↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/25

【第二五話】鼻荊

 花子とオクリはさっそく、山彦のところから人間界の小学校へ移動した。


「この辺りは、吉備津彦命ゆかりの場所ばかりだ。まずは、今いる学校から一番近い場所を訪ねるとするか」


 すでにオクリの方でいろいろ調べていてくれたようだ。近い順にまわっていくことにした二人は、小学校から二〇キロほど離れたところにある神社を訪ねた。


 緩い階段をのぼっていくと、屋根が樹皮でおおわれた、赤い八脚門が見えた。辺りには畑しかなく、虫やカエルの鳴き声と、木々のざわめきしか聞こえない。階段をのぼりきって門を抜けると、一〇メートルほどの長さの急な階段が姿を現した。のぼりきった先は拝殿になっている。拝殿の天井には、二メートル近くある提灯がぶらさげられていた。


「あれはなかなか興味深いな」


 オクリが観光客のような口調で賽銭箱の上を指差した。そこにはしめ縄と額がかけられ、額には黒地に白字で「平賊安民」と書かれていた。


「賊を平らげ民に平和を安らかにする。吉備津彦命が成しとげたことだ」


「賊って、温羅ですか?」


「そうだろうな」


 花子とオクリは、拝殿や本殿を迂回するように進んでいき、奥の回廊へと足を踏み入れた。木造の長い屋根がずっと向こうまで続いている。回廊は少しずつくだっていって、途中からのぼり坂になっているようだ。左右は形を整えられた多種多様な木や花が植えられ、庭園になっている。


「誰もいないな。吉備津彦命の代理となる神がいて、話を聞けないかと思ったのだが」


「こんなに厳かな雰囲気をかもしだしていて、空ってことはないと思うんですけど」


「留守か、別のところに住んでいるのかもしれない」


 オクリは手を額の辺りにかざした。回廊は三〇メートルほど先でとぎれていて、先に石でできた鳥居が見える。ここが反対側の出入り口のようだ。その時、不意にオクリが立ちどまったかと思うと、花子の腕をつかんだ。


「わっ、どうしたんですか?」


「静かに」


 花子はオクリに引き寄せられる。


 向こう側から、三つの影が階段をのぼってこちらに向かってきていた。三人がかりで巨大な鉄の釜を持っている。近づいてくるにつれて、影の正体が見えてきた。三人とも身長は二メートルを超えていて、がっしりとした体型だ。黒い肌をボロ布でおおっている。髪は長く、肩までだらりと垂れさがっていた。


「ここの神社のやつか?」


 相手は答えず、威嚇するようにオクリをにらみつけ、うなり声をあげていた。一人がオクリの腕をつかんだ――と思ったら、花子も後ろから肩をつかまれた。いつの間にか、背後にもう一人いたようだ。


「やめろ」


 オクリが背後の男の肩を突き飛ばしたけど、びくともしなかった。男はかまわず、服の中から紙と炭のかけらを取り出した。紙に炭で何かを書きつけ、二人に見せる。そこには、「ビケイサマノトコロヘコイ」と書かれていた。


「ビケイとは誰だ?」


 オクリが訊ねたけど、男たちの返事はなかった。代わりに近くの山を指差す。


「取りあえず、いうことを聞いておいた方がいいかもしれないですね」


 男たちは花子をつかんではいるものの、あまり手に力はこもっていなかった。威嚇されてはいるけど身の危険を感じるほどではないし、どうやらその矛先はオクリのみに向いている。ここは大人しく従っておいた方が、穏便にことが終わるかもしれない。



 花子とオクリは、四人の男に囲まれながら吉備津神社の中を歩いていった。回廊わきの、あじさいの低木が植えられているきつい坂をのぼり、通る隙間もないほどの木が立ち並んでいる森の中に入っていく。


