第5話 異世界初のお客様
でっか。身体のパーツのすべてがビッグサイズ。……え、何? これがこの世界の標準サイズ? ゴーレムもデカかったし。
だとしたら、俺たちは小人になっちゃってるじゃん。俺は元の世界だと成人男性の平均身長より高めなのに、巨大女さんからは見下ろされるような形になっている。赤い瞳が妖しい光を放っていて、俺はガチでヤバい雰囲気を感じ取った。
(というか、早く開けないと)
ガラスを破壊されるよりはこちらから開けた方がいい。俺は屈んでカギを開けて、手動でドアを開けた。そして口をついて出てきた言葉が「いらっしゃいませ」だ。職業病ってこわい。
「ここがコンビニエンスストアか。いろんなもんがあって、イイじゃあないか。やはり、百聞は一見にしかず、だな」
巨大女さんはかぶっている立派な帽子のつばを、白い手袋をはめた右手で押さえながら入店してきた。腰までの長さの銀髪が揺れている。高い位置から店内をぐるりと見渡して、この一言。お気に召していただけたようで何より。第一関門は突破、といったところか。
「お客様は、先ほどゴーレムが言っていた『パスカルの領主』様で、お間違いない?」
「この格好を見てわかんねぇか? それともアレか。オマエはオレサマが何者かもわかんねぇってのに、店のドアを開けたのか?」
ぐう。ご指摘の通りだ。耳が痛い。何者かもわからない異世界の人間を店内に入れてしまった。ここは『わかっていた』っていう路線でいこう。
「いえいえ。失礼致しました。念の為の確認ですよ」
「最近、この辺にシェイプシフターがうろついているって話だからな。気をつけろよ。オレサマも、オマエを試すようなことを言っちまったな。まっ、このフェネクス様を騙るようなヤツがいるんだったら、ひねり潰してやるけどよ」
しぇいぷしふたー???
あとで調べておこう。
「オレサマの祖父が、初代ミカドのクシャスラってのは、オマエたちのいた世界でも有名だろう?」
え。知らない。
これは別に俺の最終学歴が高卒だから、というのは関係ないと思う。歴史の授業は(ほとんどの授業で寝ていたから歴史だけに限らず)苦手だったとはいえ。
「じいさんはオマエたちの世界の本を魔法で取り寄せていて、オレサマはじいさんの書斎にあるオマエたちの世界の本を読ませてもらっていた。ただ、本に書かれた活字を目で追っているだけじゃあピンとこないことも、シバシバあってな?」
パスカルの領主・フェネクスは、店内を闊歩する。商品のパッケージに顔を近付けて、ほうほう、と観察しつつだ。並んでいる商品はまだ商品で、購入前だから、俺はフェネクスの後ろをついて回っている。
深川南店にも、ごくまれにインバウンドの訪日客が来ていた。ウチの周りには特にこれといって目立つような観光地はないんだけどな。近所に民泊でもあったんだろうか。
デカいキャリーケースを引きずって歩いているようなヤツがさ、一度、会計する前の商品を勝手に開けて食べ始めてさ。俺は外国語がからっきしダメだから、ちょうどいいところにシフトに入っていた留学生の劉くんに注意してもらった。市寸島さんが戻ってくるぐらいのタイミングで国に帰っちゃったけど、今も元気にしているかな、劉くん。
「オレサマはじいさんが遺した書物から転移魔法を覚えた。この転移魔法で、オレサマにとっての異世界から、オレサマが気になるものを異世界転移させてきている。第一弾が、あの『パスカルダンジョン』だ」
レジカウンターによりかかり、左手の人差し指で窓の外に見える『パスカルダンジョン』の扉を指差す。元からあったものじゃあないってことか。
「第二弾がコンビニエンスストア」
左手の人差し指を、今度は下に向ける。えーっと、つまり。
「お客様の転移魔法で、ウチが異世界転移した?」
「そうだ」
実行犯、現る。
「だとしたら、今すぐ帰らせてもらえませんか?」
「あ?」
「俺たちにもその、かけがえのない日常とか、大事な家族とかがいるので、事前の予告なしに異世界転移させられてしまって、みんな心配しているでしょうから」
俺にとっての『かけがえのない日常』は、忙しくもやりがいのある雇われ店長としての日々。つらいことだって苦しいことだってあるし、変な客の対応に追われることだってある。けれども、俺はこの日常を放り投げて異世界で暮らしていけない。毎日来店する常連客や、いっしょに異世界転移してきていない従業員たちはどうなる。
