【第一二話】狂気うずまく小杉村
花子はうなずいた。杖を抱え、肩にスネコスリを乗せたままオクリに近づく。
「何だ」
オクリはゆっくりとこちらに目を向けた。彼の目は黄金色に光り、まるで凶暴な肉食獣のようだ。近寄ることすらためらわれるような、強烈な威圧感を感じる。
「あ、あの――」
花子は気圧されながら口を開く。
「本当に何もしていないんです。私たちは、ただオクリさんに会うためにここにきたんです」
「それなら、なぜ人間が怒っている?」
オクリの声は静かだったけど、相手をたじろがせる強い力を持っていた。
「一二年前だ。妖界から、人間を誘拐して金もうけをしている連中が訊ねてきた。何らかの方法で俺の居場所をかぎつけたのだ。俺は仲間になるのを断った。そうしたら、連中はここの村人を人質にしようとした」
オクリはここで、花子をその人さらいとでも思っているかのようににらみつけた。
「だから、俺は連中を皆殺しにしてやった」
「私たちはそんなんじゃ――」
「八年前だ」
オクリは、花子の釈明をさえぎった。
「この辺りには良質な大木が多く生えている。それに目をつけた材木屋が、この村の住人に嫌がらせをして追い出し、木をことごとく切って持ち去ろうとした。だから、材木屋が村の家に火をつけようとしているところに、切られた大木をたたきつけてやった」
「でも、私たちは――」
「なぜ俺がこの話をしたか分かってほしい」
オクリは再び花子の話をさえぎった。
「俺はこの村に恩がある。だから、村を守るためには何者にも容赦しない。それを理解し、二度とここの土を踏まないと誓えば、命だけは取らないでやるといいたいのだ」
「分かった、帰ってやるよ」
サガリ警部は甲高い声でいななくようにいった。
「だけど悪いのはそっちだからな。警察なめんなよ、あとで痛い目にあうからな、絶対に――がっ!」
サガリ警部が倒れた。オクリのせいではない。スネコスリが警部の後頭部に石を投げたのだ。
「ほんとごめんね、うちの上司かっとなると周りが見えなくてさ。ぼくが代わりに謝るよ」
スネコスリが、両前足をすり合わせながら頭をさげた。
「今すぐ立ち去るよ。もう二度とここにもどらないと誓うからさ」
「絶対にだな」
オクリが低い声で念を押す。
「うん。じゃあ、おじゃましました。花子ちゃん、警部を持ってあげて、体がないからそう重くないはず――」
スネコスリの言葉が途中でとまった。
「あのさ、オクリ君?」
あくまでにこやかにスネコスリはいった。
「あまり村人に囲まれてると、ぼくたち帰れないんだけど」
「俺は、お前たちを見逃してもいいと判断した」
オクリは村人を見回した。
「だが人間たちはそう思っていないようだ。そうすると、やはり俺はお前たちを帰すわけにはいかなくなる」
オクリの目が花子をとらえる。今まで廃村同然だったのに急に大勢の人間が現れて、しかも、みんな花子たちを目視できる。そんなことはありえなかった。冷静に考えるまでもなく、あれは人間ではない。今花子たちは、悪意を持つ妖怪に取り囲まれているのだ。
「今すぐ命を取ろうといっているのではない、殺してしまってはお前たちが何をしたのか訊けなくなる。こっちへこい」
オクリが手招きする。着物の隙間からのぞいた腕は太く筋肉質だった。一度つかまれたらそうそう逃げられないだろう。花子は、オクリの目を見てはっとした。
(初めて会った時の黒媛さんに似てる)
花子は、大人しくオクリについていったあとのことを想像する。
(少なくとも今はまともに話が通じる相手じゃない。今までだって、オクリさんは私の話を全然聞いてくれなかった。もしついていって尋問された時、本当のことを話してもたぶん信じてくれない。最後は殺されてしまうかもしれない。でも、話さないと――)
「ねえ、もう少しオクリさんを説得してみてもいい?」
スネコスリはうなずく。
「対等に交渉できるのは君しかいないからね。警部はぼくが預かっとくよ」
スネコスリは肩からおり、のびているサガリ警部の頭の上に乗った。
花子は、オクリに深く頭をさげる。
「……ごめんなさい」
突然謝られても、オクリの表情に変化はない。
「私たちはあなたについていくことはできません。だって、本当に何もしていないんです。ただオクリさんに会った以外は、何も。だから私はオクリさんや村の人たちに怒られる筋合いはないし、あなたについていく気はありません。もしついていっても、私は『何もしていない』としかいえないし、そんなこと私がいってもあなたは信じてくれないでしょう?」
「当然だ。みんな、これほどまでに怒っているのだから」
オクリはこちらへ歩み寄ってくる。