「この先の山の上を目指しているのか?」


 オクリが男たちに訊ねたけど、無視されてしまった。


「恐らくこいつらは、ここを仕切っている神の遣いだ」


 オクリは声をひそめていった。


「本来開放していない時間に俺たちが侵入したものだから、神のところに連行しようとしているのだろう」


 オクリは目を細め、これからいく先を見通そうとする。


「アスファルトの臭いがする。最近作られた舗装路がこの先にあるようだ」


 確かに、少しのぼっていくうちに視界が開けて、道が姿を現した。舗装路は山の上に向かって続いていた。わきには木の看板が設置されている。傾いて白いペンキの文字がはげかかっているけど、「この先中山茶臼山古墳」という文字が読みとれた。


「この辺りまでは一般の人間も立ち入れるようだな」


 花子は思いだした。


「前に住職から聞きました。本殿の裏の山に古墳があって、そこに吉備津彦命が眠ってるって」


「生きているにしろ、死んでいるにしろ、吉備津彦命の肉体がこの先にあるのは間違いないということか」


 アスファルトの舗装路はすぐに終わり、ゆるやかな石段が姿を現した。石段の途中には腰くらいの高さの鉄の門があり、その先に石の柵と鳥居が見える。門の前までくると、男たちは立ちどまった。門には「この先立ち入り禁止。参拝は拝所でお願いいたします」という看板が取りつけられている。鳥居の向こうは深い森になっていた。男たちは二言三言たがいに言葉をかわすと(よく聞こえなかったけど、少なくとも日本語ではなかった)、門をすり抜けて中に入っていく。男たちにはさまれている二人も続いた。鳥居を抜けて森に入ると、すぐに岩山のようなものが姿を現した。頭ほどの大きさの石が積みあげられ、くずれかかっている。これが古墳の入口なのだろう。こけむした枯れ木でふさがれていたけど、わずかに隙間が開いて、真っ暗な内部が見えていた。入口の前までくると、男たちは花子とオクリの背後に立った。男に背中を押される。


「入れっていってるみたいです」


 この先がどうなっているのかは知らないけど、もし途中にすり抜けられるような隙間がなかったら、袋のねずみになってしまう。また背中を押された。今度は、横に並んでいるオクリの手だった。


「逃げられないのなら、進むしかないだろう。どうやら俺たちに今すぐ危害を加える気はなさそうだし、もしこの先に吉備津彦命の代わりに働く者がいて、直接話せるのであればいい機会だ」


 花子はうなずいて、オクリに続く形で枯れ木の隙間に体を滑りこませる。石を積んで造られた通路で、大人一人がやっと通れるくらいの幅しかなかった。


「この先は広くなっているようだな」


 オクリの背中越しにのぞいてみると、確かに少し先で通路は途切れ、広い空間につながっていた。部屋に照明でもついているかのような明るさだ。


「俺たちをここまで連れてこさせたやつの顔を拝んでやるとしよう」


 オクリと花子は部屋に入る。後ろからついてきた男たちが花子たちを取り囲んだ。部屋は一〇メートル四方はありそうで、中央には石棺が安置されている。


(ここに、吉備津彦命の亡骸があるの?)


 花子は石棺を見つめる。


「お前たちの主人はどこだ?」


 オクリは男たちをうっとおしそうに押しのけて訊ねた。


「そなたらを呼んだ者を探しているのならば、それは私だ」


 低い声が聞こえたかと思うと、石棺の中からくちた甲冑が姿を現した。四人の男ほど大柄ではないが、背たけは二メートル近くあり筋肉質な体形をしている。顔の下半分は鎧でおおわれていないので、地肌が見えていた。肌は真っ黒であごはややとがり、やぎのような白いひげが生えている。オクリが息を飲む音が聞こえた。花子も圧倒され、三歩ほどあとずさってしまう。


「あ、あなたが?」


「私を吉備津彦様だと思っているのならば、違うと答えておこう。私は鼻荊《びけい》だ」

閲覧ありがとうございます!

よろしければ評価、ブックマークをお願いします。

下の☆☆☆☆☆を押すだけで評価可能です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。