第4話 状況整理
モアさんと仲良く女子会トークを繰り広げていたであろう市寸島さんが売り場に戻ってきてしまった。律儀に休憩時間を守って、きっかり三十分後。ちょろまかすヤツはちょろまかすからな、こういう休憩時間はな。休憩の終わり際にトイレに行ったり、タバコ休憩を休憩時間としてカウントしていなかったり。
「休憩ありがとうございましたー。シフトに戻ります」
売り場の俺は台を持ってきて自動ドアに近付き、自動で開閉しないように、ドアのスイッチを切っていた。足元にあるカギも閉めておく。これで、ひとまずは安心だ。というか、電気は通っているんだな。電話も通じたし。
「あっ」
「……あっ?」
市寸島さんの顔を見て思わず「あっ」と言ってしまった。よくない。
先ほどのゴーレムはいいヤツだったけど、ああいう話のわかるヤツばかりとは限らない。流暢な日本語だったし。同じ言語の使い手であるはずの人間同士だとしてもうまくコミュニケーションが取れないのに、異世界の言葉で喋られたらたまったもんじゃあない。自慢じゃあないが、俺は英語も中国語もできないからさ。こっちからお断りだ。
そもそも、金は持っているのか?
きちんと買い物をしてくれるのか?
日本円、ってことはないだろう。どう見ても日本じゃないし。日本にゴーレムのような動く岩はいないし。……自動釣り銭機に変わってなくてよかったよ。自動釣り銭機の設置後だったら、日本円以外を入れたらエラーが発生して警告音がピピピピピッと鳴るところだった。
「今日は、閉店しようと思う」
俺は台をレジカウンターの中の定位置に戻しつつ『異世界に移転してしまったことをなるべく混乱させないように伝えたいが、どう言えばいいだろうか』を考える。願わくば、名案を閃いてから、市寸島さんには売り場に出てきてほしかったが、もう遅い。
「なんでですか?」
まあ、そうなるよね。当然の疑問だ。ぐうの音も出ない。
ナナジュウイチ深川南店は二十四時間営業。オフィス街やビルの一部分に入っているナナジュウイチなんかは周辺の会社に合わせて、日曜日は営業しないだとか、二十二時で閉店するだとかはある。あとは、店舗が入っている建物の都合で停電してしまうから丸一日休むだとか。深川南店は、オープンから現在に至るまで休業したことはない。
バイトなら「休めてラッキー!」と思うかもしれないが、停電対応は大変らしい。アイスケースにはドライアイスを入れる。営業していない時間帯には商品を売れないから、発注は前々日ぐらいから減らしておかないといけない。冷蔵商品を並べるケースにはせめてもの抵抗で透明なカーテンをかけておく。
やったことはないのに詳しいのは、店長に任命される前に他のいろんなコンビニで働かされたからだ。これはオーナーからの命令。店長になったら、忙しすぎて店から離れられなくなってしまう(実際にそう。俺は店長になってからは、ほとんどの日を家と勤務先のコンビニを往復する生活。拓三の学校行事の時ぐらいだな、休みを取っていたのは。親として、そういう場には出席しないといけない)。よその店舗や、別のチェーンの様子を見て、深川南店との違いを勉強する期間があった。いわば、武者修行だ。
世の中には『単発バイト』という仕組みがある。修行期間は、この単発バイトで働いて回っていた。参考になる店もあったし、もう二度と行くものかと思った店もある。とんでもなくヤバい店にあたってしまっても、一日だけならまあいいか、と開き直っていた。うちで働いてくれ、なんて言われた店もあったが、理由を付けて断っている。
この期間があったおかげで、立地条件による客層の違いを肌で感じ取れた。平日と休日、昼間と夜間。年齢層が違えば購入する品物も違う。コンビニって奥深いなーと思った次第。
異世界だと、何が売れるのだろう?
