4話
森での採取と実験を終えた数日後、ルシアンは再びギルバートの追跡を鮮やかに撒き、市井の職人街へと足を運んでいた。
今回の目的地は、鉄と煤の匂いが漂う一角に暖簾を掲げる blacksmith——鍛冶工房である。
「……おいぼうず、ここはガキが遊びで来るところじゃねえぞ。怪我しねえうちにさっさと帰りな」
店奥から顔を出したのは、腕太く体躯のデカい、見るからにおっかない顔つきのベテラン鍛冶職人だった。
ルシアンを迷子か何かだと思ったのだろう。
しかしルシアンは物怖じひとつせず、愛らしい笑顔で店先の棚を指さした。
「おじさん、この安価な『なまくら剣』を二本買いたいんだけど、いいかな?」
出されたのは、冒険者が使い捨てにするような、ろくに鍛えられてもいな鉄を打っただけの安物剣だ。ルシアンはポケットから冒険者ギルドで売却した魔石の金貨を素早く取り出し、おやじの手のひらにポンと置いた。
「金はあるか……なら文句はねえが、そんな安剣二本も持ってどうする気だ?」
ルシアンはおやじの視線を受けながら、二本の剣を目の前の作業台に並べた。
そして、市井の付与師の手元や本で読んだ理論、さらには前世の「分子構造の密着」という知識を組み合わせ、小さな両手をそれぞれの剣にかざした。
(普通の付与魔法は、表面にルーンを焼き付けて属性を載せるだけ。でも、それだと摩耗するし刃こぼれもする。……なら、金属の内部構造そのものに魔力で『自己修復の波長』と『硬度固定』をダイレクトに組み込んだらどうなるだろう?)
「——【自己研磨・耐久固定(セルフ・シャープネス & デュラビリティ)】」
ルシアンの小さな手から、澄んだ蒼白の魔力が溢れ出した。
その魔力量と、あまりに精密な魔力制御に、おっかない鍛冶屋のおやじの目が突如として大きく見開かれた。
「な、なんだと……!? 道具もルーン刻印の筆も使わずに、素手でダイレクトに魔力を定着させているだと!?」
一瞬にして二本の安剣が淡い光に包まれ、やがて光が収まると、見た目こそ元の安剣のままだが、刀身から漂う「気」が完全に変貌していた。
ルシアンは一本を持ち上げると、試しに作業台の脇に転がっていた鉄くずの塊に向かって、ほとんど力を入れずに振り下ろした。
スキュン!
バターでも切るかのように、分厚い鉄くずが滑らかに二つに切断された。
刃先を確認しても、傷ひとつ、刃こぼれひとつついていない。研ぎ直す必要すらない状態だ。
「よし、大成功! 一本には『どれだけ切っても研がなくていい切れ味保存』、もう一本には『衝撃に耐えて折れない強力な剛性付与』をかけてみたよ!」
ルシアンが満足そうに二本の剣をおやじに向かって差し出すと、おっかない鍛冶屋のおやじは顎が外れそうなほど口を開ぐり、固まっていた。
「ば、バカな……! なまくらの鉄剣が、国宝級の魔導剣に化けてやがる……!? おいガキ、いやぼうず! お前、一体何者だ……!?」
「ただの魔法の勉強が好きな男の子だよ! じゃあおじさん、実験に付き合ってくれてありがとう!」
驚愕する鍛冶屋のおやじを置き去りにして、ルシアンはルンルン気分で工房を後にした。
戦闘のためではなく、「魔法で金属の性質をどう変えられるか」という好奇心を満たせただけで、ルシアンにとっては最高のひとときだったのだ。




