【第二五話】鼻荊
花子とオクリはさっそく、山彦のところから人間界の小学校へ移動した。
「この辺りは、吉備津彦命ゆかりの場所ばかりだ。まずは、今いる学校から一番近い場所を訪ねるとするか」
すでにオクリの方でいろいろ調べていてくれたようだ。近い順にまわっていくことにした二人は、小学校から二〇キロほど離れたところにある神社を訪ねた。
緩い階段をのぼっていくと、屋根が樹皮でおおわれた、赤い八脚門が見えた。辺りには畑しかなく、虫やカエルの鳴き声と、木々のざわめきしか聞こえない。階段をのぼりきって門を抜けると、一〇メートルほどの長さの急な階段が姿を現した。のぼりきった先は拝殿になっている。拝殿の天井には、二メートル近くある提灯がぶらさげられていた。
「あれはなかなか興味深いな」
オクリが観光客のような口調で賽銭箱の上を指差した。そこにはしめ縄と額がかけられ、額には黒地に白字で「平賊安民」と書かれていた。
「賊を平らげ民に平和を安らかにする。吉備津彦命が成しとげたことだ」
「賊って、温羅ですか?」
「そうだろうな」
花子とオクリは、拝殿や本殿を迂回するように進んでいき、奥の回廊へと足を踏み入れた。木造の長い屋根がずっと向こうまで続いている。回廊は少しずつくだっていって、途中からのぼり坂になっているようだ。左右は形を整えられた多種多様な木や花が植えられ、庭園になっている。
「誰もいないな。吉備津彦命の代理となる神がいて、話を聞けないかと思ったのだが」
「こんなに厳かな雰囲気をかもしだしていて、空ってことはないと思うんですけど」
「留守か、別のところに住んでいるのかもしれない」
オクリは手を額の辺りにかざした。回廊は三〇メートルほど先でとぎれていて、先に石でできた鳥居が見える。ここが反対側の出入り口のようだ。その時、不意にオクリが立ちどまったかと思うと、花子の腕をつかんだ。
「わっ、どうしたんですか?」
「静かに」
花子はオクリに引き寄せられる。
向こう側から、三つの影が階段をのぼってこちらに向かってきていた。三人がかりで巨大な鉄の釜を持っている。近づいてくるにつれて、影の正体が見えてきた。三人とも身長は二メートルを超えていて、がっしりとした体型だ。黒い肌をボロ布でおおっている。髪は長く、肩までだらりと垂れさがっていた。
「ここの神社のやつか?」
相手は答えず、威嚇するようにオクリをにらみつけ、うなり声をあげていた。一人がオクリの腕をつかんだ――と思ったら、花子も後ろから肩をつかまれた。いつの間にか、背後にもう一人いたようだ。
「やめろ」
オクリが背後の男の肩を突き飛ばしたけど、びくともしなかった。男はかまわず、服の中から紙と炭のかけらを取り出した。紙に炭で何かを書きつけ、二人に見せる。そこには、「ビケイサマノトコロヘコイ」と書かれていた。
「ビケイとは誰だ?」
オクリが訊ねたけど、男たちの返事はなかった。代わりに近くの山を指差す。
「取りあえず、いうことを聞いておいた方がいいかもしれないですね」
男たちは花子をつかんではいるものの、あまり手に力はこもっていなかった。威嚇されてはいるけど身の危険を感じるほどではないし、どうやらその矛先はオクリのみに向いている。ここは大人しく従っておいた方が、穏便にことが終わるかもしれない。
花子とオクリは、四人の男に囲まれながら吉備津神社の中を歩いていった。回廊わきの、あじさいの低木が植えられているきつい坂をのぼり、通る隙間もないほどの木が立ち並んでいる森の中に入っていく。
「この先の山の上を目指しているのか?」
オクリが男たちに訊ねたけど、無視されてしまった。
「恐らくこいつらは、ここを仕切っている神の遣いだ」
オクリは声をひそめていった。
