【第二一話】普通じゃない
翌日の放課後、学園にもどると、フタクチ先生が小走りで出むかえてくれた。
「花子ちゃん、警察の方が見えているわよ。花子ちゃんに話があるっていってたから一応待たせているけど――帰っていただいていいのよ」
「あれ、先生、警察とはもう関わらないって」
「そのつもりだったんだけど、サガリさんの上司がじきじきにお見えになって、すごい謝られたものだから――」
「シイ警視ですか?」
「そうそう、知ってたのね。……どうする?」
「取りあえず、荷物をおいたらすぐいきます」
応接室のドアを開けると、そこには確かにシイ警視がいた。花子の姿を認めると、素早く立ちあがった。
「久しぶりだね、私のこと覚えているかな?」
花子はうなずいて部屋に入った。後ろからお盆を持ったフタクチ先生が続く。警視の向かいに座ると、先生が紅茶をおいてくれた。そして、花子のソファの後ろに立つ。背後から強烈な威圧感を感じた。もちろんそれは警視に向けられたものではあるけど、花子の方が先に参ってしまいそうだった。
「えっと、花子ちゃん」
警視はやや気圧された様子でソファに座り直した。
「この度はいろいろとすまなかったね。私の部下が君を危ない目にあわせたそうで」
「本当は、二度と警察の方とは会わせたくなかったのですけど」
背後の先生が低い声で威嚇した。
「それは分かっております。先ほども申しあげましたようにすべては私の失態です。私の監督がゆき届いていなかったせいです。一歩間違えたら花子ちゃんの生命に関わる問題であったということも自覚しております」
シイ警視は立ちあがって深々と頭をさげた。サガリ警部がどこまで本当のことを報告しているかは分からないけど、一応、サガリ警部のせいで花子が傷を負ったという部分は正しく伝わっているようだった。
「もう頭はさげていただかなくて結構です。それよりも、先ほど花子ちゃんが帰ってくる前にご説明いただいた件について、もう一度花子ちゃんの前でお話しいただけますか?」
「ええ、そうですね」
シイ警視はソファに座り、神妙な顔をした。
「実は花子ちゃん、君が帰ってくる前、フタクチ先生にあることを話した。君が特別な妖怪かもしれないということ。そして杖から力を受け取れるということ。いずれも私の部下のサガリ警部が悪意を持って君に教えたことだ。そして――養護施設の先生であれば当然のことではあるが――君がただの妖怪でないということは、フタクチ先生はずっと前から気づいていらっしゃった」
「えっ」
花子はふり返る。
「ずっと前、花子ちゃんに話したでしょう。あなたはご両親が分からない状態で発見されてここにきたって」
先生が回りこんできて身をかがめ、こちらに目を合わせてきた。本当に話していいのか、まだ迷っているような顔だった。
「花子ちゃんがここにきた当時私はまだここにいなかったから、又聞きになってしまうけど――花子ちゃんをここに受け入れる時に国からもらった書類は、たった一枚だったの。普通ならちょっとした雑誌くらいはあるのに。これが何を意味しているのかは、こういうところで働く妖怪だったら誰でも分かるわ」
「その一枚には何て書いてあったんですか?」
勇気を出して訊ねる。
「情報欄には『花子』っていう名前と、性別、推定年齢が書かれていたわ」
先生は言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。
「あと、備考欄には『岡山県某所で保護。身のまわりのものから名前は花子と断定』って書かれていたわ。それを見て、少し妙に思った。普通なら、某所とか、身のまわりのものとか、あいまいな表現は使われないはずなの。そして最後に――そうね、簡単にいうと『成長するにつれて力が強くなるので注意』ということが書かれていたわ」
「すべて話せるわけではないが――」
シイ警視が軽くテーブルをひづめでたたいて、自分の方に注目を集めた。
「この数日間、花子ちゃん及び花子ちゃんに似た境遇にいる子についてくわしく調べさせてもらった」
警視は手帳を取り出して片手で開いた。
「前にもいったように、君の戸籍は一部改ざんされている。君の出自を隠すためだ。これをやったのは国であり、これはひいては君のためである」
ここでちらりと先生に目線を移した。どこまで話していいのか、先生の顔色をうかがっているようだ。
「ここから先はここだけの話だ、他言されたら私の首が飛んでしまう。……国が、非常に強い力を持つ妖怪を保護するために、意図的に戸籍の情報の一部を消すことがあるんだ」
シイ警視は目をそらし、口元をなめる。言葉を選び、吟味しているように見えた。
「つまり君は、国から『戸籍の内容に手を加えて保護すべき妖怪』に指定されているんだよ。選ばれる妖怪の共通点としては、ある程度成長すると他の妖怪を凌駕する何かしらの能力を身につけることが多い、ということがあげられる。国がどうやって区別しているかは私も分からない。出身地かご先祖か知らないが、傾向があるのかもしれない。そう考えると国が君の戸籍を改ざんした理由も分かる。戸籍を見るだけで誰が強い力を持つ妖怪なのか分かるというのはよくないことだ。学校や企業だって、そういった妖怪をほしがる。そこから差別意識が生まれ、最終的には強い力を持つ妖怪が、逆にマイノリティとして社会から迫害される対象になりかねない。それに、悪い連中も君をねらって集まってくるだろう。国は、そういったものから君を守ってくれたんだ」
そういわれても、平凡な能力しか持っていない花子には今一つぴんとこなかった。
「サガリ警部から、君が吉備津彦命の杖を使いこなせるということを聞いた。このことは先生にも簡単に説明しておいた。君はまだ若いが、将来的には杖なんてなくても、杖を持っている時とまったく同じようなことができるだろう」
「前、『あまり翼を多くの妖怪に見せてはいけない』っていったわよね?」
フタクチ先生はソファの後ろにもどって、花子の方に手をおいた。花子はふり返ってうなずく。
「妖怪は多種多様な姿をしているわ。でも、布――無生物の翼を持っている妖怪っていうのはそうそういないのよ。絹織物のような翼で空を飛ぶっていうのは、天女の羽衣じゃないけど寓話や神話そのものだわ。そういうところから、花子ちゃんが普通の妖怪とは違うって周りに気づかれるのが、私は怖かったの」
花子は先生から顔をそらしてうつむく。胸の奥がじんと温かくなって、視界がぼやけた。フタクチ先生を始めここで働いているすべての先生が、花子の正体に勘づきつつも、ずっと他の子と同じように扱って、愛してくれたことに気づいたからだ。
「先生に先ほども申しあげたように、今回は私の部下の失態によって、花子ちゃん自身が『自分が普通の妖怪とは少し違う』と知ってしまいました。ですがその部下の話によると、花子ちゃんは、自分が普通の妖怪でないと知った以上、自分の正体についてきちんと理解しておきたいと思っているそうです。そうだよね、花子ちゃん?」
シイ警視に訊ねられた花子は、顔をそむけてこっそり涙をぬぐった。
「自分の正体って、花子ちゃんは花子ちゃんじゃない」
フタクチ先生は後ろにいるので、どんな顔をしていったのかは分からない。
「大体普通じゃないって、何? 人間界のアニメのDVDやグッズでお小遣いを無計画に使い果たしたり、三日続けて『宿題はやったけど持ってくるのを忘れてきた』って担任の先生にうそをついたけど結局ばれて、放課後泣きながら三日分の宿題を片づけてるような子の、どこが普通じゃないの?」
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