【第一九話】人間の友だち
花子と真奈美とナベソコ、そして香奈美を背負ったオクリは自転車をとめてあったところまでもどってきた。
「早く、早く逃げよう。連中がいつ見回りにくるか分からないからな。こんなとこ見られたら殺されちまう」
「そうだな。人間、お前は自転車で家へ向かって走れ。俺もお前の妹を背負ってお前のあとを追う。お前と妹を無事に家に送ったら、ナベソコを守りながら妖界に帰ることにしよう。花子とナベソコは人間の後ろで周りを見はれ。なるべく後ろを気にするように」
「後ろ?」
「ナベソコのいう『連中』とやらにつけられていないか気をつけるためだ。連中の尾行に気づかないまま人間を家に送ったりしたら大変なことになる。俺は人間を背負っているから狼になれないし、あまり体の自由が効かない。お前たちの目に任せる」
オクリは体をひねると、香奈美の首筋に指を押しつけた。
「さっきからも動いていて、目を覚ましそうだ。ここでさわがれて連中に気づかれるよりは、もう一度深く眠らせておく方がいいだろう」
真奈美は、自転車で今きた道を疾走する。そのすぐ後ろを花子が飛んで追いかけ、さらにそのあとに香奈美を背負ったオクリが続いた。ナベソコは香奈美の背中に乗っていた。
「おりろ。重くなる」
オクリの声は殺気を帯びていた。ナベソコは小さくなり、真奈美の自転車の後ろに飛び乗った。
「まったく、どうして、ほんとにどうしておいらが人間のためにこんなこと――」
ナベソコは自転車の荷台に座ってぶつぶつつぶやいた。
「俺だって、お前を助ける義理はない」
オクリは走りながらいった。人間の姿でも全速力の自転車についてこられるのはさすがといったところだ。
「もし連中に尾行されているのに気づかず、人間を危険にさらしてみろ、連中より先に俺がお前を八つ裂きにしてやる」
「へいへい」
ナベソコは両前足を双眼鏡のようにしてあたりを見渡したけど、真面目にやっているかどうかはあやしい気がした。辺りには少しずつ民家が増えてきた。ただ、夜中なので明かりは灯っていなかった。
「ナベソコ、お前は『連中におどされた』といったな」
オクリが息をはずませながらいった。
「何だ、何だよいきなり」
「その連中とやらについて教えろ」
「何もこんな時、ほんとにこんな時に話さなくてもいいじゃないか」
ナベソコはそういいながらも、しぶしぶ説明を始めた。
「といっても、俺は連中のいう通りあのおちびさんをずっと眠らせてただけなんだ。話せることなんてないさ」
「花子の話では、この人間たちは以前にも妖怪に襲われたことがあるそうだ。その話は知っているか?」
「知るわけないだろ、連中は何も話してくれない。このおちびさんをおいらに押しつけて『逃がさないようにしておけ』っていって、それきりだ。おいらはこのおちびさんの事情なんて知らないけど、おいらの工場に忍びこんで捕まったんだから、どうせ工場の中で印刷した肖像画でも見ちまったんだろう。以前に襲われた時と同じようにな。あの肖像画の正体は知らないが、連中としては何か悪いことをあそこでやっているっていうのを、誰にも知られたくはないだろうからな」
「なるほどな」
オクリは自転車の荷台のナベソコをなぐり飛ばした。
「えっ――ちょっ!」
真奈美がブレーキをにぎって急停止する。
「よく、この人間の妹が最初に襲われた時の原因が、今回と同じだと知っていたな」
オクリは民家の間にある駐車場の中に入っていった。何が起こったのかよく分からない花子と真奈美も、少し距離をおきながらついていく。車どめの辺りにナベソコが倒れていた。
「それはその、言葉のあやで――」
「それだけではない」
オクリはナベソコの胸ぐらをつかみ持ちあげた。背負われていた香奈美が何ごともなかったかのように目を開け、かけ寄ってくる。真奈美はおどろきながらも妹を抱きしめた。
「香奈美、あんたどうして――」
「私、ずっと起きてたよ」
香奈美は平然と答えた。真奈美は説明してほしそうにオクリの方に目をやった。花子も同じ気持ちだ。何が起こっているのかさっぱり分からないけど、オクリと香奈美が共謀してナベソコをはめたということは理解できた。
「なぜ俺がお前を乗せて走らなかったか分かるか? この人間の妹が俺に何かを伝えようとしていることに気づいたからだ」
「でも――」
花子は口をはさんだ。
「香奈美ちゃんはオクリさんに気絶させられてたんじゃ――」
「指を押しつけてそれらしく見せていただけだ。この人間は一度目覚めたが、それほどおどろいた素ぶりは見せなかった。恐らく花子や姉を見て、自分が助かったことをさとったのだろう。だが、それなのに気絶したふりを続けていた。だから妙に思って、もう一度気絶させるふりをして、そのままにすることに決めたのだ。俺が気絶させるふりををするために顔を近づけた時、この人間は俺に『ナベソコにだまされるな』といった。だから俺は――」
