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【第二三話】黒媛への事情聴取

 翌日の放課後、花子はフタクチ先生の運転するバスで刑務所に向かっていた。学校にいく前に先生に頼んでシイ警視に連絡してもらったところ、黒媛にもう一度会うよう頼まれたからだ。花子としても、黒媛がどうしているか心配だったのでちょうどよい機会だった。シイ警視によると、すでに黒媛の裁判は終わっていて、人間界で花子を襲った件で禁固刑に科せられているそうだ。車内には花子とフタクチ先生しかいない。守衛所の前を抜けて、有刺鉄線つきの鉄条網の中に入った。すぐ目の前に、飾り気のない打ちっぱなしのビルがあった。四階建てで、それほど大きくは見えない。刑務所の来客用出入り口に、シイ警視が立っているのが見えた。バスがとまり、ドアが開いた。花子はフタクチ先生に続いておりる。


「大変お世話になっております」


 シイ警視が先生に一礼した。


「それと、昨日は大変失礼しました」


「私は大丈夫ですよ」


 フタクチ先生は「私は」の部分を強調していった。普段の先生は皮肉をいう妖怪ではない。よほど警察をよく思っていないのだろう。


「花子ちゃん、時間と手間を取らせてすまないね」


 シイ警視は姿勢を低くしていった。


「大丈夫です、気にしてないです」


 子どもだからと軽く扱われるのも嫌だけど、あまり気を使われてもこちらが困ってしまう。


「悪いけど、少しだけご協力を頼むよ。なるべく手短にすませるからね」



 花子とフタクチ先生は、シイ警視に続いて刑務所の中を進んでいく。廊下は壁も天井も白くて飾り気がなく、まるで病院の廊下のような雰囲気だった。


「これから花子ちゃんには黒媛さんと軽く面会してもらう。サガリ警部の報告では、黒媛さん自身も花子ちゃんと話すことを望んでいるようだ。面会のあとどうするかは、彼に任せようと思う」


「任せるって、何をですか?」


「すべてをだよ。初めは花子ちゃんを守るためにサガリ警部と会わせないようにしていたんだが、事情が変わってきた。彼も十分反省しているようだし、これからは真面目に『特別な子』の現状改善のために働いてくれるだろうと私は期待している」


 花子には、サガリ警部がそこまで改心してくれているとは思えなかった。大体、前回の警部の態度自体がかなり不誠実なものだった。


「確かにサガリ警部は食えない妖怪だけどね」


 花子の気持ちを見透かしたように、警視はいった。


「勤務態度さえまともなら私以上に出世してもおかしくない妖怪だと評価しているよ。だから私は、彼にもう一度君を預けてみようと判断したんだ」


「いろいろといいたいことはありますが」


 最後尾の先生が口をはさんだ。


「これからお会いするのはここで服役している囚人なんですよね? 警視さんに聞いた話では花子ちゃんにも襲いかかったとか。そんな方に会わせるというのは、私には理解しがたいのですが」


「でも、そこまで悪い妖怪じゃなかったですよ」


 花子は思わず反論した。シイ警視もうなずく。


「花子ちゃんを襲った時には錯乱状態だったのです。今では花子ちゃんの力でかなり精神的に安定したとも聞いています。これは、その現場に居合わせたスネコスリ刑事と、囚人本人の証言です」


「力?」


「花子ちゃんには翼があるでしょう、花子ちゃんが杖を持つと、翼が強く光るそうなんです。その光にあてられると、我を忘れている妖怪が冷静になると聞いています。実際にこれから会う方も、光にあてられたあとは大人しくなって自首をしてくれています」


「すごいわね――本当なら、すばらしいことだわ」


 顔が熱くなるのを感じて、先生から顔をそむけた。


「黒媛さんは本当に反省しています。そして、自分を導いてくれた花子ちゃんに感謝しているとも述べています。花子ちゃんが相手なら、私たち警察よりも心を開いて話をしてくれると思うのです」


「黒媛さん、だまっているんですか?」


「あの日のことや身の上話はしてくれたよ。だけど、彼女に関しては分からないことが多すぎるからもう少し調べたいんだ」


「黒媛って」と後ろの先生がまた口をさはむ。


「あの伝説上の妖怪ですよね、大昔に人間界の王に嫁いだ――」


「我々は警察です。そのような非現実的な話はにわかには信じられません。大体、私たちが関わる妖怪の中には『俺は天照大神だ』などとうそぶく連中も少なくありません。彼女もそのたぐいだと私は考えています。サガリ警部もそれを踏まえた上で『身元不明で記憶喪失』と判断したのでしょう。私たちは彼女を黒媛さんと呼んでいますが、あくまで便宜的なものです」


 警視はドアの前で立ちどまった。横には黒いソファがおかれている。


「ここが面会室です。申しわけありませんが先生は座ってお待ちください」


「……分かりました」


 フタクチ先生はしぶしぶうなずいて、腰かける。


「じゃあ、先生はここで座ってるから」


 花子はうなずいて面会室に入った。



 面会室は、中央を透明なアクリル板で仕切られた白く殺風景な小部屋だった。黒媛は、透明なアクリル板の向こうでパイプイスに座っていた。前に見た時よりもだいぶ顔色がよくなり、生気が増しているように見える。


