【第一三話】死骸の山
花子は、杖をオクリに向かって放った。
「えっ、ちょっと何やってんの信じられない!」
スネコスリはあわてふためいたものの、その場から動けないようだ。オクリは少し目を丸くしたが、足元に落ちた杖には興味がないようだった。杖を手放すと、杖から力をもらった時と同じような自信が、なぜだかまたわきあがってくるような気がした。その自信は、手放したはずの杖から与えられている気すらする。
「少しだけ、私の話を聞いてください」
返事はなかった。オクリは無表情のまま、花子を見おろしている。
「オクリさんはずっと昔から、眠った状態でこの村で祀られていたんですよね? そして、三〇年くらい前に目覚めてから村を守るようになった。私たちを攻撃したのも、村を守るためですよね?」
「何を今さら」
オクリは相変わらず表情を変えなかった。
「小杉村はもうないんですよ、ずっと前に廃村になったんです」
彼の後ろで、黒い人影が無数にうごめいていた。手に手に農具を持ち、男とも女とも、老人とも若者ともつかないうめくような声をあげている。
「意味のないことをわめいて時間を稼ぐのもほどほどにしたらどうだ」
オクリに肩を押され、壁に押しつけられる。村人が歓声をあけた。そのまま首に手を回され、宙づりにされる。息ができない。のどがつぶされそうだ。
「ぐ……、やめて、お願い――」
杖から与えられていたはずの自信が抜けていく。
花子は、手にした能力に興奮して目がくらんでいた自分に気がついた。まともに戦って勝てる相手ではないはずなのに、今まで何を思いあがっていたのだろう。本当に殺されてしまう。もう限界だった。恐怖に任せてさけんだ。
「だって、だって……おかしいですよ、こんなの!」
視界のすみで、スネコスリが杖を拾うのが見えた。
「動くな。ここでこいつを殺して、お前から話を聞くことにするか?」
スネコスリは肩をすくめて、杖を地面においた。
「だって、だって――」
花子は大声でさけび続ける。
「住めるような建物が残っていない廃村に、こんなにたくさん人がいるなんておかしいじゃないですか! それに、全員私たちが見えるなんて!」
オクリの手がゆるんだ。花子は肩から地面にたたきつけられる。
「いっ……!」
杖がないからか、これだけでもさっきより痛みを感じた。
「花子ちゃん!」
スネコスリがすかさず杖を投げる。花子は杖を受けとめて急いでふった。オクリが怖いからではない。村人に対して恐怖を感じたからだ。また全身に力がみなぎってきて、体中が淡い光に包まれたかと思うと、肩の痛みが消えていった。オクリは、花子ではなく村人へと歩み寄っていく。
「人間、お前たちは俺の姿が見えるのだろう」
彼の声はうわずっていた。村人たちは一斉にうなずいた。
「禰宜だけでなく、なぜ、みんな俺の姿が見えるのだ」
村人たちは微動だにしない。
「おかしな話ではないか、確かにこの村にはまともに暮らせるような家など残っていない。お前たちが大勢集まっているのを見ても今まで何とも思わなかったが、なぜここまであれ果てた村に、これだけの人間がいるのだ」
オクリが急にふり返ったのでびっくりしたけど、どうやら花子の後ろにいる村人を見ているようだった。
「おかしい、なぜ俺は三〇年もの間、そんなあたり前のことに気づかなかった」
落ちつかない動作で、自分を取り囲む村人をにらみつける。
「何者だ、お前たちは、俺に、何をした」
村人の群れの中から、しゃがれた笑い声がした。あの禰宜だ。顔をくしゃくしゃにして、お腹を抱えて笑っている。つられるように、他の村人も一斉に笑いだした。みんな顔をくしゃくしゃにして、悲鳴のような笑い声をあげていた。
「化け物め」
オクリは妖怪らしからぬことをいったあと、花子をにらみつけた。
「これはどういうことだ」
「わっ、私、知りません! ほんとに何も知らないんです、ただ、オクリさんが明らかにだまされているようだったから――」
オクリは天井に向かってほえると、白い狼に姿を変えた。かぎ爪と、口からのぞく白い牙が花子の翼の光を鈍く反射している。オクリは周囲を威嚇するように向きを変えながら、低くうなった。すべてを敵視し、一歩でもこちらに近づいてきたらかみ殺してやるという殺気を感じた。花子はそっとオクリから離れる。飛びつかれたら、杖があってもかなわないかもしれない。