オクリは視線を花子からナベソコに移した。
「お前にかまをかけたのだ」
「いや、その、苦しい、放してくれ――」
ナベソコはじたばた抵抗する。足から血がしたたり落ちた。頭から出血しているようだ。
「オクリさん、乱暴にしちゃだめです。死んじゃいます」
花子は恐る恐る注意した。
「殺しはしない。知っていることをすべて話せばな」
オクリは鋭く辺りを見回したあといった。
「花子は気をつけて人間を家まで送り届けろ。俺はこのままナベソコを連れて妖界にもどる」
「ちゃんと、死なせたりせずに警察に届けてくださいね」
念入りに忠告しておいた。
「いこう、真奈美ちゃん。香奈美ちゃんもこっちだよ」
香奈美はだまって真奈美の自転車の後ろにまたがる。真奈美は、何が起きたのかさっぱり分からないという顔をしながら自転車をこぎだした。
「心配かけてごめんなさい」
オクリが見えなくなってから少しして、香奈美は姉の背中にいった。
「あたしはいいけどさ、別に」
真奈美はぶっきらぼうに答える。
「あたしよりもさ、帰ったらお父さんとお母さんに謝んなよ。警察ざたにもなったんだよ」
姉らしい口調でそういったあと、つけ加えた。
「大馬鹿者」
「ごめんなさい」
後ろからついてきている花子には、二人の表情は見えなかった。
「でさ、あたしとハナちゃんに説明しなよ。あんたがこの三日何してたのかとか。大体あんた、あの時急に走ってどうしたの?」
「あの時、あのナベソコとかいうのが紙の束を運んでいるのを見たんだよ。変な動物が紙の束を運んでたら普通そっちいくでしょ? で、ついてったらそこに音楽室に飾ってある肖像画がたくさんあって、気がついたらそこで眠らされてた」
「ナベソコは、たぶんあそこの工場で肖像画を作ってる最中だったんだよ」
花子は辺りを見回し、姿を現していった。
「人間界で行動する時妖怪は普通姿を消すんだけど、そうするとものを持てなくなるの。専用のカバンを使うとかいくらでも手はあるんだけど、そういうものを持ってなかったんだろうね。人間に見える状態で作業をしているところを香奈美ちゃんに見られて、とっさに眠らせたんじゃないかな」
いつの間にか辺りには商店や民家が立ち並び、ちらほらと犬の散歩やジョギングをしている人の姿も出てきた。花子はあわてて姿を消す。
「ハナちゃんもやっぱ妖怪なんだね」
香奈美はあっけからんといった。
「正直、初めて会った時から変な人だと思ってたよ。だって目に茶色の部分がなくて全部真っ黒なんだもん」
「あんた、あの暗闇の中でよくそんなとこ見てるわね」
姉はあきれたようにいった。
「また助けられるとは思わなかったよ、ありがとう」
香奈美は後ろ――花子の方を向いてにこっと笑った。
「見えてるの? 今、姿を消してるつもりなんだけど」
「空気が人の形にゆらいでいるように見える」
香奈美はまた平然と答えた。
「そういう才能は大事にした方がいいよ。妖怪と仲よくしたり、逆に身を守るのに便利だからね」
花子は、オクリが大事にしている唯一の人間――禰宜を思いだした。香奈美にも禰宜のような素質があるのかもしれない。
「ハナちゃん、あたしからも礼をいうよ、ほんとにありがとう」
「これからも、困ったことがあったら頼ってよ」
花子は胸が温かくなるのを感じた。
「私はあまり人間界にこれないけど、今回みたいにトイレに手紙はりつけてくれれば読むから」
「分かった。……あそこ私の家なんだけどさ、ちょっとあがってかない?」
真奈美は自転車をとめると、前方に見えるマンションを指差した。
「それはできないよ」
花子は姿を現して首を横にふった。
「家にお母さんとかいるんでしょ、部屋の中も明るいでしょ?」
花子は真奈美に顔を近づける。
「こんな目をしているって、すぐにばれちゃうよ」
真奈美はのけぞったあと、「そうだね」と苦笑いした。
「びっくりしちゃった、ごめん。あたしはあんたのこと好きだし感謝してるけど、やっぱり、今でもあんたのことが怖いよ」
「それでもいいよ」
花子も苦笑いを返した。悲しくはなかった。
「今度、親がいない時だったら家にきていいよ。でも、深夜に枕元に現れたりするのはやめてよ」
真奈美は手を差し出してきた。
「そんなことしないって」
花子は真奈美と香奈美の手を順番ににぎった。血の通った温かい手だった。
「またね、ハナちゃん」
花子はトンネルを抜け、妖界にもどった。トンネルの前では山彦が立ったままいびきをかいている。横を通り抜けようとすると、急に動きだしてこちらを向いた。
「うわ、びっくりした」
「狼の少年から伝言を頼まれている。先に部屋にもどっているからこいといっていた」
山彦はそれだけいうと、またうなだれていびきをかき始めた。
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