第7話 アイテムボックス経由で帰れるんじゃない?
袋詰めを終えたら、二体のゴーレムたちが平等に分け合って、ビニール袋を持った。フェネクスはサイダーをいたく気に入ったらしく、ウォークと売り場にあったすべてのサイダーを追加で購入し、ゴーレムの背中にくくりつけている。
「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」
市寸島さんにフェネクスが突きつけてきた『帰還条件』を伝えると、意外にも「よかったー……」という安堵が返ってきた。お母様からの電話に出るためにバックルームに入って会話していたら、心配性なお父様とのやりとりになり、挙げ句の果てには『魔王を倒す為の冒険の旅』にまで発展していたらしい。
コンビニスタートでモンスター退治の旅に出ないといけないのなら、そりゃあ泣くわ。生きて帰れないかもしれないし。コンビニはだいたいなんでもあるけど、モンスターと戦えるような武器や、攻撃で受けるダメージを軽減してくれるような防具はない。旅じゃなくてよかった。オジサンの俺にはキツいよ。
すなわち、異世界に移転したとしても、俺たち従業員の仕事は変わらない。立地が変化して、客層も様変わり。だが、取り扱う商品ややるべき仕事は変わらない。
「オマエ、名前は?」
市寸島さんは、生まれて初めて見るはずのゴーレムを恐れず、それぞれにビニール袋を渡した。感心した様子で、フェネクスが市寸島さんに名前を訊ねる。
「市寸島、さよりです」
「サヨリか。いい好敵手となりそうだ。やはり、勝負事は競い合い、お互いを高め合う相手が必要、だな」
「ライバル、ですか? わたしが?」
フェネクスは白い手袋を外して、屈んだ。市寸島さんに握手を求めている。市寸島さんは「ちょっとよくわからないですけど……」と戸惑いながらも、応じた。
フェネクスの不敵な笑みは何を意味しているのだろう。こちらにも向けられている。
「参考資料は受け取った。本件は、父上も関心を寄せている。慎重に会議を進めるが、なるべく早く結論は出せるようにする」
俺の財布から捻出された参考資料こと日本円の硬貨と紙幣は、ビニール袋にひとまとめにして渡している。フェネクスはクライデ大陸の硬貨を俺にくれた。見たところ、日本円に近しい形状はしているが、描かれているデザインが異なる。
「かしこまりました。ご連絡をお待ちしています」
明日、対応が決定したとしたら、営業を再開できるのは明後日からになってしまうな。明日の発注〆切の時間までに発注を打てば、明後日の納品分が確定する。店内だったら携帯電話もつながるので、OTも通信できるだろう。
『ボス』
「あ?」
『重量オーバーです』
「オレサマが重たいだと?」
『ハイ』
フェネクスはゴーレムに飛び乗ったが、下ろされてしまった。結局、片方の荷物を増やして解決したようだ。俺と市寸島さんは一部始終を見守って、フェネクスと二体のゴーレムの背中を見送る。
「異世界一人目の常連客、ゲットですね」
「今度来たら、揚げたてのからあげ棒を食べさせるか」
「いいと思います!」
パスカルの領主様が退店したところで、もう一度、自動ドアにはカギをかけた。シェイブアイスみたいな名前の危険なモンスターがいる、っていう話は忘れていない。用心しないとな。
「久しぶりにこれだけすっからかんな売り場をみたな」
「わたしは初めてですねー」
普段ならば、陳列棚にはおにぎりやら弁当やらパスタやらサラダやらが並んでいる。現在、フェネクスがすべて買い取ってくれたおかげで、気持ちいいぐらい何も並んでいない。
こういう時だからこそ、棚を掃除しちゃおうかな。剥がれ切っていないテープとか、商品についてきていたシールがくっついた残りカスとかが目立つ。
「……そういや、俺たちの食べるものはどうしようか」
「あっ」
全部売ってしまった。いつもは廃棄を持ち帰って食べているのに、全部売ってしまったら廃棄は出ない。外に出てどこかへ食べに出かけられるような世界ではなさそうだし。
「いったん、ウォークのアイテムボックスを見よう」
