【第一八話】ナベソコ
「そうはいっていない。元はただの染料工場だったのかもしれない」
オクリは意味深げにいって、立方体の機械をのぞいて首を傾げた。何か見つけたようだ。
「人間界には、廃墟や廃トンネルなど人間が立ち入らない場所は山ほどある。だがそのすべてが心霊スポットとして恐れられ、面白がられているわけではない。では心霊スポットとして人間に恐れられている場所は何が違う?」
「……上手くいえませんけど――」
真奈美は不安そうに辺りを見回しながら小声で答えた。遠回しに、ここがただならぬ場所だといわれていることに気づいたようだ。
「空気というか、雰囲気というか――」
「そうだな」
オクリは機械の中に手を差し入れる。
「人間と妖怪は古来から時には争い、時には共存してきた」
両手を機械の中に突っこんで中のものを引っぱる。何かは分からないけど重そうだ。
「妖怪は人間界ではよそ者だ。それを忘れてはいけない。だが、中には悪意を持って人間界に住みつくやからもいる。そのようなやからがいる場所は、俺たちの住む世界――妖界と同じような空気になる。人間に対する遠慮がなく、人間の世界を乗っ取ってやろうというよこしまな心のせいだろう。そういった場所をおとずれた時人間は『空気が重い』と感じるようになるし、俺たちにとっては逆に『居心地がいい』と思えるようになる。心霊スポットをおとずれた人間が感じる『嫌な空気』というのは、それだ」
花子は、この空間に妙な安心感を覚えた理由が分かった。
「でも、それってここに悪いことをたくらんでいる妖怪がいるってことじゃないですか」
「だろうな」
オクリは機械の中から段ボール箱を引きずり出す。
「ただの紙切れだった。箱の中から何か気配がした気がしたのだが」
箱を開けて床にぶちまけた。画用紙のような厚めの紙に人の顔が印刷されている。全部、何かの肖像画のようだった。
「でも、ここに香奈美がいなかったらどうすれば――」
「まだだ」
オクリは段ボール箱を捨てて目をつぶり、顔をしかめる。どうやら聞き耳を立てているようだ。
「さっきから気配がする。それがお前の妹である可能性もある。野良猫やネズミかもしれないが」
オクリは巨大なタンクを見あげた。
「あの中から息づかいを感じる。どこかに穴があるかもしれない」
オクリは早足でタンクへ近づいていく。
「ちょっと待ってください、真奈美ちゃんが――」
花子は追いかけようとしたけど、真奈美はオクリが捨てた紙を拾ってながめていた。
「真奈美ちゃん、オクリさんの近くにいた方がいいよ」
「分かってるんだけど、見て、これ」
真奈美は肖像画をこちらに向けてきた。癖のある長髪をした、眼光鋭い男性の絵だ。
「これは誰? 有名な人間なの?」
「ベートーヴェンっていう音楽家なんだけど、どうしてこんなものが染料工場に――」
嫌な予感がした。真奈美の手をにぎって引っぱる。
「すぐにオクリさんの近くにいこう。それ、前にテケテケ――下半身のない男が持ってた肖像画と同じだよ」
「えっ――」
真奈美が目を見開く。
「あんなのがここにいるかもしれないってこと」
「大丈夫だよ。私がいるし、今回はオクリさんもいる」
「……うん」
真奈美は明らかに動揺していた。声はかすれ、つないでいる手はがちがちに固まり、ふるえている。こんな時だけど、真奈美が手をしっかりとにぎり返してくれるのがうれしく感じた。
「ひどくくちているが、穴は見あたらないな」
オクリはタンクの周りをゆっくりと回ったあと、近くにあったガスボンベをつかむと、さびて変色している部分に力いっぱいたたきつけた。工場中に大きな音がひびきわたり、さびているところがくずれて三センチほどの穴が開いた。
「ちょっとオクリさん、もっと静かに――」
「これで中が分かるだろう」
穴の奥は真っ暗で、妖怪の花子でも何も見えなかった。花子は携帯のライトで中を照らしてみる。
「ひっ――」
中から声がする。姿は見えないけど、香奈美の声ではないようだ。
「誰だ」
オクリが、姿を人間に見えない状態にしてタンクの中に入っていった。
「妖怪は姿を人間から見られないようにすると、ちょっとした隙間を通れるようになるの。人間界でしかできないけど」
何が起こっているのか分かっていないであろう真奈美に、補足説明してあげた。オクリが穴から出てきて、人間に見える状態にもどった。
「人間の女が中にいる。恐らくお前の妹だろう」
「ほ、ほんとですか、すぐに出してあげないと――」
「あわてるな」
オクリはつめ寄る真奈美を穴から引きはがし、中に呼びかける。
「そこから開けられるのだろう。開けてその人間を寄こせ」
すぐに、オクリが穴を開けたすぐ上辺りがドアのように開いた。