「市寸島さん、落ち着いて聞いてほしい」
「はい」
市寸島さんを落ち着かせる為に、俺は諭すようなトーンで語りかける。考えれば考えるほどわからないことが次々と浮かび上がってくるが、上から押さえ込むように深呼吸をした。
「この店は、今さっき、異世界に移転した」
自分で自分に「何を言っているんだ?」とツッコみたくなる。言われた側の市寸島さんはなおさらだろう。
「……はい?」
「ナナジュウイチ深川南店は、今、異世界にある」
俺の言葉を受けて、市寸島さんが雑誌の陳列棚に駆け寄った。深川南店の雑誌の陳列棚は、窓際にある。
「つまり、異世界転移ってことですかー!?」
棚越しに窓の外の景色を見て、市寸島さんが叫んだ。ニュアンスとして、興奮というよりは嘆きの方が近い。こういうのって『異世界転移』って言うのか。若者の間では流行っているのかな……。俺にはさっぱりだ。
「急すぎて、俺もまったく気付いていなかったが、店ごとまるっとだ。何故こんなことになっているのか、俺にはわからない。市寸島さんとモアさんに追い払われて、売り場に戻ったら、外の景色が変わっていた」
「どうしたら帰れるんです?」
「まだわからない」
帰りたいよな。そりゃあ、そうだろう。老いゆく俺の懸念は息子の拓三の将来だけだが、うら若き乙女の市寸島さんには明るい未来がある。明日の予定だってあるだろうし、大学にも行かなくちゃいけないし。絶望の表情になってしまうのも無理はない。今すぐ帰りたいよね。せめてもの希望を込めて『まだ』を強調する。
「ただ、さっき、外でゴーレムと会話したんだ」
「ゴーレムですか。やっぱり異世界となると、そういうのもいるんですね」
ゴーレムと言って伝わった。もし俺と市寸島さんが逆で、市寸島さんが先にゴーレムと会っていたとしたら、俺は聞き返しているだろう。ゴーレムって何すか。
「ゴーレムは、パスカルとやらの領主に連絡してくれるんだと」
「パスカルって、パンセの?」
「有名人?」
「哲学者です。人間は考える葦、って聞いたことありませんか?」
「人間は人間だろ」
「そうなんですけど。もののたとえというか。あっ。他には、ヘクトパスカルっていう単位とかの」
「ああ、台風の?」
「そうそう! んまあ、文脈からすると地名っぽいですけど。領主ってことは、この辺一帯――パスカルを支配する権力者ですかね」
なるほど。だとすると、最初にゴーレムと会話できたのは不幸中の幸いだった。一番偉いヤツに取り次いでくれているんだから。知らない土地を下手に歩き回って迷子になる前に、話のわかるヤツに会えてよかった。これまでの人生で不運に見舞われてきた分、ここで得をしているのかもしれない。突然勤め先が異世界転移しちゃうのも不運のうちに入る。
「あのデカい扉が『パスカルダンジョン』らしい」
「おおっ、ダンジョン!」
さっきの嘆きとは違う。そういうものかね。市寸島さんは『パスカルダンジョン』の入り口の扉を見つめて、目を輝かせていた。……やっぱり、若者には話が通じるんだな。最近の流行についていけていないオジサンには難しい。
「この店は『パスカルダンジョン前店』に店名を変えるしかないのかな……」
「営業していくんですか?」
「俺としては、やっていきたい気持ちはある。だが、この異世界の通貨も文化も知らないし。従業員は俺と市寸島さんと、モアさんしかいないから、三人で二十四時間営業はきついし。あと、日販品の納品だよな」
「ああ……日販品……。ベンダーさんに、こちらの世界まで運んできてもらえないですもんね」
元いた世界からこちらの世界に運ぶルートが開拓されたとしても、片道切符を握らせるわけにもいかないし。往復切符が作れるのなら、俺たちだって帰りたい。
コンビニとして営業していくのなら加工食品だけではなく、お弁当やおにぎり、サンドイッチやペストリーを売っていきたい。コンビニの主力はおいしい日販品の方。他の常温商品ならスーパーの方が安いし。うっかり買い忘れたものを買いに来る場所が、近くて便利なコンビニエンスストアの役割だ。
「今並んでいる商品だって、販売期限を過ぎたら廃棄にしないといけない。もったいないな」
「そうですよね。本当は、売れるはずでしたもんね」
俺と市寸島さんは陳列された商品たちを眺めて、ため息をついた。どうしてこんなことになってしまったのか。誰か教えてほしい。
「あっ、すみません。母から電話が」
ブルブルと震える音がして、市寸島さんがポケットから携帯電話を取り出す。俺はオーナーの慌てた声を思い出した。
「そうだそうだ。オーナーが、市寸島さんのご両親が心配していると」
電話をかけさせるのが先だったな。いけない。家族に安心してもらわないと。安心してもらうったって、どうしてこちらに来てしまったのかの理由も判明していないが、とりあえず、声だけでも聞かせてあげなくては。
「ちょっと、話してきます」
「いってらっしゃい」
市寸島さんがぺこっとおじぎをして、バックルームに戻っていく。こんなところにはいられない! って言い出して、無計画にもドアを無理矢理開けて外へ飛び出すような子じゃなくてよかった。だだをこねられても困るし。俺だって帰りたいのにさ。
「……?」
――ところで、なんとなく揺れていないか。俺の勘違いかめまいか。地震だとしたら、酒の陳列棚がピンチだ。ワインやウイスキー、日本酒は、単価が高い上に瓶。落下したら、割れる。
やがて、ドンドン、とガラスの自動ドア(今は手動ドア)を乱暴に叩く音がした。
身長2メートルはありそうな女性が、店外から店内をにらみつけている。軍服のようなイカツい格好をしていて、俺と目が合うと、にいっと口角を上げた。




