近くの公園のベンチで警部を待った。もちろん姿は消している。
「スネコスリ、今何時?」
「午前四時半。空も明るくなってきたね――あ、きたみたいだ。あの車だよ」
スネコスリが指差す方から白いセダンがやってきた。公園の入り口で停車する。
「まったく、花子ちゃんのせいでひどい目にあったよ」
雨がっぱを着たサガリ警部が出てきて後ろのドアを開けた。人間界で車を運転する時には雨がっぱやフードつきの服で顔を隠して運転するのが、人間とかけ離れた外見をしている妖怪の常識だ。あやしいけど、姿を消したままでは運転できないので仕方がない。
花子が後部座席に乗ると、車は静かに走りだした。すぐに辺りには田んぼが増えてきて、朝もやの中に、五重塔が影になって浮かんでくる。
「高いからよく目立つね、あれが目的地だ。あの寺では多くの文化財を所有して、一般にも公開している。そのお宝の中に、花子ちゃんに見せたいものがあるんだ」
警部は、車をお寺の駐車場にとめた。
「さて、いってくるんだ花子ちゃん」
「私だけですか?」
「ぼくもいくよ」
おどろいて訊ねる花子に、スネコスリが答えた。
「サガリ警部は人前に出られないから、花子ちゃんがいくしかないんだ。サガリ警部のお使いっていえば大丈夫だよ」
そうはいっても、花子だって明るいところで見られると目の違和感に気づかれてしまう可能性がある。
「分かりました、分かりましたよ」
花子は観念して外に出た。辺りは青臭く、かすかに堆肥の臭いがただよっている。周りには朝もやにかすむ田んぼと、数軒の民家しかない。ずっと遠くの方に、岡山駅周辺のビル群と、朝焼けに照らされた山々が見えた。山の上をサギの群れが飛んでいる。このうす暗い時間なら、まだ目をごまかせるだろう。
「これを持っていくんだ。使い方は分かるかね?」
警部が、窓を開けて携帯用のテープレコーダーを渡してきた。
「さあ、いくよ。あまり時間がないからね」
スネコスリが、勝手にナップサックの中に入りながらいった。
お寺の庭をはいていた若いお坊さんに、サガリ教授の代理できた旨を伝えて取次ぎをお願いすると、すぐにお寺の住職がやってきた。住職は、一六〇センチくらいの身長で白いひげをたくわえた恰幅のいい人だった。いかにもお寺の住職といった感じだ。
「これはまたずいぶんと早い時間にお越しになりましたな」
「すいません」
自分のせいではないけど、申しわけない気持ちになった。
「何、もう私らは起きている時間ですからかまいませんよ。お嬢さんこそ、ずいぶんと朝早くからご苦労なことです。さあ、どうぞこちらへ。例のものをお見せしましょう」
花子は、本堂のとなりにある博物館に案内された。博物館といっても、古い木造の平屋を改装しただけの小さなものだ。住職が引き戸を開けた。入ってすぐのところにカウンターがあり、その向こうにはガラスケースが四つほど、壁にそっておかれていた。ガラスケースの中には壺やら巻物やらが飾られている。
「蔵の中に眠らせておくよりも、世のために一般に公開した方がいいと思いましてな」
住職は部屋の電気をつけながらいった。花子は目の違和感がばれないように伏し目にする。
「何か音声を録音できるものは持っていますかな? お嬢さんには難しい話もあるので――」
「警部――じゃなくて教授にこれを持たされました」
花子はナップサックからテープレコーダーを出してみせた。
「テープですか、これはまたずいぶんと懐かしい。ああ、今お茶でもお持ちしましょう。カウンターで申しわけありませんが、座ってお待ちください」
住職は外へ出ていった。
「花子ちゃん、ちょっとあれ見てみようよ。ぼくまだ見たことないんだ」
スネコスリがナップサックから出てきて、ガラスケースを指差した。
「あれ?」
「伝説の黒媛に関する巻物が、ここではいつも展示されてるらしいよ」
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