【第二四話】反省しない馬と成長する狼
刑務所を出た花子は、シイ警視と別れて先生と共に警察署に向かうことにした。警視に、サガリ警部と今後について軽く相談するよういわれたからだ。玄関前で別れる時に、花子は携帯電話を渡された。
「花子ちゃんは携帯を持っているね? でも、君の携帯は人間界では電波が届かない。この携帯なら人間界からでも妖界へ電話をかけられる。もし危ない目に会ったらこれで連絡を取るんだ。人間界の岡山県内なら、遅くても一五分あればどこにいても警察がかけつけるだろう。外出する時は肌身離さず持っておくように」
サガリ警部とスネコスリは、警察署の前で待っていた。
「とんだご足労をかけてしまいました、いやいや本当に申しわけない」
警部は愛想笑いを浮かべて、バスから降りてきた先生に頭をぺこぺこさげた。
「お時間は取りません。ほんの二〇分程度花子ちゃんとお話しするだけです。先生もよろしければホールでお待ちください。コーヒーでもお出ししますので」
「ありがとうございます。でも、二〇分で終わるらしいのでここで花子ちゃんが帰ってくるのを待ちます。二〇分をすぎたらむかえにいきます」
フタクチ先生は、出口の門を見つめながら冷たく答えた。
「あ、そうですか、恐縮です」
雰囲気を察した警部は卑屈な笑いを浮かべながら、無言で花子を手招きする。花子もだまってうなずいたあと、先生に「いってきます」と挨拶してバスをあとにした。
花子と警部は、応接室のソファに向かい合って座った。スネコスリは警部のソファの背もたれに乗っている。
「警部、杖の行方は分かりましたか?」
「まだだ。シイ警視に杖の件を報告したら案の定おどろかれた。シイ警視によると、杖はシイ警視の直属の部下が人間界にもどしたらしい。杖をきちんと博物館にもどしたあと、悪意を持つ第三者が盗みだした可能性が高いだろうね。いずれにしろ、杖の行方については調査中だよ」
「ところで、ナベソコはどうなっていますか?」
「それだ、それも花子ちゃんに伝えておいた方がいい。まさか、君とオクリ君が捕まえたなんて思わなかったがね」
警部は手に持っていた手帳を開いた。
「ナベソコは今も黙秘している。今分かっている範囲でまとめると、もともとやつは人間界のベンガラ工場に住みついていた。つぶれたあとも住み続け、近所の畑や民家から食べ物を盗んで暮らしていたらしい。悪い妖怪とつるんでいろいろやってたって話も、近所の妖怪から聞くことができた。そして先日ナベソコは、杖を手に入れるために黒媛さんを起こして杖を盗むように指示した。花子ちゃんに邪魔されて失敗したあとは、工場にもどって今まで通りの生活をしていたらしい。彼に関してはまだまだ追及していく必要があると思う。さっそくだけど、君とオクリ君がナベソコを捕まえた時のことを教えてくれるかね」
花子はうなずいて、警部とスネコスリにトイレの手紙を発見してからナベソコを捕まえるまでの経緯を説明した。
「へえ、小学校にあった肖像画が、工場にもたくさんあったってのも気になるね」
「ああ、その話なんだがね」
スネコスリのつぶやきに、警部が思いだしたようにいった。
「この間テケテケを捕まえた時、音楽室の肖像画を鑑識に回したのを覚えているかね。あれの結果が出たんだ。といっても、よく分からない結果だがね」
警部は手帳をめくる。
「鑑識によると、肖像画は我々妖怪に近いものだったらしい。ほら、経立っていただろう。あれと同じだ。あれも、ただの動物が妖怪と化したものだ」
経立の名前を聞いて思わず胸が苦しくなったけど、そんなこと無粋なサガリ警部が気づくはずもなかった。
「肖像画は、長年放置された古い紙と染料で作ったものだということが分かった。ただ、印刷されたのは最近だそうだ。ものが人間によって粗末に扱われたり、無残に捨てられたらどうなると思うかね? ほとんどはそのままくち果てていくだけだ。ただ、そこが妖界、あるいは妖界に近い空気の場所だと、妖怪になってしまうことがある。つまり、あの肖像画は、のちに妖怪になりうる素質を持った材料で、悪意を持って作られたものなんだ」
「何のためにそんなこと」
