【第二二話】自分の正体
先生の愛情は痛いほど伝わるけど、他人の前でそれをいうのはやめてほしいと思った。
「確かに花子ちゃんは今のところ普通の女の子です。でも、自分の出生が分からない女の子が、それを知りたいと思うのも変な話ではないでしょう。周りの子にはない力が自らにあると知った時、それがどこからくるのか突きとめたくなるのも、また普通の子なら当然のことです。今までは部下が花子ちゃんの力に目をくらませて、花子ちゃんを悪用しようとしたのです。今後は警視であるこの私が部下の行動を監視し、決して花子ちゃんを危険な目に遭わせないと誓います。いっそのこと、花子ちゃんにこのまま自分の正体についてもう少し調べさせてあげるのはどうでしょう?」
花子は思わず警視の目を見つめた。
「どうして――」
「サガリ警部は『花子ちゃんには他の妖怪にはない力があるに違いない』と気づいた。そして『利用すれば自分も楽に出世できる』と考えて花子ちゃんに近づいた。一方で花子ちゃんも、サガリ警部の悪だくみには気づいていたんじゃないかな」
「それは、もちろんです」
ある意味、花子はサガリ警部のことを信用していた。あからさまに悪意を持って近づいてくるので、逆に考えていることが分かりやすかったからだ。
「サガリ警部の悪意に気づきつつも、君は彼に従った。それは、君に自分の正体を知りたいという思いがあったから、つまり利害が一致したからだ。もちろん私としても花子ちゃんを危険にさらすわけにはいかない。でも、これで終わらせるのが花子ちゃんにとっては酷なのも、また事実だろう。自分が周りと少し違うと知った以上、どう違うのかをきちんと知り、受け入れた方が気も楽になる――つまり、すべてのことの始まりは我々なので、責任を持って最後まで花子ちゃんに協力したいということです」
シイ警視は話している途中で、視線を花子から先生に移した。背後の先生がどういう顔をしているのか何となく分かった気がした。
「花子ちゃんに自分の正体について調べさせてあげるとは、具体的にどういうことでしょうか?」
先生の声は低く冷たかった。普段子どもたちの前では絶対に出さない声だ。後ろの口の声かもしれない。
「今まで花子ちゃんは、サガリ警部とともに人間界を何度かおとずれました。花子ちゃんは、人間界にいけば自分の正体について何か有力な情報がえられるかもしれないと思ったのですね。実際に成果は出ています。吉備津彦命の杖を所有していたお寺にいったり、同じく『普通の妖怪ではない』とされている子と知り合ったり、杖を使ってみたり。今後は私の目の届くところで、絶対に危険な目に遭わせないようにそういったことをさせてあげたいと思います」
「とてもじゃないけど、信用できません」
先生は静かに、でも強い口調でいった。
「先日、花子ちゃんは全身傷だらけで帰ってきました。一つ一つは浅かったけど、普通では考えられない数でした。サガリさんから事情をうかがいましたが、奥歯にものがはさまったみたいないい方で、結局何があったのかは分かりませんでしたし、ますます不審な気持ちになりました」
さすがにサガリ警部も「妖怪は花子ちゃんが皆殺しにしました」とはいっていないようだった。もしそれを知っても、先生は今まで通り愛してくれるだろうか。
「先生が不審に思われるのも分かります。花子ちゃんをさらなる危険にまきこもうとしていると思われるのも当然です。ですが、これ以降は警察が一丸となって責任を持って花子ちゃんを守ると約束することができます。それができる根拠があるのです」
シイ警視は紅茶を一口飲んで続けた。
「子どもの未来を守るためとはいえ、戸籍を改ざんして当の子どもには何も知らせないのは前時代的でしょう。このことを知っているのは、そういった仕事に関わった経験のある一部の公務員だけです。そういった者の中でここ最近『特別な子について研究を進め、普通の子と同じように扱えるようにしていくべきだ』という意見が強まっています。私もそれには賛成です。できれば、ある程度特別な子について研究し、戸籍を改ざんしなくてもその子の安全が保証できる方法を見つけたいとも考えています。そもそも戸籍の改ざん自体が国民の目の届かないところでおこなっていることなので、それを別の方法で保護するように変えていくのも難しくないでしょう」
「素敵なお話ですね」
先生の声は冷ややかなままだった。
「どうして何のメリットもないのにあなた方が花子ちゃんに協力を申し出るのだろうと不思議だったのですが、そういうねらいがあったのですね」
明らかに後ろの口から出ている、猛獣のような低いうなるような声だった。
「もう結構です、そろそろ子どもたちのご飯の時間なので」
先生は壁かけ時計を示した。時計は六時を指していた。
「花子ちゃんを危険な目には一切遭わせないと誓います」
シイ警視は食いさがった。
「先生」
花子も意を決していった。
「先生が私のことを心配してくれているのは分かります。すごくうれしいし、ありがたいです。それに、勝手なことしてけがをしたのも本当に反省しています。でも、私は自分のことを知りたいんです。自分のことを自分で調べるのは、悪いことではないと思うんです」
「それは、悪いとはいわないけど――」
花子から説得されるとは思っていなかったようで、先生は戸惑っているようだった。
「あなたが今いったことは確かに正しいわ。でも、あんなふうにけがされた以上、許可を出すわけにもいかないの」
先生のいうことも、また正論だった。
「正直に申しあげますと、私も最初は、花子ちゃんが自分について調べる必要なんてないと考えていました。だからこそ、最初に会った時『強靭できれいな翼を持っているんだから、それがどういう血筋によって生じたかなんて気にするより、むしろほこりに思うべきだ』といったのです」
ただ、と警視は続けた。
「それは大人の正論であって、子どもには自分の正体を探る権利があるのではないかとも感じたのです。そもそも、花子ちゃんの生まれを隠して分からなくしてしまったのは大人ですから。大人に奪われたものを取り返すかどうかを決める権利は子どもにあるのではないか――花子ちゃんについて考えるうちに、そう思ったのです。それに、今回は私利私欲のために花子ちゃんを悪用しようというのではありません。すべての特別な子を救う運動のきっかけとして、花子ちゃんにご助力願いたいと考えているのです」
「きれいな言葉で魅力的なことをおっしゃるのですね」
フタクチ先生は皮肉たっぷりにいった。
「もうそろそろ子どもたちを食堂に集める時間なので、今日はお引き取りいただけませんか。このことはあとで花子ちゃんとじっくり話し合って、きちんとお返事しますので」
先生はドアを開けて廊下を指し示した。
「お時間を取らせてしまった上に、ご気分を害されたようで申しわけありません」
シイ警視は困ったようにほほえむと立ちあがった。
「私は帰るよ。君がどんな返事をしても、私はそれを尊重するよ」
シイ警視はそういってひづめの右手をあげると、先生にせかされるように部屋を出ていった。だけどすでに、花子の中では返事は決まっていた。
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