第3話 異世界への移転
モアさんのシフトは夕勤なのに「学校が早く終わったぞ!」と言って、すでにバックルームで待機している。まだ十四時半を過ぎたところだ。夕方勤務、略して夕勤は十七時からだから、だいぶ早い。
拓三も昨日の夜に「明日からテスト期間だから」と言っていたので、拓三と同じ高校に通っているモアさんもテスト期間中だ(って、当たり前か)。
高校のテストは三教科ずつ。昼前には、拓三は家に帰ってきているだろう。テストのない普段通りの時間割ならば、昼食は学校で食べるものだが、テスト期間中は違う。冷蔵庫に拓三の分の昼メシは用意しておいた。拓三のことだし、食べたい時に適当にレンジで温めて食べるだろうから、心配はしていない。
「モアちゃんは、店長の息子さんのことが好きなんだ……?」
バックルームにいるのはモアさんだけじゃあなくて、市寸島さんもだ。店内に誰もいないので、事務所からバックルームの様子をのぞき込んだら、二人が興味深い話をしている。思わず耳をそばだてた。
「そうだぞ! 我と拓三は、前世からの根深い縁がある!」
「ロマンチストだねぇ?」
朝、市寸島さんがモアさんに対しての苦手意識を告白していたから、俺は「モアさんをいったん追い出してこようか?」と提案した(お昼を食べていないだろうし、いくらか渡して近所のファストフード店に行ってもらうとか、いったん家に帰ってもらうとか)のだが、市寸島さんは「もっと話してみるチャンスじゃないですか」と、喜んで休憩に入っている。
どういう流れでこの話になったのかはわからない。モアさんから市寸島さんへの恋愛相談?
「センパイには、好きな人はいないのか?」
「えっ? わたし? わたしは……」
「我は約束は守るぞ! ここで聞いた話は、誰にも言わないと誓おう!」
モアさんが胸を叩く。市寸島さんはキョロキョロし始めて、俺と目が合った。
「店長?」
どうしようかな、と悩んでいた表情が変わって、じとーっとした視線を向けてくる。
「楽しそうな話をしているな、と思って、つい」
「盗み聞きはよくないぞ!」
「そうですよ!」
女の子二人から非難囂々だ。旗色が悪い。俺、なんか悪いことしたか?
「へいへい。仕事に戻りますよっと」
俺はレジに戻る。と、なんだか店の外が見慣れない風景に変わっていた。風の匂いからして違う。
「は?」
いったんOTをレジカウンターの上に置き、自動ドアに駆け寄って、外へ出た。ナナジュウイチ深川南店の前には大きめの道路があるのだが、……いや、道路がない。バス停も近くにあって、多い時間帯で一時間に四本のバスが通り過ぎて行くのに、どこにも見当たらなくなっている。
というか、店の真ん前に巨大な扉がででんと建っていた。こんなものを造っていたらすぐにわかる。近場で工事があれば、現場で働く方々がコンビニに押し寄せるから、気付かない方がおかしいってもんだ。そういう時は発注量を増やさないとまずい。ガッツリ系の弁当とか、休憩中に飲むであろうコーヒーとか、仕事帰りに飲んでくれそうな酒類とか。
春のようなぽかぽかとした陽気にも違和感がある。今日の予報では夕方から雨だったし、覚えている限り、結構曇っていたから、予報通り雨が降るんだろうなって思っていた。今、空を見上げれば、雲ひとつない。
「なんだ、これ……?」
俺が扉に近付いていくと、扉のすぐそばにあった岩がのそりと動いた。さすがにびびる。
「オォウ。なんだい?」
岩が喋った。すんごい重低音。けれども、言葉として理解できる。
そして、デカい。立ち上がると、俺が見上げるほどの大きさだ。びびるが、相手の喋っている言葉は意味のある音として聞き取れたし、相手も困惑していそうなのは伝わった。
頭部っぽいところに、黒い豆粒みたいな目が付いている。このつぶらな瞳に、俺は見つめられていた。
「これは、なんだ?」
勇気を振り絞って、質問を投げかける。俺は巨大な扉を指差した。ウチの店の前にこんなデカい扉が建つんだったら、前もってオーナーが教えてくれそうなものだ。なんだろう。何かのモニュメントか?
