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【第四話】自分って何者?

「悪いね、いきなり押しかけて。おじさんはサガリという者でね、今回の花子ちゃんの件を担当することになったから、よろしく頼むよ」


 例の馬面の警部――サガリ警部は、翌日さっそく影送りの里をたずねてきた。


「さっそくだけど、あの時のことをもう少しくわしく聞かせてもらえるかね」


 サガリ警部は応接室のソファで前のめりになって、花子の顔をのぞきこむ。


「そういわれても、私がどういうことにまきこまれたのか、自分でもよく分からなくて――あの上半身だけの妖怪は何者だったんですか? ちゃんと事情を知っていた方が、私も話しやすいです」


「それはごもっともだ。だがね、私からしてもまだ分からないことばかりなのだよ」


 警部はそういうと、出されたコーヒーで口をしめらせる。


「ざっと調べたところ、人間の小学校の音楽室にかかっている音楽家の絵がいくつかすり替えられていることが分かった。男のバンの中からも絵が見つかった。あの絵のことは私も妙に思っているよ。ただの絵とは思えないから、鑑識で調べているところだ。あとはバンだね、バンが人間界にとまっていたということは、人間界のどこかに隠れ家のようなものがあるのだろうとにらんでいる。ただ、男は『絵については、上にいわれた通りにやっただけで何も知らない、分からない』といったきりだまっているんだ」


「本当に知らないんですか?」


「警部の勘としては何かいいたくないことを隠していると思っているが、もし吐かせたとしても、大したことは分からないだろうね」


 警部の口調からは、面倒だから早く本題に移りたいという気持ちがひしひしと伝わってきた。でも、警察がすでに音楽室の絵やバンを調べているとなると、こちらから話すことなんて思いつかなかった。


ノックの音がして、先生が入ってくる。サガリ警部の前にコーヒーのお代わりをおいた。ほとんど口をつけていないのにお代わりを持ってくるあたり、警部への無言の圧力を感じる。


「花子ちゃんに負担をかけるような質問はしないようにお願いしますね」


「もちろんですとも」


 先生が出ていくと、警部はさらに身を乗りだして声をひそめた。


「もしこの件について何も知らないなら、それはそれでいい。正直、何か新しいことを聞けるとはあまり思っていなかった。もっと重要なことがあるんだよ。花子ちゃんにお願いがあってね」


「お願い?」


 花子はまだ五〇歳にもなっていない、小学六年生の子どもだ。何ができるというのだろうか。


「そう、お願いだ。花子ちゃんはテケテケが逮捕されるきっかけを作ってくれたよね。すごいと思う、表彰ものだよこれは」


 不意にほめられて、花子は少し警戒した。この馬は何をたくらんでいるのだろう。


「普通に考えれば、花子ちゃんの活躍でテケテケが捕まったのは、偶然であり奇跡だ。でもね、これは必然だったんだよ」


「どういうことですか?」


 花子は、警部のいいたいことがまだつかめなかった。


「君は特別な子なんだ。やまび――とある目撃者の証言によると、背中から不思議な翼を出せるそうだね。鳥のでも虫のでもない、シルクみたいな翼だということだけど――見せてもらえるかね?」


 気が進まなかったけど、うなずいて背中に力をこめ、翼を開いた。サガリ警部はソファから立ちあがり、花子の後ろに回りこむ。


「まるで羽衣みたいだ。花子ちゃん、これがどういうことか分かってるのかね? 翼を持つ人型の妖怪は珍しくないけど、人工物の翼を持つ妖怪はまずいないんだよ」


「……どういうことですか?」


 花子は両親を知らない。以前先生に両親のことを聞いたら、しばらくの沈黙のあと「そろそろ話してもいいころだと思うからあえて教えるけど、あなたはご両親がよく分からない状態で保護されたのよ」と告げられた。「ご両親がよく分からない状態で保護された」というのはつまり、捨て子だったということなのだろう。先生はそのあと「気にはなると思うけど、気にする必要はないのよ。今あなたはここでこうして暮らしているのだから」とつけ加え、頭をなでてくれた。


