↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/25

【第二〇話】ただの獣

 アパートにもどったオクリは、狼の姿になっていた。わらの上に腰をおろしている。花子がきたことに気づくと、姿が人間にもどっていった。


「お前があれほどいうから、ナベソコは生かしたまま近くの交番に預けてきた。あいつが人間を監禁していたことも分かる範囲で説明してきた。いろいろ訊いてきたが、途中で面倒臭くなって帰ってきた」


「それだと交番も困ると思いますよ」


 花子は、ふと気になったことを訊ねてみた。


「オクリさん、今お仕事は何しているんですか?」


「何も」


 オクリは冷蔵庫からしなびたリンゴを二個出して、一つをこちらに差し出してきた。


「いらないです。お金はどうしてるんですか?」


「禰宜がせんべつにくれた小遣いを妖界の金に両替して暮らしている。残り少ないから、最近は公園や土手で草をつんだり、鳩を捕まえて食ってる。街は野生の動物が少なくて困っている」


「もう神様じゃないんだから、仕事を探した方がいいですよ。食べ物も、拾わないできちんと買った方がいいです」


「今は午前の一時を回ったところか。馬面は仕事終わりが五時だといっていたが――まだ帰宅するまでだいぶあるな。それまで一休みするか」


 オクリは花子のことを気づかうふりをしてお小言を受け流した。



 花子は一度影送りの里で昼食をすませ、オクリの部屋にもどった。オクリは狼の姿になってわらの中で丸くなっていた。


「もう少し文明的な生活をしたらどうですか?」


 学園から持ってきたほうきと雑巾を見せる。


「オクリさんは狼じゃないんですから、布団くらい買った方がいいですよ。掃除もしなくちゃだめです」


 花子はほうきで床をひとなでしてみる。うっすらと砂ぼこりがまった。


「掃除などしなくていい。俺は気にしていないし、お前がする義理もない」


「ないけど、気になります」


 すみから玄関に向かってほうきで砂をはいていく。


「好きでやってるだけですから、気にしないでください」


「そういうのをお節介というのだ」


 自覚はあったけど、放っておくわけにもいかなかった。長い間廃村で禰宜に世話されていたので仕方のないことかもしれないけど、このままではただの山から降りてきた獣同然だ。


「そういえばオクリさんって、小杉村の巨大な釜の中で目覚めたんですよね。眠る前のことって、覚えていないんでしたっけ?」


「この間そう答えたはずだ」


「自分が昔何やっていたのかとか、興味ないんですか?」


「気づかうふりをして他人のことを詮索しようとするやつは嫌いだ」


 そういって顔をそむけてしまった。少しして、思わせぶりな口調で続けた。


「もし俺が『今の話はうそで、本当は自分が眠る前のことも全部覚えている』といったらどうする?」


「えっ」


 オクリは大きくあくびをした。口が耳まで裂け、鋭い牙があらわになる。狼ではなくオクリだと分かっていても、どきりとしてしまう。


「眠い」


 オクリはそれだけいうと、体を丸めて動かなくなってしまった。



 五時一五分になった。掃除を終わらせてナップサックに入れてきた漫画を読んでいた花子は、オクリをゆり動かして起こしにかかった。


「オクリさん、五時すぎてます」


「眠い」


「眠いのは分かってます。でも私、六時にはもどってないと先生にしかられちゃうんです」


「それは大変なことだ」


 オクリはようやく、体を起こして伸びをする。


「どこへいくのだ?」


「忘れないでください、警部のところです」



 オクリに乗って二〇分ほど走り続けると、辺りには大きなビルが増えてきた。高級寄りのマンション街のようだ。


「この住所だ。建物の名前も聞いた通りだ」


 オクリはレンガ造りのビルの前でとまった。


 そこは一五階ほどの高さの高層マンションだった。丸い装飾つきの窓や黒ずんだレンガは歴史のある洋館を思わせるけど、それほど古そうには見えない。花子はオクリからおり、ビルを見あげた。自動ドアを抜けると、そこはベージュ色のソファと黒檀のテーブルがおかれたホールになっていた。床や壁は外壁と同じレンガで、重厚な雰囲気をかもしだしている。


「私たちはここから進めないみたいですね」


 花子は、木製の自動ドアの横にボタンと液晶画面がついているのを見つけた。


「住人に連絡をして開けてもらう作りみたいです」


 オクリはふところから紙切れを取り出して確認したあと、「905」と入力した。


「俺は機械にはくわしくないが、これでいいのか?」


「たぶん……。私もよく分からないです」


 ガラスの向こうからエレベーターのドアの動作音がした。エレベーターから警部が現れ、小走りでやってきた。毛玉ができて首元の色の抜けた黒いトレーナーと、だぼだぼとしたズボンというさえない格好だった。いいところに住んでいるわりに、部屋着には気を使わないようだ。


「まったく、オクリ君にここを教えたのは間違いだったよ」


 そういうと、ガラスのドアを向こうから開けてこちらにきた。


「久しぶり花子ちゃん、けがは大丈夫かな? 私は例の件で花子ちゃんがショックを受けていないか心配で心配で仕方がなかったんだ。でも上に『花子ちゃんをまきこむな』っていわれてるから連絡も取れないし――元気そうで安心したよ。ところで何の用かね、できればこのホールですませたいんだけどね。君たちがここにきたってばれると、また私が怒られてしまう」