「こんなところから開くのか。むだな体力を使ってしまった」
オクリは中に入っていき、すぐに香奈美を抱えて出てきた。ほおや服はほこりやすすで汚れ、前に見た時より少しやせていた。
「香奈美!」
「さわぐな、死んではいない」
オクリは香奈美を壁に寄りかからせ、また中に入っていった。
「香奈美、しっかり、しっかりしてよ!」
真奈美は香奈美のほおをぺちぺちたたいた。
「大丈夫」
花子は香奈美の口元に耳を近づけて呼吸を確認した。
「すぐに目を覚ますよ。気絶させられてるだけみたい」
「よかった。でも、中に誰がいるの? あの男みたいのがここにいたりしたら――」
「『あの男』が誰のことかは分からないが、いるといえばいるな。危険ではないと思うが」
オクリは、穴の中から細身で小さいタヌキを引っぱりだしてきた。右手でつまんだまま空中でゆさぶる。
「おい、その扱いはないだろ、おいらも、おいらも被害者なんだってば!」
タヌキはスネコスリと同じくらいの大きさしかなかった。服を着ておらず、スネコスリと比べると野生動物同然の姿だ。しゃべらなかったら妖怪だと分からなかっただろう。
「名を名乗れ。あと、なぜ人間の少女を監禁していたのかも」
「おいらはナベソコっていって、ほんとに、連中、連中におどされて仕方なくて――」
「ナベソコ――」
真奈美は聞き覚えがあるようだ。
「昔話で読んだことある、タヌキの憑き物だっけ」
「知ってるとはありがたいね、そら、分かっただろ、おいらはあやしいもんじゃない。だから放してくれてもいいだろ、逃げようとしているわけじゃないんだから」
オクリは舌打ちして手を放した。ナベソコはきれいに着地して辺りを見回す。
「あんたたち、連中を見なかったか?」
「連中?」
「こんなとこ、ほんとにこんなとこ見られたらおいら連中に殺されちまうよ――」
そういいながらも、ナベソコは早口で説明してくれた。
「おいらは昔からこの工場で暮らしていたんだ。今はもうないが、この工場の応接室には神だながあって、そこに住んでた。この工場が元気に動いてた時からずっとここにいたね――おっと、そんな狼みたいな目でにらまないでおくれ、ちゃんとこのおちびさんがここにいる経緯も説明するから――この工場がつぶれたあともおいらはここに住んでいた。妖怪社会で汗水垂らして働くよりここでネズミを捕まえて食って野生動物みたいに暮らしている方が性にあってるからな。たまにここに馬鹿な人間がきも試しにくるが、ちょっとおどせば荷物をおいて逃げだす。そうすればいろいろ手に入る」
「ここが心霊スポットになったのって――」
「そう!」
ナベソコが真奈美の方を向いてうなずいた。
「そう、おいら――おいらがその心霊だよ。だけど、五年くらい前に連中にここを乗っ取られたんだ。連中はここに印刷機を運びこんで、肖像画を刷りだした。それだけならいいさ、ここは人間界で、おいらの土地じゃないからな。でも連中はおいらにここでやってることを口どめさせて、奇妙な仕事を強要するようになった。小学校にいって肖像画をはったりとかな」
「つまりお前は、連中とやらが何やっているのか知らないし、連中とやらの味方でもないのだな」
オクリが確認するようにいった。
「おどされて協力していただけだし、くわしいことは知らないさ。知らないし興味ない。おいらはここで平和に暮らせればそれでいいんだ。でも今さら逃げられないだろ」
「この肖像画についてはどう思う?」
「だから知らない、知らないってば!」
ナベソコは怒鳴ったあと、静かにつけ加えた。
「……肖像画は、人間界の有名な音楽家を印刷したものみたいだな。連中は、人間界の音楽家の肖像画をすり替えようとしているみたいだ」
花子は、前にテケテケが音楽家の肖像画をすり替えていたことを思いだした。
(そうだ、サガリ警部が、肖像画を鑑識に回してるっていってた。肖像画が何なのか分かるかもしれない)
「なああんたら、頼むよ、このおちびさんを逃がしたらおいらが殺されちまう、どうかこのまま帰ってくれないか」
「ふざけないで、香奈美はあたしの妹だよ!」
「そうだ」
オクリもうなずく。
「妖界まで無事に逃がしてやるから、この人間の娘を返せ」
「え、妖界に帰れってこと?」
「お前は妖怪だ。慣れれば妖界の方が居心地がいいはずだ。長年人間界に住み続け、先日妖界に移り住んだ俺がいうのだから、間違いはない」
「ああもう」
ナベソコは深くため息をつき、やけっぱちのようにいった。
「返す、おちびさんは返すよ、でも絶対においらを無事に逃がせよ!」
閲覧ありがとうございます!
よろしければ評価、ブックマークをお願いします。
下の☆☆☆☆☆を押すだけで評価可能です!