(だけど、オクリさんも、黒媛さんみたいに救うことができるかもしれない)
村人たちが何者なのか分からないけど、オクリをだまし、利用しようとしているのは間違いなかった。でもそれを、今まで村人と共に生きてきたオクリに、どう伝えればいいのだろう。下手をしたら花子が敵と見なされて、かみ殺されてしまう。
「……スネコスリ、こっち」
花子は、周りを刺激しないように注意しながら唯一の味方を呼んだ。スネコスリはこちらに走ってきて肩に飛び乗った。
「オクリさんを助けるにはどうしたらいいと思う?」
「お人よしだね、殺されるかもしれないってのに」
目の前の白い狼は、強い怒りと困惑、そしておびえの混じった目で花子や村人を順番ににらみつけていた。
「村人の正体を暴ければ、オクリ君も納得してくれるんじゃないかな――例えば、正体をあざむく余裕がなくしてやればいいと思うよ」
スネコスリは意味深げにいった。この杖で何ができるのかは、自然と分かっていた。
花子は村人の方を向くと杖を左手に持ち替え、矢を引くような動作をした。杖が大きくしなり、薄桃色をしたとげのような光が村人(モンペをはいた白髪の老婆だった)へと飛び、ひざの辺りに突き刺さる。オクリが身を引いて、花子をにらみつける。村人が傷つけられても怒らないのは、花子と村人どちらを信じていいのか迷っているせいだろう。村人は足を押さえてうずくまる。みるみるうちに服が茶色く変色し、毛羽立っていった。
「スネコスリ、あれ――」
「やるじゃない、大あたりだね」
オクリも花子から老婆に視線を移した。老婆はみるみる小さく、黒くなっていき、その場で足を押さえてうずくまった。そこにいたのは、しわだらけの小さな猿だった。スネコスリがオクリにいった。
「オクリ君、これが村人の正体だよ。人間じゃなかったでしょ?」
「どういうことだ」
オクリは、村人に向かってほえた。
「なぜ人間のふりをしていた!」
村人たちは答える代わりに、一斉に正体を現した。そこにいたのは、しわだらけの小さな猿と、鶏の群れだった。そして、猿と鶏の群れの中に、一人だけ人間がいた。あの禰宜だ。
「答えろ!」
オクリは猿と鶏をかきわけ、禰宜に近づこうとする。禰宜はまったく怖れることなく、顔をくしゃくしゃにしてほほえむと、手をぽんとたたいた。次の瞬間、猿と鶏が花子たちに襲いかかってきた。花子の両手両足、体中にびっしりとしがみつき、爪でかきむしってきた。ふり払ってもふり払ってもきりがない。猿も鶏もやたらと爪が長い上に力が強くて、暴れれば暴れるほど爪が食いこんできた。数が多すぎてどうにもならなかった。数の暴力で押し倒され、のしかかられ、身動きが取れなくなる。
「杖だ、杖を使って!」
肩の辺りでスネコスリの悲鳴のような声がした。オクリも、地面に転がりながら猿たちをふりほどこうとしている。花子はまた、杖の使い方を理解していた。右手に持ち替えて一ふりすると、杖は、うす桃色に輝く刀に変わった。まるで木の棒のような軽さだ。自分を踏みつける妖怪たちをなぎ払って何とか立ちあがり、無我夢中で刀をふり回した。全身に猿や鶏の爪が食いこんで痛くても、目の前で猿や鶏が両断されるのを見てはき気をもよおしても、やけくそになってふり回し続けた。
「ストップ、ストップ!」
肩の上でスネコスリの声がした。途中から目をつぶって刀をふり回していた花子は、そっと目を開く。強烈なはき気とめまいがして、卒倒しそうになった。そこにはばらばらになった無数の猿や鶏の亡骸が転がっていた。腕や服は返り血で真っ赤になっていたけど、刀には血の一滴もついていなかった。持ち主の心情を理解したのか、刀が元の杖にもどる。花子は、足に力が入らなくなってへたりこんでしましった。
「これ、私が……」
「半分は俺だ」
人間の姿にもどったオクリが、死骸を踏みつけながら近づいてきた。
「やらなきゃやられる状況だったし、花子ちゃんは悪いことはしてないよ」
肩に乗っているスネコスリは、ところどころ毛がむしられてはげているものの、大したけがはなさそうだった。
(私、妖怪を殺したんだ。こんなにたくさん、何で、こんなことに――)
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