【第一一話】ぽとりと腕が落ちた
「君はオクリ君、人間界の青森県出身、男性、六四歳で間違いないね。君は他の妖怪よりもはるかに強い潜在能力を秘めている。その力を開花させ、世のため人のために役立ててみたいと思わないかね?」
「俺は自分の年齢を知らないから合っているかは分からないが、どうして俺のことを知っている?」
少年――オクリはサガリ警部の質問を受け流して、逆に質問を返した。
「警察だからね。君の戸籍を調べさせてもらっただけだよ」
「戸籍――一五年ほど前に国勢調査とやらで妖怪がここにきたが、あれか」
「オクリ君はだいぶ浮世ばなれした生活を送っているようだけど、ずっとここで神様をやっていたのかね?」
「この神社の下に鉄の釜があって、俺はそこで目覚めた。目覚めたのは、三〇年ほど前だったかと思う。なぜ人間界の釜の中にいたのか、眠る前に何をしていたのか、どれくらい眠っていたのか、分からないし覚えていない。ただ、釜の上にこの神社があって、それが俺を祀るものだということは分かった。俺は目覚めてからずっとこの村で暮らしてきたし、村から出たこともない。過去にはここをおとずれ、妖界に移住することを勧めるやつもいたが断った。今の生活に何の不満はないからな。ひまつぶしに読むものや野菜や果物は人間が持ってくるし、肉が食いたければそこらのイノシシかタヌキを捕まえればいいから、何も不自由はしていない」
「おいしいよねえ、タヌキ」
スネコスリが口をはさんだ。
「別に人間は好きでもなければ嫌いでもない。ただ、祀られていれば食べ物も手に入るし、悪い気もしない。見返りとして俺はこの村を守っている。それだけだ」
「やっぱりね」
サガリ警部は一見親しげに見える作り笑いを浮かべた。
「オクリ君がただの妖怪ではないという私の予想は正しかったようだね。釜の中で目覚めて、昔の記憶がないだなんて――オクリ君、君は自分の正体を知りたくはないかね?」
「何をたくらんでいる?」
オクリが不快そうに警部をにらんだ。
「戸籍を見た時にぴんときたんだ――君はこんな廃村で終わる器じゃない。私が協力するから、自分の正体を突きとめたいと思わないかね? ひいては、その力を世の中の役に――」
「興味ない」
オクリは一言で切り捨てた。
「過去なんてどうでもいいし、知らないやつの役に立ちたいと思うほどお人よしではない。お前たちの用はそれだけか? そうなら、帰ってくれ」
「そうか、それは残念だけど君の気持ちを考えると無理強いはできないよ」
警部は未練がましくいって立ちあがり、名刺を出した。
「勝手にお邪魔した上に気分を害したみたいですまなかったね。もし気が変わったら連絡してくれたまえ。妖界にいってからこの電話番号にかけてもらえば、すぐにむかえにいこう」
「床においてくれ。気が向いたらあとで確認する」
オクリはそういうと、扉を開けて外を示した。
「まったく、生意気なもんだ。神様神様と奉られて天狗になってるんじゃないかね? こんな廃村のちっさい掘っ立て小屋みたいな神社に住んでるくせに」
外に出ると、警部はさっそく悪態をついた。
「『天狗になってる』なんていうと、差別的な表現だって妖権団体からしかられるよ」
スネコスリが上司をたしなめる。花子はというと、正直ほっとしていた。
(無駄足だったけど、よかったのかもしれない。オクリさんは警部に利用されずにすんだし)
「あっ、どうも先ほどは失礼しました」
警部が頭をぺこぺこさげだしたので前を見ると、先ほどの老人――禰宜が傾いた家から出てきたところだった。手には鎌を持っている。
「いや、神社の方拝見させていただきましたよ。大変参考になりました――」
「危ない!」
スネコスリがさけぶと同時に、禰宜が警部に向かって鎌を投げた。鎌が警部の左腕を切断する。
「いや……!」
花子は立ちすくむ。目の前にぽとりと腕が落ちた。
「落ちついて、大丈夫だよ警部は」
スネコスリが花子を気遣うようにささやいた。
「なっ、何するんだ!」