「もしかして花子ちゃんは、テケテケの逮捕に貢献できたのは偶然と思っているのかもしれない。そう思うのは賢明だが、違うんだ。君の力は世の中に役立てられる」


「私に何をしろというんですか?」


「花子ちゃんは魔法少女ものが好きだよね」


「え?」


「いや、当日の花子ちゃんの足取りと買ったものを少し調べただけだがね。花子ちゃん、君も魔法少女みたいになれるかもしれないんだよ」


 サガリ警部は思わせぶりな口調でいった。


「魔法少女といえば、何かアイテムを使って変身するシーンがつきものだ。そうすることによって、普段は隠れている驚異的な能力を発揮できる。もし花子ちゃんにそんな力が隠れていたらどうする?」


「意味が分からないです。私は普通の妖怪ですし、アニメが作りものだってことくらい分かっています」


「そう、確かに作りものだね。でも花子ちゃんに秘められた力があることと、その力を最大限に引き出せる不思議なものがあるのは本当だ。近いうちにそれを見せたいと思う――」


「花子ちゃん!」


 部屋に入ってきたフタクチ先生が二つの口で同時に怒鳴った。先生の髪どめが落ちる。長い髪の隙間からは、とがったきばを持つ大きな口がのぞいていた。


「誰彼かまわず翼を見せてはいけません!」


「あ、いや、違うのですよ。これは私が頼んで――」


 先生の剣幕に、警部はソファから立ちあがってへどもどいった。


「そうですか! 大変申しわけないのですが、そろそろ子どもたちの自由時間が終わるのでお引き取りいただけませんでしょうか!」


 二つの口で同時に怒鳴る。迫力も常人の二倍増しだった。


「ああ、はい、はい、帰りますとも」


 警部は背中を丸めてすごすごと帰っていった。


「もし今の話に興味を持ったら、警察署にきてほしい」


 それでも最後につけ加えるのを忘れなかった。


「……先生、ごめんなさい」


 花子はうつむいて翼をしまった。


「いいえ、私も大きい声を出して大人げなかったわ」


 フタクチ先生は髪どめを拾ってつけ直す。


「ただ、その翼はあまり人に見せびらかすものじゃないわ」


「どうして使っちゃだめなんですか?」


「使うなとはいわないわ。便利だし、とても素敵なものだもの。ただ、あまり人に見せつけるものではないってことを、理解してちょうだい」


 先生はしゃがんで花子に視線を合わせた。優しい目だった。先生を心配させたり困らせたりしてはいけないと思いつつも、花子はある決心をしていた。


(警部は、私の正体を知っているみたいだった。私が何者なのか分かるのなら、警察署にいってもいいかもしれない)




 次の日の放課後、花子はさっそく警察署にいくことに決めた。


「何を約束したのか知らないけど、あなたに協力する義務なんてないのよ」


 先生はそういいながらも、帰りのバスで警察署に寄ってくれた。警部は応接室で、お茶とようかんを用意して待ちかまえていた。


「君ならきてくれると信じていたよ。協力してくれる気になってこっちも本当にうれしいよ。さっそく何だけど協力してほしいことが――」


「私、まだ協力するとはいってません」


 花子は、もみ手をしながら部屋の中をぐるぐる回っている警部を引きとめた。


「ああ、そう――」


警部は立ちどまり、あからさまにがっかりした顔をした。顔をそむけてため息をつく。


「それで、何の用?」


「結局、私は一体何なんですか? 警察が私みたいな小学生に何かをお願いするのって、普通ならありえないことですよね?」


「すまないけど、私もよく分かってはいないのだよ。君が特別な妖怪だっていうのは上司に教えてもらったんだ。戸籍を見て分かったらしいんだが、直接見たのは上司だけで――」