「本来開放していない時間に俺たちが侵入したものだから、神のところに連行しようとしているのだろう」
オクリは目を細め、これからいく先を見通そうとする。
「アスファルトの臭いがする。最近作られた舗装路がこの先にあるようだ」
確かに、少しのぼっていくうちに視界が開けて、道が姿を現した。舗装路は山の上に向かって続いていた。わきには木の看板が設置されている。傾いて白いペンキの文字がはげかかっているけど、「この先中山茶臼山古墳」という文字が読みとれた。
「この辺りまでは一般の人間も立ち入れるようだな」
花子は思いだした。
「前に住職から聞きました。本殿の裏の山に古墳があって、そこに吉備津彦命が眠ってるって」
「生きているにしろ、死んでいるにしろ、吉備津彦命の肉体がこの先にあるのは間違いないということか」
アスファルトの舗装路はすぐに終わり、ゆるやかな石段が姿を現した。石段の途中には腰くらいの高さの鉄の門があり、その先に石の柵と鳥居が見える。門の前までくると、男たちは立ちどまった。門には「この先立ち入り禁止。参拝は拝所でお願いいたします」という看板が取りつけられている。鳥居の向こうは深い森になっていた。男たちは二言三言たがいに言葉をかわすと(よく聞こえなかったけど、少なくとも日本語ではなかった)、門をすり抜けて中に入っていく。男たちにはさまれている二人も続いた。鳥居を抜けて森に入ると、すぐに岩山のようなものが姿を現した。頭ほどの大きさの石が積みあげられ、くずれかかっている。これが古墳の入口なのだろう。こけむした枯れ木でふさがれていたけど、わずかに隙間が開いて、真っ暗な内部が見えていた。入口の前までくると、男たちは花子とオクリの背後に立った。男に背中を押される。
「入れっていってるみたいです」
この先がどうなっているのかは知らないけど、もし途中にすり抜けられるような隙間がなかったら、袋のねずみになってしまう。また背中を押された。今度は、横に並んでいるオクリの手だった。
「逃げられないのなら、進むしかないだろう。どうやら俺たちに今すぐ危害を加える気はなさそうだし、もしこの先に吉備津彦命の代わりに働く者がいて、直接話せるのであればいい機会だ」
花子はうなずいて、オクリに続く形で枯れ木の隙間に体を滑りこませる。石を積んで造られた通路で、大人一人がやっと通れるくらいの幅しかなかった。
「この先は広くなっているようだな」
オクリの背中越しにのぞいてみると、確かに少し先で通路は途切れ、広い空間につながっていた。部屋に照明でもついているかのような明るさだ。
「俺たちをここまで連れてこさせたやつの顔を拝んでやるとしよう」
オクリと花子は部屋に入る。後ろからついてきた男たちが花子たちを取り囲んだ。部屋は一〇メートル四方はありそうで、中央には石棺が安置されている。
(ここに、吉備津彦命の亡骸があるの?)
花子は石棺を見つめる。
「お前たちの主人はどこだ?」
オクリは男たちをうっとおしそうに押しのけて訊ねた。
「そなたらを呼んだ者を探しているのならば、それは私だ」
低い声が聞こえたかと思うと、石棺の中からくちた甲冑が姿を現した。四人の男ほど大柄ではないが、背たけは二メートル近くあり筋肉質な体形をしている。顔の下半分は鎧でおおわれていないので、地肌が見えていた。肌は真っ黒であごはややとがり、やぎのような白いひげが生えている。オクリが息を飲む音が聞こえた。花子も圧倒され、三歩ほどあとずさってしまう。
「あ、あなたが?」
「私を吉備津彦様だと思っているのならば、違うと答えておこう。私は鼻荊だ」
閲覧ありがとうございます!
よろしければ評価、ブックマークをお願いします。
下の☆☆☆☆☆を押すだけで評価可能です!