 これだけを一気に早口でまくしたてた。突然の来訪を快く思っていないのがよく分かった。


「警部、いつ体治ったんですか?」


「岡山に帰ってきてすぐ買ったんだよ、半年分の給料が吹き飛んでしまった」


 そういうと警部は、伸びた袖をまくってみせた。金属の棒と、それに絡みついている赤紫の血管のようなものが見える。


「私は本来、馬の生首から血管や臓物がたれさがっているような姿をした妖怪なんだよ。ただ、それだと活動しにくいし、『中身』を見せびらかすのははずかしい。だから金属でできた人形を下につけているんだ。この人形は人間と同じように関節がついている。人形の全身に血管をはわせて人間のようにあやつっているんだ。血管や臓物はちぎれても痛くないし、すぐに生えかわる」


 警部は袖を元にもどすとソファに倒れこみ、足を組んだ。


「で、何の用かね? 非常に残念だけどね、私はこれ以上花子ちゃんに協力してもらうことはできなくなった。シイ警視に『子どもを悪用するとは何事だ』って怒られたんだ。もちろん私には悪意なんてなかった。あったのは、花子ちゃんの優れた力を平和のために最大限に生かしてあげたいという使命感だけだ」


 手短にすませようとするわりに自己弁護だけはきっちりする辺り、さすがサガリ警部といったところだ。


「訊きたいことがあるんです。例の杖は、ちゃんとお寺に返しましたか?」


「失敬な!」


 警部は甲高い声でいななき、大きく両手を広げた。


「君は私が杖をくすねたとでも疑っているのかね? 私は正義の警察だ。そんなことは神様に誓ってありえないね。それに第一、あれは花子ちゃんが持ってないと効果がないんだよ」


「でも、すごいものだったら骨董品として売ってしまえば――」


「花子、もういい」


 後ろでだまっていたオクリが口をはさんだ。


「ずっと疑っていたのだが、顔を見て分かった。この馬面はうそをついていない」


 元神様らしい、まるでお告げのような口調だった。オクリがそういうのなら、そうなのだろう。


「ほら見ろオクリ君もそういってる」


 警部は手をたたき花子を指差した。


「あの杖はシイ警視がお寺に返したよ。借りたものはきちんと返す。常識じゃないか」


「それが、お寺になかったんです」


「……どういうことかね?」


「直接お寺にいって、住職さんにも訊いてきました」


「うむむ」


 サガリ警部は難しい顔をしてたてがみをなでた。


「シイ警視がお寺に返すどこかの段階で杖が消えてしまったということかね? なるほど、それは妙だ。明日にでも調べてみよう」


「警部のことだから、上司が悪いことをしているかもしれないってなったら怖気づくと思いました」


「シイ警視がそんなことするわけないだろう」


 サガリ警部は顔をしかめて立ちあがる。


「何らかの手違いかもしれないからね。上司の手違いに気づいたら素早く報告してフォローするのが部下の務めだと思わないかね?」


「上司のミスをフォローすれば、花子を悪用したことによる信用の失墜を回復できるというのが、実際のところか」


「君はまだ子どもだからそういううがった見方しかできないようだけど、大人になれば私の気持ちが分かるだろう」


 サガリ警部はむきになっていいかえすと、部屋の鍵を出して液晶画面に押しつけ、「じゃあまた」とだけいうと、開いたガラスのドアの向こうへ去っていってしまった。


「とにかく進展はあった。あの馬面から連絡がくるのを待とう」」


 オクリは、警部の乗ったエレベーターのドアが閉まるのを見ながらいった。


「怒らせちゃいましたけど、連絡きますかね?」


「くるだろう。まだやつは利用できる」




 オクリは影送りの里まで花子を送ってくれた。


「わざわざすみません、オクリさん」


 出むかえてくれたフタクチ先生が頭をさげる。少々小汚いものの、真面目そうなオクリを信用してくれたようだ。


「いえ、こちらこそ、六時をすぎてしまい申しわけありませんでした」


 オクリはまるで保護者のように頭をさげる。


「最近この辺りでは不審者の報告もあるので、助かりますよ」


 先生は、目の前の少年が不審者の正体だとは思ってもいないようだ。別れぎわ、オクリがささやく。


「俺はいつでもアパートにいる。何かあれば協力はするから、いつでも声をかけてほしい」


「それはありがたいですけど、もう少し文明的な生活をするようにしてください」


「大きなお世話だ。ただ、掃除してくれたことは礼をいっておく」


 それだけいうと、先生に軽く頭をさげて外へ出ていった。


「花子ちゃん、早くあがりなさい。食堂にみんなそろってるわよ」


 花子は靴を脱いであがった。疲れはしたけど、真奈美たちと再会できた上に心強い味方もできて、悪くはない一日だった。

閲覧ありがとうございます!

よろしければ評価、ブックマークをお願いします。

下の☆☆☆☆☆を押すだけで評価可能です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。