「ウーム。知らないのか」
岩はあごのあたりをさすっている。人間のような動きをする岩だな。
「俺は、その、そこの店で店長をしている参宮隼人って言うんだけど」
扉へと向けていた指を、今度はナナジュウイチ深川南店に向けた。指差す先に、岩の視線が動く。
「ナヌ。吾輩の知らぬ建物が出来ている、とな?」
岩の瞳が大きくなった。驚いている様子だ。俺は知らないうちに店の前に変な門が出来ていて、この岩はウチの店のことを知らない。お互いの認識にズレがある。
「まず、この扉のことを教えてもらえないか?」
岩がこうやって喋っているのも意味がわからないが、順番に聞いていこう。この扉を知らないこと自体が常識知らずみたいな扱いを受けているし。
「この扉は『パスカルダンジョン』の入り口だ」
「らすかる……?」
俺の脳内にアライグマが登場した。この扉の向こう側にアライグマがいるのか?
「パスカルだ。パスカルの近くに出現したダンジョンだから『パスカルダンジョン』と名付けられた。そして、吾輩は『パスカルダンジョン』の守衛のゴーレム」
「ごーれむ?」
ちょっと待ってくれ。知らない単語が多すぎる。若者なら理解できるのかもしれないが、俺にはさっぱりだ。休憩中だが、若者に出てきてもらうか?
「……パスカルの領主に連絡する。オマエは、そこの店で待っていろ」
「あ、ああ。わかった」
俺になんとなく伝わっていないことに気付いてくれたのか、岩改めゴーレム(っていう名前なのかな)がパスカルの領主とやらにつないでくれるようだ。こちらの事情を察してくれたのかもしれない。事情も何も、いきなり外の景色が変わっていたって話なんだが。
のしのしと地面を踏み鳴らしながら小さくなっていく背中を見送って、指示通り、店内に入った。携帯電話がブルブルと震え出す。
かけてきているのは、オーナーだ。
「はい、もしもし」
『参宮くん! 無事かい!?』
かなり慌てている様子。……俺も慌てるべきなんだろうか。あんなデカい岩と会話したし。
案外話ができちゃったし、上の人(領主って言っているんだし、上の人だろう)に話を通してくれたから、俺の中でゴーレムはいいヤツ判定になっている。もっと話の通じない客はいるからさ。コミュニケーションがスムーズってだけで、かなりの加点要素だ。人は見た目で判断しちゃあいけない。
「ええ、まあ」
『お客さんから、店が忽然と消えたって連絡が来て、ぼかぁ何バカなことを言ってんだいと思ったんだけどね、何人からも来ているから、はーやれやれと見に来てみたら、ウチの店がなくなってたんだよ!』
「なくなってるって」
『深川南店のあった場所がまっさら! 更地だよ!』
「えぇ……?」
俺、なんか悪いことしたか?
特に今日、変わったことは何も……ないよな……?
『おいっちも無事かい!?』
おいっちは市寸島さんのあだ名だ。理緒ちが付けた。俺は市寸島さんのことは市寸島さんと呼んでいるが、理緒ちは同僚のあだ名を考えるのが好きで、オーナーもあだ名の方で呼んでいる。
「あ。いや、今さっき、ゴーレムと話をしていて」
『ゴーレムぅ!?!?』
「オーナーはゴーレムをご存じで?」
『ゴーレムはともかくだ、参宮くん、とにかくおいっちの安否確認を頼む! おいっちの両親が心配しているんだ! 連絡してやってくれないか? こっちはこっちで、今から本部と相談しないと!』
市寸島さんのご実家は、深川南店から近い場所にある。たまにお母様も来店するぐらいの距離感だ。娘が働いていて、しかも勤務中だったコンビニが消えたら、心配するだろう。俺だって親だから、わかる。
「拓三は……?」
拓三には俺しかいない。俺の親はもういないし、離婚しているし。オーナーが忙しいのもわかるが、市寸島さんのことを心配するのなら、俺の拓三の心配だってしてほしい。
『拓三くんのことも、あとで相談しよう! とにかく、そちらはそちらでよろしく!』
電話が切れた。オーナーもテンパっているから仕方ない。俺も俺のできることをしないと。
モアさんのことを言い忘れたな。モアさんにだって家族がいるはずだ。いやまあ、オーナーはモアさんが早めに来ていることなんて知らないから仕方ないか。




