【第一七話】赤いベンガラ工場
「何だか、申しわけない気分です」
見送ってくれた住職が扉を閉めたのを確認して、花子はオクリにいった。
「きちんと保管してくれてたのに、私たち妖怪が取り合ったりして」
「ここにないとは思わなかったが、そうなると、あの馬面かその上司が持っているということになる」
「サガリ警部は『上司が杖を人間に返した』っていってたんですよね? ということは、警部かその上司がうそをついているってことになりますけど」
「あの馬面だろう、うそをついているのは」
何の根拠もなくオクリはいった。
「もう一度問いただす必要があるな」
二人は小学校の三階の女子トイレまでもどってきた。妖界にもどろうと、個室の扉を開ける。
(あれ、何これ……?)
タンクの側面に、紙がはりついていた。ここにきた時にはトイレに背を向けていたので、気づかなかったようだ。紙は四つ折りで、ピンク色をしていた。破れないようにはがして、開いてみる。
「何を見つけたのか知らないが、早くしろ。女子便所に長居する趣味はない」
「ちょっと待ってください」
その手紙は花子あてだった。
4月9日 ハナちゃんへ
相談したいことがある。三日前、ベンガラ工場で香奈美が行方不明になってしまったんだ。親が警察に捜索願いを出したけど、あそこは心霊スポットだから、前みたいに化け物に捕まっちゃったってことも考えられる。ハナちゃんと連絡が取れればと思って、この手紙を前教えてもらった場所にはっておいたんだけど、力を貸してもらえないかな?
真奈美
その手紙の最後には、携帯電話の番号が書かれていた。今日は四月一二日だ。香奈美がいなくなってからすでに三日経っている。
「ハナちゃんというのは、お前か?」
オクリが後ろから手紙をのぞきこんできた。
「真奈美というのは?」
「人間の友だちです」
今の花子は自分のことでいっぱいいっぱいだった。でも、せっかく真奈美が信用して助けを求めてきてくれたのに、放ってはおけない。
「オクリさん、真奈美ちゃんを助けてあげませんか?」
「お前が助けたいと思うのならば協力はする」
「ありがとうございます」
「礼をいわれる覚えはないが」
オクリは首を傾げる。
花子は、学校を出てすぐのところにある電話ボックスに入った。持っている携帯は人間界では使えないからだ。受話器を持つために姿を現して人間界の一〇円玉を入れる。オクリは姿を消したままボックスの外で待っていた。四回コール音が鳴ったあと、「はい」という真奈美の声が聞こえてきた。
「真奈美ちゃん?」
こんな時だけど、久しぶりの友人の声に少しだけほおがゆるむのを感じた。
「……え、ハナちゃん?」
「うん、手紙に気づくの遅くてごめんね」
「そんなことないよ、非通知ってことは公衆電話だよね? 今どこ?」
「学校の近くの――」
「分かった、すぐいくからそこで待ってて」
電話は切れた。
「どうだ?」
「たぶん、ここにきます」
花子は受話器を元にもどした。
真奈美はすぐに、自転車に乗ってやってきた。
「久しぶり。……何だか変な気分だよ。あの日確かに会ったのにさ」
真奈美はそういってぎこちなくほほえんだ。
「まだ私のこと怖がってるでしょ」
「ごめん」
真奈美は素直に認めた。
「香奈美が心霊スポットでいなくなっちゃったんだけど、……やっぱり、場所が場所だけに化け物か何かにさらわれたんじゃないかと思って、ハナちゃんの手を借りられないかと思って――」
「案内してもらえれば私もそこにいくよ。今からでも」
「今って、夜なんだけど――」
真奈美は怖気づいているようだった。恐怖と妹を思う気持ちが混ざり合って、どうしたらいいのか分からなくなっているように見えた。
「もし妖怪のしわざなら、夜の方が見つかりやすいだろう」
「そうだよ、私たちもついてるよ」
花子はオクリの方を見ていったけど、真奈美はおびえていた。
「他に誰かいるの?」
「あ、ごめん。オクリさんは人間に見えない状態だったね」
オクリは「そうだった」とうなずき、姿を現した。
「うわっ……!」
真奈美はあとずさりしたけど、オクリの姿が人間とほとんど変わらないのを見て、すぐに安心したようだった。
「えっと、この方は――」
「知り合いのオクリさん。ちょっと怖そうだけど――見た目よりはいい妖怪だよ」
「そうなの……、よろしくお願いします」
真奈美はオクリに頭をさげた。オクリはだまって会釈を返す。
「じゃあ、工場にいこう。ハナちゃんとオクリさんは――」
「自転車くらい追いつける」
オクリはぶっきらぼうにいった。