「そこをナベソコかテケテケに訊きたいんだが、二人ともしぶとくてね。彼らは単なる駒にすぎないと私は思っている。裏で糸を引いているやつがいるはずだから、そいつを捕まえるのが手っ取り早いかと――」
警部の声をかき消すように、スネコスリの着ている服の中から携帯の着信音が聞こえた。
「警部、先生がホールで待ってるって。二〇分経ったみたいだよ」
「ああもう、全然話してないのに」
サガリ警部は舌打ちすると、こちらに向き直った。
「とにかく花子ちゃん、また協力してもらえることになって私もうれしいよ。近いうちに連絡すると思うから、その時はよろしくね」
「分かりました。警部、最後に一つだけ質問いいですか?」
「質問するのは自由だよ、それに答えるかどうかも私の自由だ、いってみたまえ」
「いつの間にか、『特別な子の現状を改善する』っていうのと『テケテケやナベソコを裏で誰が操っていたのか、誰が何をしようとしているのか探る』っていうのがごっちゃになってる気がするんですけど」
「私が花子ちゃんをだまして自分の捜査に悪用しようとしているとでもいいたいのかね? ひどい誤解だ。そんなことは今までしたことはないし、これからもない」
やはり反省はしていないようだった。
それから四日がすぎ、日曜日がやってきた。あれ以来警部から連絡はない。わずか四日とはいえ、いつ連絡がくるのかとおびえながらすごす四日というのはなかなか長く、つらいものだ。
この日花子は、オクリの様子を見るためにアパートにいくことにした。自堕落な環境にオクリをおいておいたら、経立や肖像画とは逆に妖怪からただの獣になってしまいそうで心配だったからだ。部屋の戸をノックしてみたけど、反応はなかった。ドアノブをひねってみる。鍵はかかっていないようだ。オクリは部屋の中央にしかれた布団で、丸くなって眠っていた。狼の姿で、口の隙間からするどい牙がのぞいている。以前は寝床の前にあったはずの冷蔵庫は部屋のすみに移動しており、部屋から砂ぼこりっぽさもなくなっている。
(鍵をかけてないのを注意しようと思ったんだけど、これなら必要ないかもね)
「オクリさん」
そっと呼びかけてみると、とがった耳がぴくぴくと動いた。
「お前か」
オクリは天井を向いて大きくあくびをしたあと、起きあがって人間の姿になった。前に会った時よりは髪が短く切られ、整えられているように見える。
「どうした」
「用事はないんですけど、ちゃんと生活しているか気になって」
花子は座布団に腰かけた。オクリは不快そうに鼻を鳴らす。
「お前がうるさくいうものだから、布団も買ったし仕事も見つけた」
「仕事?」
「近くにある大学の警備員だ。今日も仕事を終えて帰ってきて、眠っていたところだ」
小学生相手に仕事を見つけた話をほこらしげにするのはどうかと思ったけど、この間よりはまともな生活をしているようでほっとした。
「学歴も職歴もない俺が普通に職を探しても効率が悪いから、あの馬面を利用した。あいつをおどして推薦状を書かせて、やつの息がかかっているところに応募した。あいつはああ見えて顔が広いから、四つくらい選べる仕事があった。一番稼げるところを選ばせてもらった」
「抜け目ないですね」
素直に感心した。くせ者の警部を手玉に取ってあっという間に仕事を見つけてしまうのだから、大したものだ。
「お前はひねくれたやつだ。俺を獣扱いして心配しているような口を聞くが、実際は不安を打ち明ける相手がほしいが先生や友人を心配させるわけにもいかず、ここにきただけではないのか?」
「オクリさんを心配しているのは本当ですよ」
図星だったのでしぶしぶ認める。
「行動を起こさずただ待っているから不安になるのだ。行動している間はよけいなことを考えずにすむ」
あくび混じりだったけど、相変わらずお告げのような口調だった。
「吉備津彦命にゆかりのある場所をめぐって、自分の先祖かもしれない者に対して理解を深めるのも悪くないだろう」
「警部の指示なんか待ってないで、自分でも調べろってことですか?」
「そうすれば成果は出なくても気は晴れる」
彼のいうことももっともだと思った。
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