第6話 泣いてた?
フェネクスが商品を持ち帰りやすいように、袋詰めしよう。期限の近いものから召し上がっていただきたいから、商品の種類別ではなく、鮮度別にまとめた方が親切だな。箸とスプーンとフォークは、……まあ、住んでいるところにはあるだろうけど、一袋まるっと入れておこう。
「フェネクス様一人で持ち帰られます? 俺がついていきましょうか?」
「オマエはついてこなくてもいい。一号と二号をこちらに向かわせている。……ほら、来た」
ドアの前にゴーレムが二体。なんとなく地面が揺れていたのは、ゴーレムが近付いてきていたからか。俺の体調不良が原因じゃなくてよかった。
ゴーレムな彼らはフェネクスの部下たちか。俺が会話した『パスカルダンジョン』の守衛のゴーレムは何号だろう。
「何か持ってきてますけど」
どちらが一号でどちらが二号なのかが俺にはわからないが、向かって左側は大人がすっぽり入れそうな大きさの麻袋を持ってきていて、右側はシングルベッドほどの宝箱を運んできている。さっき、フェネクスは『ゴーレムに運ばせよう』と言っていたな。
「金とアイテムボックスを持ってこさせた。黄金都市ピタゴラ製の純金だからな」
「きん……?」
「クライデ大陸の通貨とそちらの世界の通貨の価値が判明していない以上、商品の購入代金としていくら準備したらいいのか、オレサマにはわからねぇ。金なら、オマエたちの世界でも価値のあるものだろう? だから、カネの代わりに金を置いておく。文句はねぇな?」
文句はないどころか、あの麻袋に金が目一杯詰まっているのであれば、絶対に金の方が高い。受け取っちゃっていいのか? いや、いいのか。購入代金としてだから。やばい。事務所の金庫に入りきるかな。
売り上げをどうやって立てようか。金でのお支払いだから、いったんはレジを通し、現金で購入されたことにして計上し、換金したあとで違算をプラスマイナスゼロにする……しかないか。この『あとで』は無事に元の世界に帰ってからになるだろう。こちらの異世界――クライデ大陸だと、金を日本円に両替できなさそうだし。
参考までに、日本円の一式をフェネクスに預けておこう。一円、五円、十円、百円、五百円の硬貨と、千円札、五千円札、一万円札。どう違うのかをよく見ていただいて、判断していただきたい。
店の金ではなく俺のポケットマネーだ。帰る時には返してもらう。店の金は店の金だからな。俺が勝手に使ったら着服だよ。
「アイテムボックス、というのは?」
もう一方の宝箱の方に話題を振る。いや、宝箱に入っている方が金か? どっちがどっち?
「あの箱が置けるような場所に、オレサマとゴーレムを案内してくれ。商品を持ち帰れるように準備している間に、オマエが発注した商品がアイテムボックスに納品されるように、オレサマが設定しておいてやるからよ」
「そんなことができるんですね?」
驚くことじゃあないか。この領主様は、異世界から『コンビニエンスストア』をまるっと移転させるような魔法が使える。流通ルートの確保もそりゃあまあ、できるか。魔法ってすごい。
「商品が届くようになりゃあ、何度も言っている『金』の問題だけになるよな?」
「他にもありますけど……」
「なんだ?」
ぎろりとにらまれて、俺は肩をすくめる。こちらの世界に来たのは俺と、市寸島さよりさんと、安藤モアさんの三人。三人で毎日二十四時間営業はできない。俺は「やれ」と言われたらやるしかないが、市寸島さんは希望のシフトは週三日だし、モアさんは学業の都合上で夕勤のみだし。二人には無理をさせられない。もし仮に二人だけ先に帰れるようになったとしたら、俺は喜んで送り出すだろう。苦労するのは俺だけでいい。
「とりあえず、開けますね」
俺はドアを手動で開けた。麻袋はレジカウンターの内側に置いてもらおう。アイテムボックスは、うーん……事務所に置いたら邪魔だよな。ウォークの中でいいか。俺が持ち上げると腰を壊しそうだから、台車の上に置いてもらおう。動かせるようにしておかないと、ウォークでの作業中に邪魔になる。いくら広いとはいえ。
「アイテムボックスは、ウォークまで運んでいただきたいんですが」
『ヘイ、ボス』
バックルームのスイングドアを開ける。市寸島さんはまだ電話していた。振り向いて、ゴーレムと目が合ったらしい。首だけで挨拶する。
「なんだ。娘がいるのか」
フェネクスは、ゴーレムの後に続いてバックルームへと入ってきた。アイテムボックスを設定する為だが、市寸島さんの姿を見て、俺の娘と勘違いした様子。
「えっ、あっ!? ……あっ! ごめんねっ! こっちの話! ううん、気にしないで!」
電話中の市寸島さんが反応してしまい、顔を真っ赤にしている。……ちょっと目も赤いな。気のせいか?