真奈美は自転車で静まり返った住宅街を走っていく。オクリは狼の姿で追いかけ、花子も飛びながらついていった。二人とも姿は消している。やがて住宅は少なくなっていき、代わりにさびれた町工場が増えてきた。中には一目で廃墟だと分かる建物も少なくなかった。
「ここだよ」
真奈美は赤い大きな建物の前で自転車をとめた。
「ここがベンガラ工場?」
「地面に赤いものが飛んでいるな、塗料か?」
花子とオクリは姿を現した。真奈美は花子の姿を見てほっとした顔をしたあと、狼姿のオクリを見て立ちすくむ。
「悪い」
オクリは人間の形にもどった。
「……いや、むしろ頼もしいです」
確かに、狼姿のオクリが味方にいれば怖いものなどないかもしれない。
「ここは何の工場だ? 赤いペンキでも作っているのか?」
「紅花から染料を作ってた工場らしいです。あたしが生まれる前にすでに使われなくなってたんですけど、こんな外見だから、『子どもをさらって機械でしぼって血で染料を作ってた』とか、いろんな怖い話があって――」
オクリは彼女の話を鼻で笑うと、正面の両開きの扉に近づいた。
「そこからは入れないです」
確かに、左右の扉の取っ手には針金が巻きつけられて固定されていた。真奈美は、入口から五メートルほど離れたところの壁を指差した。
「あそこのトタンがはがれるようになっていて、そこから入れるんです」
真奈美が壁のトタン板を引っぱると、まるでのれんのようにめくれた。中は真っ暗で、花子の目でも何も見えなかった。
「青い顔をしているな、よほど怖いと見える」
「もちろん、怖いです」
オクリの言葉に、真奈美は声をひそめて答えた。
「でもあたしだって妹が心配ですし、オクリさんやハナちゃんがついてくれるから――」
「人間もだが、お前もだ」
オクリがこちらを指差した。
「ハナちゃん……?」
真奈美は少し困ったような顔を向ける。
「ハナちゃんも怖いの、お化けなのに?」
「お化けじゃなくて妖怪だけどね」
冗談めかしてはみせたものの、脳裏にはこの間の経立の悪夢がよぎっていた。
一同は壁の穴から工場に足を踏み入れた。真奈美がペンライトで辺りを照らす。天井までは一〇メートル近くあるようだ。巨大な円柱型のタンクが二つ並んでいるのが見える。タンクの高さは五メートルくらいだろうか。辺りは静かで、割れたガラス窓から入ってくる風の音以外は何も聞こえない。花子は、不思議とこの空間が嫌いではなかった。なぜだかは分からないけど、居心地のよさすら感じる。
「俺が先にいくから、人間は後ろについて案内しろ。花子は人間の後ろにつけ」
立ちどまってしまった女子二人を見かねて、オクリが指示を出してくれた。
「あたしと香奈美はまず、その壁のとこを左に曲がって応接室にいったんです」
「何を思ってこんなところに入ったのだ?」
オクリが歩きだす。足元にはガラスが散乱していて、歩くたびにぱりぱり音が響いた。
「友達と、きも試ししてたんです。まず始めに友だちが二人で入って何ごともなくもどってきて、次にあたしと香奈美が入ったんですけど、途中ではぐれちゃって――」
オクリは応接室の扉の前でとまった。応接室は、工場の中にプレハブ小屋を直接おいたような簡素なものだった。窓には木の板がはられて何も見えない。
「香奈美、調子に乗って勝手に先にいっちゃって――」
オクリは応接室の戸をゆっくりと開け、中を見回したあと入っていった。花子たちもあとに続いて、部屋を見渡す。黒いソファが二つと茶色いテーブルが一つおかれた、何の変哲もない応接室だ。両方ともほこりで白くなっている。壁ぎわのガラス棚はこなごなになってくずれていた。その下には額縁入りの表彰状や金色の表彰用カップがいくつか落ちている。オクリはソファやテーブルの下をのぞきこんだあと、部屋のすみの食器だなを開けていく。
「誰もいないか。次は?」
「あの大きな機械の周りをぐるっと回って外に出ました。その途中のどこかで香奈美とはぐれて――」
花子と真奈美は、オクリのあとに続いて部屋を出て、タンクの下へ向かった。二つのタンクの周りには、二メートルほどの高さの立方体の機械がいくつもあった。立方体の機械同士はベルトコンベアで結ばれ、タンクを取り囲んでいる。
「俺は人間の工場にくわしくないのだが」
オクリは立方体の機械の中を次々にのぞいていく。
「人間は紅花から染料を作るためにここまで大がかりな機械を使うのか」
確かに、やっていることに対して機械が大げさすぎる気がした。
「……ここが染料工場じゃないってことですか?」
真奈美が訊ねた。
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