「花子ちゃん……」


 黒媛はやや上目遣いにこちらを見つめた。


「元気そうですね」


 花子はほっとしてパイプイスに腰かけ、黒媛と向かい合った。


 シイ警視が両足のひづめを打ちつけて音を出す。


「黒媛さん、いくつか質問してもよろしいでしょうか」


「もう話せることは話したはずよ」


 黒媛は怪訝な顔をして首をかしげる。


「その通りです、もう黒媛さんの判決は出ていますし、すでに服役していただいています。黒媛さんについてどうこういうつもりはありません。別の事件について黒媛さんが何かを知っているかもしれないと思ってきたのです」


 花子は、自分が連れてこられた理由が何となく分かった。


(黒媛さんも、あまり警察をよく思っていないんだろうな。だから私を連れてきてご機嫌を取ろうとしているんだ)


「サガリ警部からは、黒媛さんは『記憶喪失で身元不明』と聞いていました。裁判も、それが事実だという前提で行われました。ですが実際のところ、黒媛さんはかつて大煙雀という方の、お妃様だったそうですね」


「あなたが信じようと信じまいと私はそうなの」


「ええ、信じていますとも」


 シイ警視はやわらかく受け流す。職業柄、気難しい妖怪を相手にするのには慣れているのだろう。


「サガリ警部から、すでにくわしい話はうかがっています。大昔に鉄釜に閉じこめられて、現代になってタヌキのような妖怪に起こされて、杖を盗むようにいわれたと」


 黒媛はぶぜんとした表情のままうなずいた。


「昨日、そのタヌキのような妖怪が捕まりました。人間界で人間の少女を監禁していたところを、一般の妖怪に捕まって交番に連行されてきたのです」


「それって、ナベソコですか?」


 おどろいて訊ねた。


「昨日、人間の友だちがナベソコに捕まってるのを助けたんです。ナベソコを警察に渡すのは友だちに任せたんですけど――」


「何と、これも君が関わっていたのか。我々がいえることではないが、あまり危ないところにいったり危険なことをするものではないよ」


 さすがにシイ警視も少しあきれたようだった。


「黒媛さん。今回はあなたがナベソコについて何か知っているかもしれないと思ってお話を聞きにきたのです。ナベソコが黒媛さんに接触した際、何か気になることはありましたか?」


「何かといわれても」


 黒媛は仏頂面のまま首を横にふる。


「鉄釜を開けられて起こされて、状況を把握できないままに『吉備津彦命の持っていた杖を持ってこい。そうすればお前の夫を生き返らせてやる』っていわれただけで――」


「ナベソコがあなたに杖を持ってこさせたのは、なぜだと思いますか?」


 シイ警視が花子の背後から訊ねた。


「杖は『博物館』とやらの奥の方に保管されていたわ。恐らく、ナベソコは『博物館』に吉備津彦命の杖があるというところまでは分かっていても、どれが該当するものなのか分からなかったのでしょうね。それで、吉備津彦命の杖を知っている私を起こしたのだと思うわ」


「なるほど、ありがとうございます」


 シイ警視は満足そうにうなずく。


「それでは、黒媛さんがナベソコに起こされた時、何かナベソコの目的、正体、何でもいいです、ナベソコについて何か気になったことはありませんか?」


 黒媛は警視をいちべつしたあと、目をそらして答えた。


「私は杖を持ってこいといわれただけで、ナベソコに関しては本当に知らないわ。いきなり起こされて、『杖を持ってこい』『杖なんかどうするの』『知るか、持ってきたらお前の夫をよみがえらせる方法を教えてやる』『分かった』『塔がある寺の本堂横にある建物の中に保管されているはずだから、六時間後にここまで杖を持ってこい』――会話はそれだけだったわ」


 黒媛は背もたれに寄りかかり、自嘲気味にほほえんだ。


「思いだしてみると私も浅はかだったわ。『大煙雀様をよみがえらせる方法を教える』の一言で花子ちゃんを殺しそうになったのだから」


「愛する人を失ったのですから、お気持ちはお察しします。我々にできることは限られていますが、ここでしっかりと反省し、社会復帰してください。大切なのは過去ではなく未来だということを、忘れないでください」


「……未来ね、そうかもしれないわね」


 少し返事が遅れる辺り、まだ夫のことを引きずっているのだろう。


「黒媛さん、大変参考になりました。ご協力ありがとうございます」


 シイ警視は黒媛にひづめをあげて挨拶し、ドアを開けた。黒媛がこちらにほほえみかける。


「花子ちゃん、きてくれてうれしかったわ。ありがとう」


 殺妖未遂を犯した囚人だということを忘れるくらい、慈悲深く、優しい顔立ちだった。花子は、改めて黒媛に精神的に頼られているのを実感した。気に入られて困ってしまう反面、それ以上に黒媛をかわいそうに思い、応援したかった。


「またきます。だから元気でいてください」


 花子も、なるべく優しい笑顔を返してあげた。

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