「情けをかけたのが間違いだった。痛い目を見ないと分からないのか?」
近づいてきたと思ったら、肩を思いきり突き飛ばされて尻もちをついてしまった。オクリに見おろされる。怖くて、体がいうことを聞いてくれない。
「何やってるの、早く杖をふるんだ!」
スネコスリがあわててさけぶ。
(ふれっていわれてもどうすればいいのか――)
花子は尻もちをついたまま、やけくそになって杖をふる。杖を持つ手から全身に力がいきわたり、目の前をあわい光が包みこんだ。オクリは後ろに大きく飛んで距離を開けた。花子は反動をつけて起きあがる。翼が勝手に開き、かすかに桃色に輝いていた。
「……何者だ、お前は」
オクリがあとずさりして身がまえる。よく分からないけど、彼に恐れを抱かせるほどの何かを、今の自分は放っているようだ。
「自分でも、自分が何者かよく分からないんです。ただ、私たちはオクリさんと話をしにきただけで、悪気はないんです」
「信じるものか。まんまとだまされた、本当に危険なのはあの馬面ではなくて、お前だったのか」
黒媛の時と同じように説得できないかと思ったけど、逆に警戒されてしまった。オクリがこちらへ突進してくる。右腕をふりかぶったオクリを翼で払いのけ、そのまま背中に力をこめてサガリ警部のところへ飛んだ。
「やっぱり話が通じなかった、逃げよう!」
「やれやれ、警部のせいで面倒なことになったよ」
「私は悪くない! 私のせいじゃない!」
警部はいなないて、頭上のスネコスリをはねのけた。
「いつ起きたんですか?」
「君が杖を使うちょっと前くらいだよ、それより上司に向かって石を――」
「そんなことより、逃げようよ」
スネコスリは花子の肩に飛び乗って、オクリや村人の群れを指差した。
「そうするかね。覚えておくがいいさ、生意気な小僧め」
警部は首の下から伸びている血管のような触手を伸ばして頭上の木の枝をつかむと、猿のように村人の頭上を乗り越えて去っていった。
「やれやれ、部下と子どもをおいて先に逃げちゃって――しょうがないな、任せたよ花子ちゃん」
花子はうなずいて、突進してきたオクリを思いきり翼ではたいてひるませ、木の枝を蹴散らしながら一気に上へ飛び立って、樹海の上に出た。
どうやらここは、四方を山に囲まれている盆地のようだ。どこを見回しても木ばかりで、人間の住んでいる様子はない。空にはたくさんの星がまたたいていた。
(どこ、どこに逃げれば――)
「さっき通ったトンネルはあそこだよ、ちゃんと見て!」
スネコスリが指差した先に、小高い山があった。その下にぽっかり穴が開いている。花子は翼をはばたかせ、トンネルを目指した。杖のおかげなのか、空をひとかきするだけでぐんぐん加速していく。
(すごい――)
こんな時なのに、花子は自分が手に入れた能力に少し興奮していた。今まで見てきた魔法少女ものの作品の主人公も、初めて自分の中に秘めていた力にふれた時、こんな気持ちだったのだろうか。
「サガリ警部、大丈夫かな」
「平気でしょ、彼はしぶといからね」
スネコスリは本当に心配していない様子で答えた。花子はトンネルめがけて一気に滑空する。相変わらずトンネルの中は真っ暗で、妖怪の花子でもほとんど前が見えない。頼りになるのは翼や杖から出る明かりだけだ。その時、後ろから何かが風を切ってせまってくる音がした。
(何かがくる、追いつかれる!)
ふり向こうとした矢先、わき腹に強い衝撃を感じた。バランスをくずして空中で回転し、後頭部から地面にたたきつけられる。そのまま転がって、トンネルの側面にぶつかってようやくとまった。すぐにおきあがってスネコスリを探す。お腹と肩が鈍く痛むけど、動くのに問題はなさそうだ。
(不思議とそこまで苦しくない、これも杖の力のおかげなのかな――)
「花子ちゃん、後ろ!」
五メートルくらい前に立っていたスネコスリがさけんだ。毛を伸ばしてしっかりと身を守っていたようだ。
「危うく逃げられるところだった」
背後には、息を切らした白い狼がいた。
「もしかして、オクリさん……?」
オクリは人間の姿にもどると、花子の背後に回りこもうとする。花子も、オクリに合わせて向きを変えて背中に回られないようにした。花子の背後から、人のうめくような声が聞こえてきた。村人の群れがもう追いついてきたようだ。群れは黒い大きな一つの生き物のように、花子とスネコスリ、そしてオクリを取り囲んだ。
「捕まるか、ここで死ぬか、選んでほしい」
オクリと目が合う。花子の翼の光に目がくらんだのか、顔をしかめて目を細める。花子は確信した。
(……今なら話が通じる)
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