俺は話を逸らした。あのデカい宝箱で、本当に納品されるのか。きちんとアイテムボックスに商品が納品されるのかの動作チェックはしておきたい。
明後日からの営業再開ができなかったとしても、発注は入れておく。このときは、俺たちの食べたいものを中心に選ぶとするか。
「そ、そうですね! あ!」
市寸島さんがぽんと手を打った。
「ウォークのおでんの在庫って、フェネクス様に売ってないですよね? 今日、おでんを作って、使い切っちゃいません?」
「おでんか。いいな。おでんパーティーだ」
これもフェネクスからいただいた金から支払おう。人の金でおでん。
「コンビニでパーティーができるなんて! わたし、楽しくなってきました! お酒も飲んじゃっていいですか?」
「飲めるの市寸島さんしかいないけど、いいよ」
「あれ? 店長は」
「俺は下戸だからさ……」
オーナーとの打ち合わせは、コンビニの近所の居酒屋であることが多い。昔なじみが経営しているお店だから、オーナーは気楽に話ができるそうだ。俺は周りにコンビニの常連客が多いから視線が気になるし、オーナーってとどのつまり上司だから、あれこれ注文するのも気が引けるし。さらには、酒を勧められても飲めない。体質的に合わない。ニオイだけでも気持ち悪くなってしまう。
ボジョレーヌーボーが解禁されるのは11月の第3木曜日。過去に、レジの前に並べたことがあった。お客様がうっかり倒してしまい、床にワインと瓶の破片が飛び散る事件が発生する。ついでに俺も倒れた。気付けば病院のベッドの上だ。情けない。この時は朝勤の鈴木さんに迷惑をかけてしまったな……俺があの場所に置かなければ、こんなことにはならなかった。
「あっ。そうなんですね。じゃあ、飲まない方がいいでしょうか?」
「気を遣わなくていいよ」
「そうじゃよ若人。宴は無礼講じゃ」
飯の話をしながら移動し、ウォークの扉を開けた先に、知らない女の子がいた。宝箱の上であぐらをかいていて、しれっと会話に紛れ込んでいる。お客様まで巻き込まれたのだとしたら、ウォークの中にいるのはおかしい。アイテムボックスを運び込んだ時に気付くだろう。
「不審者!」
市寸島さんは首から下げている防犯ブザーを握りしめて、離した。ここで防犯ブザーを作動させても、警備会社の人は異世界まで来られない。
「なんじゃ。妾を不審者などと申すか」
「どちら様でいらっしゃいます?」
俺は左腕で市寸島さんを押しのけるようにして、不審な女の子の前に立った。おかっぱ頭に麻呂眉で、着物っぽい服を着ていて、草履を履いている。
「妾は百。この匣の所有者よ」
「このアイテムボックスの持ち主は、フェネクスでは?」
「あの小娘か。あの小娘は、妾を付喪神と呼んでおったわい」
つくもがみ。神って付いているからヤバそう。身体のサイズで言えばこちらの百の方が断然小さいのに、フェネクスのことを『小娘』と呼んでいるのが面白いな。神だから年齢不詳か。
「アイテムボックスに取り憑いている霊、みたいなものですね」
市寸島さんが付喪神の解説をしてくれた。ありがとう市寸島さん。
霊なら、こんな平安貴族みたいな格好をしていても怖くないな。俺はナナジュウイチ深川南店が建っていた場所が曰く付きだったんじゃないかとまで考えたよ。ほら、よく言うじゃん。神社の跡地に建てるのはよくないとか。
「妾がおるから、この匣は霊力を保持できておるのじゃ」
あっ。ちょっとめんどくさい。百は、ほっほっほ、と手で口を隠しながら笑っている。目が細い。要は、この子の機嫌を取らないと使えない、って解釈で合ってるか?
「……こちらの世界と、わたしたちが帰らないといけない世界が、このアイテムボックスでつながっているんですよね?」
「妾の力を侮るなよ。空間をつなげるなど、造作もないことよ」
市寸島さんの目の奥が光った。百を抱き上げて、アイテムボックスの上からウォークの床へと動かす。
「だったら、ここに入ればわたしたちは帰れるんじゃないですか!?」
アイテムボックスをこじ開けて、市寸島さんは箱の中に上半身を突っ込んだ。逆立ちのような形になって、両足をバタバタさせている。
「たわけが。あの小娘は、とうにお見通しじゃよ」
ダメかあ。