俺の『大事な家族』は、息子の拓三だ。これまでずっと面倒を見てきた。拓三はしっかり者で、口数少なく、成績優秀。担任の先生や同級生のお母様方から、悪いウワサを聞いたことはない。俺がいなくなったら、拓三はどうやって生きていけばいいのか。まだ高校一年生のガキだ。俺は高卒だが、拓三にはいい大学に進学してもらって、いい会社に就職してほしい。立派な大人になるまでは、俺が支えていきたい。
「オレサマが満足するまでは帰さねえよ」
フェネクスは邪悪な笑みを浮かべて、言い放った。帰還条件、フェネクスが満足するまで。
「はい?」
「オマエの言いたいことはわかる。オレサマにも家族はいるからな。慈悲深いオレサマは、この店ん中ならオマエたちの連絡手段が使えるようにしといてやっている」
ゴーレムとの会話を終えて、店内に入ってから、オーナーからの電話に出られた。俺はいったん店外に出て、携帯電話の画面を見る。圏外の表示になった。
「……満足するまで、と言われましても」
俺はがっくりと肩を落としながら、店内に戻る。フェネクスは『じいさんの遺した書物から転移魔法を覚えた』と言っていたが、俺たちは魔法なんて使えない。自力で転移魔法を覚えて戻る作戦は、現実味がないか。
「なあに、オマエたちのいた世界とやることは変わらねぇよ。営業していけばいい。この位置にコンビニエンスストアがあれば『パスカルダンジョン』の利用客は絶対に買い物をしていく。クライデ大陸初のコンビニエンスストアとして、人気が出るかもな?」
がははと豪快に笑いながら、いともたやすいことのように言ってくれちゃっている。コンビニ経営は大変なんだぞと声を大にして言いたい。はたして、領地経営とどちらが難しいかな。
「納品はどうするんです。お会計も、日本円は使えるんですか」
「働いてくれるか?」
「俺たちに拒否権はないじゃないですか。満足させないと、帰れない。俺たちは帰りたい。――やってやりますよ。ナナジュウイチのパスカルダンジョン前店を」
フェネクスはふたたび、口角を上げた。参ったな。女性の、こういうワガママなところが、俺は苦手だ。
「納品ってのは、ここに並んでいる商品の、か」
「そうです。これらは一便、二便、三便に入ってくる個数を俺が決めて、発注しています。発注した商品はベンダーさんが運んでくるんですが、異世界までは運んでこられないでしょう?」
俺と市寸島さんが話していた内容とかぶってくる。店をコンビニエンスストアとして機能させていくには、流通ルートの確保は重要だ。自然災害によって納品時間が狂うことはあったが、世界を飛び越えて運んでくるとなると、どのぐらいのタイムラグが生じるのだろう。
「わかった。あとで、ゴーレムに運ばせよう。場所を確保しておいてくれ」
「何か策があるんですね?」
「商品が届かないのであれば、店の売り物はなくなってしまう。売れたら補充しないといけない。そのぐらいは、オレサマにもわかる。勘違いしてほしくねぇんだが、オレサマはオマエたちを困らせたいんじゃあないからな。オレサマは支援を惜しまない」
横暴だけど、協力的だ。
「今、この店はとてもじゃないがオープンできる状態じゃあないですからね。いろいろと頼らせてもらいます」
「あとは、通貨の問題か。そっちとこっちとじゃあ、違うもんな。この件は、いったん持ち帰って考えさせてもらおう」
換算しないといけないもんな。と、なると、今日の営業は絶望的か。金の問題はきちんとしていきたい。損はしたくないからさ。
「で、日販品は廃棄の時間が決められていて、売れなければ捨てないといけません。廃棄の時間を過ぎた鮮度切れの商品は、まあ食べられないことはないですが、いちばんおいしい状態を過ぎてしまっているので、売れないんですよ」
「つまり、なんだ?」
「まるっと廃棄になってしまうと、店としては大損害です。フェネクス様の方で買い取っていただけないでしょうか?」
だって、異世界転移していなかったら売れていたはずだもの。
「……ああ、いいだろう。コンビニエンスストアの商品の実力も知りたいからな」
「お買い上げ、ありがとうございます!」