 要領をえない返事だった。何かを隠しているようにも感じる。


「その上司はどこにいるんですか?」


「今ならすぐ外のデスクにいるけど――」


 花子はようかんを一口で飲みこんでから立ちあって、応接室のドアを開けた。そこは、デスクが二〇個ほど並んだオフィスになっていた。


「どこにいるんですか?」


「一番奥にいるシイ警視だけど、でもほら、大人っていうのはいそがしいからね――ちょっと、聞いてる?」


 花子は散らかったデスクの間を歩いていく。シイ警視は黒い牛の顔をした細身で長身の男性だった。会話が聞こえていたようで、書類をおいてこちらを待ちかまえていた。


「おいそがしいところすいません」


 花子が頭をさげて声をかけると、シイ警視はさっと立ちあがって握手を求めてきた。


「いそがしくもないよ。君が花子ちゃんか、今日はどうしてこんなところに?」


「私に手伝ってほしいことがあるって聞いたんですけど――」


「何の話?」


 警視はいすに座り直し、きょとんとした顔をした。


「サガリ警部がいっていたんです、私にいろいろ手伝ってほしいって――」


「サガリ君!」


ふり返ると、警部は応接室の方へ逃げようとしていた。


「サガリ君、こっちへきなさい!」


 警部はのろのろとこちらへもどってきた。


「どういうことか説明してもらおうか」


 シイ警視は座ったまま手を伸ばし、警部の肩においた。


「はいあの、シイ警視もおっしゃっていたじゃないですか、花子ちゃんの能力を使えばどんな凶悪犯も怖くないって」


「それで花子ちゃんつれてきたの!」


 シイ警視は座ったまま反り返って両手を広げた。


「本当に子どもにそんなことさせるわけないじゃないか、冗談を冗談だと分からないやつは仕事もできないよ!」


「あの、私は今日、自分がどこで誰から生まれたか聞くためにきたんです」


 花子は口をはさんだ。


「昨日サガリ警部に『君は特別な子なんだ』っていわれて、それが気になって――」


「あきれたね、そんなことまでしゃべったのか」


サガリ警部は大汗をかきながら「ははは……」と笑っているだけだった。


「どうして花子ちゃんにもらしたのか説明してもらえるかな」


「花子ちゃんにはすばらしい能力があるとうかがったので、それを花子ちゃんの幸せのために生かしていただければなと思いまして」


「そう、てっきり自分の仕事に悪用しようとしているのかとでも思ったけど、私の考えすぎだったのか」


 警視が体をいすごとこちらに向けた。


「花子ちゃんには本当に悪いことをしたね、上司である私の教育がなっていなかった。あと、重ね重ね申しわけないけど、君の生まれ育ちについては私も教えることはできないんだ」


「どうしてですか、自分の戸籍なのに」


「隠しているわけじゃない。戸籍を見たければ役所にいってごらん。ただ、君の戸籍は空欄だらけなんだ。だから見ても意味はない」


 確かに、身元不明の捨て子なら当然のことかもしれない。


「だけど、私の生まれがどうこうっていうのは――」


「そこだ、話がごちゃごちゃになるからそんなこといってほしくなかったんだ」


シイ警視は頭をひづめでかいた。舌で口の周りをなめ、上手い言葉を探すかのように机の書類を見回した。


「花子ちゃん、ものごとには建前っていうのがあるんだ。私にはそれしかいえないし、これで察してほしい。君は賢そうだから、分かるね?」


花子は何となく理解した。自分の戸籍は空欄だらけだけど、それは分からないからではなくて、意図的に空欄にされたのだろう。


(だけど、誰が、どうして、何のために?)


「ただ、気にすることではないよ。不便があるならまだしも、君はそこらの飛べる妖怪より、はるかに強靭できれいな翼を持っているそうじゃないか。それがどういう血筋によって生じたかなんて気にするより、むしろほこりに思うべきだ」

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