警部は右手でズボンの後ろを探り、ベルトに固定された拳銃を取り出した。確かに、痛がる様子もなく元気そうだ。
「私は警察だぞ! 警察に逆らったらどうなるか分かっているんだろうな! 逮捕だ、首をつれ、死刑にしてやる!」
「警部、物騒なこといってないで逃げよう! 今さらだけどさ、やっぱりこの村おかしいよ!」
拳銃を片手でかまえる警部に、スネコスリが忠告した。
「嫌だ! 何もしていない私が、正義の警察である私が危害をくわえられたんだぞ!」
(警部、本当に器が小さいな――)
こんな事態だけど、警部の激昂ぶりにあきれてしまってだいぶ恐怖がうすれてきた。
「花子ちゃん、警部から拳銃を取りあげてよ。人間を撃っちゃうのはさすがにまずいよ」
「……やってみる」
花子は背中に力をこめて翼を伸ばし、警部の背後から右手をはじいた。拳銃が手を離れ、遠くのしげみに飛んでいく。
「何するんだ花子ちゃん!」
警部はいななくと、拳銃の飛んでいった方に走り、屈んで拳銃を捜し始めた。老人がこちらを一べつしたかと思うと、次の瞬間獣のように距離をつめてきて、花子の首を両手でしめあげてきた。
「ぐっ……」
老人とは思えない力だ。花子の足が地面から離れる。スネコスリが老人の手にかみつくと、老人は手を放して反動で尻もちをついた。花子はせきこんで涙をぬぐう。
「けがはしてない?」
スネコスリが老人から飛びおりて走ってきた。
「ありがとう、サガリ警部は?」
「ここだここ!」
一〇メートルくらい離れたしげみの中に警部が立っていた。
「ははは、やっと見つけたよ拳銃を!」
警部は拳銃をかまえたまましげみの中を歩いてきた。老人は起きあがると警部に近づいていく。花子と警部、どちらを先にねらうべきか分かったようだ。その時、警部の背後に人影がせまるのが見えた。
「警部、後ろです!」
間に合わなかった。警部の胴体が真っ二つになり、くずれ落ちる。花子は声にならないさけび声をあげてうずくまる。
「だから大丈夫だってば」
スネコスリがあきれたようにいった。
「くそ、この体がどれだけすると思ってるんだ、半年分だぞ半年分」
警部の首が胴体から外れた。生首だけの警部は首の下から血管のようなものを伸ばして頭上の木をつかみ、反動をつけて老人の上を飛び越え、花子のとなりに着地する。
「体を壊された以上仕方ない、残念だが一度帰ろう。近いうちにもどってきてこいつらをまとめてブタ箱にぶちこんでやる」
「こいつらって」
花子は老人の後ろに目をこらした。そこには大勢の人影がひしめいていた。木の影に隠れていて人数は分からないが、一〇〇人はくだらないようだ。
「帰るっていってもどうやってここから逃げるのさ、後ろにもいるよ、たぶんぼくら、囲まれてる!」
スネコスリが警部の頭に飛び移った。
「花子ちゃんならどうってことないだろう、これさえあれば」
警部は、首の下に生えている大量の血管の隙間から杖を取り出した。
「ぎゃ」
「変な声を出さないでくれないかね。私は勝手に逃げるから、君もけがしないようについてくるんだ」
その時だった。
「うるさいと思ったら、お前たちか」
見あげると、近くの木の幹の上にオクリが立っていた。一目見た花子が首をすくめてしまうほどの殺気を、体中から発散させている。
「これまでも、この村を乱し、俺の力を悪用しようとするやからがきたが――お前たちもそうか」
「ははは、やだなオクリ君。おじさん悪い妖怪じゃないよ!」
悪い大人の代表みたいなサガリ警部がなれなれしく笑いかけた。オクリは飛びおりて村人を見回す。
「みんな殺気立っているではないか。何をした、この村の人間に」
「何をいっているんだね、何もしてないのに村人たちに体を壊されたんだよ!」
警部はかっとなっていい返す。
「……花子ちゃん」
スネコスリがまたこちらへ飛び移ってきた。
「警部じゃ話がこじれる、君が話した方がいい」
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