「違いますよ。こちらの市寸島さよりさんは、ウチの大事なスタッフ」
俺と、二十歳になったばかりの女子大生の市寸島さん。何も知らない人が見れば、親子に間違えられるか。市寸島さんのご両親は俺と同世代だもんな。
ところで、モアさんの姿がバックルームに見当たらない。トイレかな。バックルームにはまとめたゴミを捨てたり、タバコ休憩の為に外に出たりする用の従業員用出入り口があるけど、まさか一人で出かけてはいないだろうし。あとで電話してみよう。ご家族の話も聞いておかないと。
「オマエは独り身か?」
「今はそうですね」
今は、というか、もう結婚はしない。衰えていくばかりなのに、体力勝負のこの仕事を続けられるとは思っていない。だからといって、他の仕事を探せるような暇もない。家庭を支えるにはどうしても金が必要になってしまう。どこかの誰かと再婚して、妻に迷惑をかけるぐらいなら、貯金を崩しながら俺一人で生きていきたいな。拓三の独り立ちのタイミングによって、俺の引退時期も決まるだろう。
「ほーう」
「元の世界に、別れた妻との息子がいるんです。早く帰ってやらないと」
「帰れるかどうかはオレサマの気分次第だがな。で、どこが『ウォーク』なんだ?」
「ここです」
ウォークはドリンク類を保管しておく冷蔵庫だ。飲み物の陳列棚のちょうど裏側のスペースを指す。バックルームを経由して、右にある扉を開けた先。
深川南店のウォークはよその店舗より広い。見た目はちゃらんぽらんだが根は真面目で几帳面な理緒ちが綺麗に整頓してくれていたのもあって、難なくアイテムボックスを設置できた。ありがとう、理緒ち。バイト先が急になくなって大変だろうが、お前ならどこに行ってもうまくやれるさ。
「後はオレサマに任せとけ。オレサマの作業とオマエの準備、どちらが先に終わるか競争だな」
「よろしくお願いしますね。……棚の飲み物は勝手に飲んでもいいですけど、バーコードだけ取っておいてください」
「ん? ああ、わかった」
あとでまとめて会計する時にレジを通したい。中身を飲み干されてバーコードを捨てられていたら何を飲んだのかがわからなくなってしまう。
(さて、と)
俺だけがウォークから出てきた。買い取っていただくのはいいが、俺一人で一つずつ商品をスキャンしてから袋詰めをしていたら日が暮れる。できれば市寸島さんに手伝ってもらいたい。
(市寸島さん、泣いてたのかな)
目の赤さは、そうとしか思えない。けれども、女の子に「泣いてたの?」なんて聞いたら、きっと『デリカシーのない男』だと思われてしまう。これからどのぐらいの日々を共に過ごすことになるかもわからない上に、俺は同世代の若くてカッコイイ男の子でもない。異世界生活の初日から悪印象を持たれたくはない。取り返しのつかない事態になるかもしれない。
泣きたい気持ちはわかる。帰りたいもの。わかるよ。俺だって、泣いて解決するならいくらでも泣くさ。……だから、市寸島さんも俺の前では泣かなかったのかもな。さっきは泣かれなくてよかった、と思ったが、泣いている姿を俺には見せない辺り、人の気持ちをよく考えられる子なんだな、とも思った。
フェネクスの言葉通りなら、期待に応えて満足させるしか解決法がない。この解決法がわかっただけでも進歩だ。市寸島さんには伝えないと。そして、袋詰めを手伝ってもらおう。
「――今さ、店長いるから。またあとで、電話するね。うん。わたしはぜんぜん平気! うん! それじゃ!」
市寸島さんが電話を切った。俺が話したがっているのが伝わってしまったか。会話したいのはその通りなのだが、なんだか申し訳ない。
「先ほどの大きな女性が、パスカルの領主のフェネクス、らしい」
「わたしのこと、娘っておっしゃってましたね?」
いつも通りの、明るい調子で喋っている。そこが気になったか。
「拓三が高校一年生なことを考えれば、あり得なくはないかな」
「あと、なんか大きな宝箱を運んでいましたけど、あれはなんだったんです?」
「アイテムボックス、というらしい。詳しいことは、レジを打ちながら話すよ」




