第2話 あの日の朝
特にこれといったセールもないような、いたって普通の平日だった。明後日から肉まんのセールか。明後日ならPOPの類いは明日準備すればいいし。エリアマネージャーとの会議の時に事前発注しているから、余るってことはあっても足りないってことはないだろう。
懸念点としては、来週にはレジのシステムを入れ替えて、ウチの店のレジも自動釣り銭機になるってこと。いよいよ近付いてきた。こういう何にもない日にこそ、色々と準備しておかないとな。本部の人たちも来るって言うから、事務所を片付けておかないとヤバい。
「おはようさん」
「オハッス」
俺が店に入ってきたのを見て、夜勤の宮下理緒とアントニーが挨拶してくる。俺と市寸島さんと入れ替わりで、八時上がり。理緒は明日も夜勤に入っているから、上がったら帰って寝るんだろうけど、アントニーはこれから学校のはずだ。テストが近い、みたいな話をしていた気がする。……すんごい眠そうだが、大丈夫か?
「アントニー、起きてるか?」
「ホイ」
ホイ、ってなんだ?
「ったく」
俺はホットの売り場から缶コーヒーを二つ取って、アントニーがぼーっと突っ立っているレジに持っていく。
ホットの缶コーヒーって持っていられないほどアッチイよな(伝わらなかったヤツは近所のコンビニに行ってホットの缶コーヒーを触ってくるように)。
「コレでも飲んで、目ぇ覚ませよ」
「アッ! アザッス!」
「あっ! ずるいやん! 店長、うちには?」
「なんで理緒ちにまで買わないといけないんだよ。たかるな」
「ちえっ」
理緒ちにはいつもタバコを買ってやってるからいいだろ。
「あと一時間、よろしくな」
「ホイ!」
「コーヒーもらえんかったから頑張れへんかもー?」
理緒ちはここで働き始めて五年ぐらいか。すぐに辞めちゃうヤツが多い分、五年は長く感じる。
長い付き合いだからこそ、こんな態度を取られても笑って許せてしまう。かわいげもあるし。
俺はこの店で朝から夕方まで働き、理緒ちには夜勤のリーダーを任せている。夕勤が来なかった時なんかは早めに来てもらっちゃったり、夜勤の相方が飛んだ時は「一人でなんとかするんで」とワンオペで回してくれちゃったりと、頼りになるいいヤツだ。ぶっちゃけ、理緒ちに辞められたらこの店は終わりだと思う。そんときは俺もこの店を辞めてどっか行くか。
とはいえ、雇ってもらえるところがあるかな。自慢できることじゃあないが、コンビニで働き始めて今年で二十五年になる。このノウハウを活かして、となると、別のコンビニぐらいしか行き場はないか。理緒ちはまだ若いから他の仕事も覚えられそうだが、俺は無理だ。ゼロから仕事を覚えられる気がしない。かといって、レジで立ちっぱなしの時間も多いこの仕事を、拓三の学費が必要なくなるまで続けられるかっていうと、……うーん。
(さて、と……)
コンビニのバックルームは店頭に並びきらない在庫と、次週の新規商品やキャンペーン情報などの社外秘の資料が保管されている。デスク周りには機械類や会計に提出しなければならない書類があり、店長の俺はどこに何があるかを把握していても、よそから来た人間が見たら明らかに片付いていない状態だ。
んまあ、とりあえず、夜勤の時間帯に理緒ちがある程度打ってくれている発注の確認からだな。片付けは後だ。やらなければならない業務が優先。お客様に迷惑をかけないこと、それが一番大事。発注が抜けていたら商品が来ないわけだし、オーナーからは「廃棄の金額を抑えて」と頼まれているから数を減らしておきたいし。理緒ちはちょっと多すぎる。売り場がすっからかんになるよりは、って気持ちはわからなくはないが、予算というものがあってだな。
「おはようございます」
パソコンで販売状況を確認しながら、OTで発注を打ち直す。数字を見比べていると目が痛い。俺は七時には出勤するようにしているが、バイトは一時間も早く来なくていい。市寸島さんはだいたい十五分前にバックルームに入ってくる。
「おはよう」
遅いヤツは五分前になっても来ない。忘れてるんじゃあないかってこちらが電話しようとしていたら来る。
「……あっ、今日、あの子が来るんですね?」
壁に貼っているシフト表を見て、市寸島さんは眉をひそめた。市寸島さんの言う『あの子』っていうと。
「モアさんな」
安藤モア。高校一年生。平日は学校が終わってから来るので、夕方からの勤務になっている。のだが、やる気が有り余っていて、前回は十五時ぐらいに来ていた。早めに来ても早めにシフトに入れてあげられるわけではない。そういう余計な人件費がかかる話はなあ。
「わたし、あの子苦手かもです」
「はっきり言うね」
「なんというかその……テンションがこう……高すぎるといいますか」
気持ちはわからなくもない。俺も教えながら、モアさんのハイテンションには振り回されたし。
拓三に聞いたら、学校でもそんな感じらしい。コンビニはいろんなところにあるのに、わざわざ『拓三の父親』の俺が働くここの店がいい、って言って面接しに来たぐらいだから、うまくやっていきたいんだが。
「そんなにシフトは被らないと思う。土曜ぐらい?」
「うーん……」
「どうしてもって言うのなら、オーナーに頼んでみるよ」
深川南店はオーナーにとっての二号店にあたる。一号店の方でシフトに入れてもらえればよさそう。
「それもまた違くて」
「?」
「いやまあ、……なんとか、仲良くなってみます」
「仲良くはなれそうじゃないか? 女の子同士で、世代も近いし。モアさんの方も『センパイ』って慕っているようだし」
傍から見ている分には問題なさそうなんだが。人間関係のトラブルで辞めちゃうパターンは多すぎるからな。俺が間に入ってなんとかできるのならなんとかしていきたい。市寸島さんがこうやって俺に相談してくれるのは、本当にありがたいよ。何も言わずに来なくなるよりマシ。なんで辞められたのかわからないと怒るに怒れないし、気持ちのやり場がないし。
「そうなんですよね。それはそうなんですけど。陽キャのノリだと、ついていけないっていうか」
「ああ……」
市寸島さんもモアさんと同じで、ここでバイトを始めた時は女子高生だった。高校三年生に上がって、受験勉強の為に一回辞めている。第一志望の大学に合格してから、まずはカフェでアルバイトを始めるが、めんどくさいセンパイにいじめられて辞めてしまう。次に居酒屋で働き始めるも、酔っ払い客に絡まれて精神的に疲れてしまった。さらには、カフェも居酒屋も同僚のノリが合わなかったのもある。その結果、高校の頃にバイトしていた|ナナジュウイチ深川南店に戻ってきた、という流れだ。真面目に働いてくれる市寸島さんなら、俺は大歓迎。
「朝からすみません」
「俺の見た感じ、モアさんは市寸島さんが苦手なタイプではないと思うよ。まだ一度しか会っていないから、そう思っちゃうだけかもしれないし。俺は明るくて素直でいい子だから、好きだな」
「そうですよね! 今日、もっと話してみます!」
――とまあ、ここまでは、普通の平日だった。




