第1話 ある日のこと、
ナナジュウイチ、深川南店改めパスカルダンジョン前店。
十二時の昼ピークを過ぎて、3便の納品を終えるとだいたい十四時半。朝から働いていた市寸島さよりさんを二回目の休憩に入れる。その間は、俺がレジに立ちながら発注を打つ。
今日はサンドイッチがよく売れたが、明日も同じようにサンドイッチがバカ売れするとは限らない。……そういや、毎日チキンカツサンドを買っていくオークのおっちゃん、今日は売り切れていたせいでハムカツサンドになっていたな。揚げ物を挟んだガッツリ系が好みか。なるほど。だが、ガッツリ系の食事ならサンドイッチじゃなくて弁当にすりゃあいいのに。チキンカツで言えば、今ならチキンカツ弁当だって出ている。カツがいいなら、チルド弁当のカツ丼も売れ筋だから切らさないようにしているし。
いや、待てよ。オークは米が苦手なのか? おにぎりを買っているオークを見たことがない気がしてきた。幼少期から米を主食として出されてきた日本人にはわからない感覚だが、米のあのべたつく感じが苦手なのかもしれない。ナナジュウイチのおにぎりは美味しいんだけどな。
「わっかんねぇー」
ついついぼやいてしまうが、許してやってくれ。
俺は参宮隼人。コンビニで働き始めて、四半世紀。二十五年とかいう節目なんだか節目じゃないんだかわからない年に、十五年前に店長に任命されて経営を任されているこの店ごとクライデ大陸とかいう異世界に移転してきた男だ。別に、来たくて来たわけじゃない。前々からオーナーに頼まれていたわけでもない。オーナーだって「セイテンのヘキレキだった」(……これってどういう意味だ? 悪口じゃないよな?)っていうし。
こちらでの生活もだいぶ慣れてきた、とは思う。だが、元々いた世界と違い、こちらのお客様は本物のモンスターだ。言葉が通じない客をバケモノ扱いするヤツがいるじゃん。こちらでは、そもそも人型じゃなかったりするからね。人の形をしていて、ある程度日本語のような言葉を喋ってくれる方がまだマシじゃね? って、日々の接客の中で思っちゃうんだわ。
(あのスライム、カレーパンが欲しいのかな?)
発注用の機械(通称OT)から顔を上げると、ペストリー売り場の前で身体を垂直にぐいーんと伸ばしているスライムがいた。カレーパンは上から二段目の棚に陳列されている。ちょっとだけ届いていない。あとちょっとなのに。
(他に客は、……いないな。よし)
俺はOTをバックカウンターに置いて、ペストリー売り場に近付く。この前レジカウンターに置きっぱなしにしていたら、フェアリー三体に持って行かれてしまった(その後、ハンターたちが取り返して、持ってきてくれたので助かった)。同じ轍は踏まないように、OTから離れる時にはお客様の手に届かない場所へと置くのを心がけている。
「こちらでよろしいでしょうか?」
俺は棚からカレーパンを取って、スライムに見せた。スライムはにゅいっと元のサイズに戻る。
「^^」
スライムはにこっとした(ように、俺には見えた)。ここで「よかった。スライムのお客様はカレーパンが欲しかったんだな。お客様のお買い物を手助けする。模範的な従業員だ。あー、いいことをしたなー!」だなんて安堵しようものなら、大間違いだ。俺からカレーパンを受け取ると、スライムはすばやい動きで什器の下をくぐり抜け、店の外へと逃げ出す!
「あっ! こらっ!」
普通に走っても四十いくつだかのおじさんの脚力ではモンスターの全力疾走には追いつけないってのに、什器の下をくぐり抜けられたら勝ち目はない。自慢じゃないがこちらは運動不足なんだわ。お手上げだ。どうあがいても回り道をしないといけない。俺は棚の下のあんな狭いすき間なんて通れない。通れたとしてもホコリだらけだからな。通りたくない。掃除しなきゃ。
ああもう。
やらなきゃいけないことが多すぎるっ!
「くそっ。これだから異世界は!」
自動ドアが開いて、来客センサーが反応し、退店のチャイムが鳴った。
つまりは、逃げ切られてしまったってことだ。
悪態だってつきたくなる。
モンスターによる商品の万引きの被害は後を絶たない。パスカルダンジョン前店になってからの被害額は、正直考えたくないような金額になってしまっているだろう。モンスターによる被害ってどこに届け出ればいいんだよ。
被害額を確定させる為には帳簿上の在庫と実在庫の数を確認しないといけないが、この棚卸しの作業、したくない。気が進まないってのもあるが、手間だからってのもある。元の世界だったら棚卸しの業者が半日ぐらいかけてピッピッピッと数えてくれるってのに。
――しかし、俺の店にはモンスターよりもモンスターな従業員もいる。ごめん。モンスターよりもモンスターって言ったら可哀想か。
「店長! カレーパンを持ったスライムを捕まえたぞ!」
来店のチャイムとともに、スライムを右手に掴んだ状態の女子高生が店内に入ってきた。この神佑高校の制服を着た女の子は、安藤モアさんだ。俺や市寸島さんと同じく、ナナジュウイチ深川南店と一緒にクライデ大陸に異世界転移してしまった従業員。三人の中でいち早く異世界に適応し、コンビニでのバイトを続けながら凄腕ハンターとしても活動していた。俺もことあるごとに「パスカルダンジョンに行くぞ!」と連れて行かれそうになる。やめてくれ。
「ああ、ありがとう。安藤さん。コイツには、逃げられたところだったんだ」
俺はハンターにはならない。そんな暇はないからだ。店長としてこのナナジュウイチの営業を続けながら、元の世界へ帰るヒントを探さないといけない。市寸島さんのご両親には「無事に帰らせる」と約束してしまったし、俺の息子も心配だ。
俺の息子、拓三。安藤さんは、
「何度も言っているが、我はモアと呼んでほしいぞ!」
訂正しよう。モアさんは、拓三の同級生だという。高校一年生。どこで知ったのか「店長が拓三の父親だからだぞ!」とバイトに応募してきたような子である。真面目に働いてくれているし、若いからか仕事を覚えるのも早いし、いい子ではあるんだが、……その、なんというか、たまに俺の考えが見透かされているようなタイミングで話し始めることがあって、なんだか怖い。いやまあ、かわいい子なんだけどさ。拓三の同級生で、拓三と仲良くなりたいって言っているのも、親としては嬉しいし。
「……で、モアさんは、今日は十七時からじゃなかったっけ?」
「うむ。廃棄になった肉まんを食べてから、もう一回ダンジョンに潜り、戻ってきたら、ちょうど十七時になるぞ!」
もう一回、ってことは、すでに一度ダンジョンに入ってきたらしい。元気だなあ。ただ、今はお客様が一人もいないからいいっちゃいいけど、あんまり大きな声で『廃棄の肉まんを食べる』とは言わないでほしい。一応、廃棄になった食べ物を食べちゃいけない店だってあるし。異世界ではウチの他にコンビニはないからいいのか?
「ウチは休憩所じゃないんだよね」
「うむ! ここはコンビニ! ナナジュウイチ深川南店改め、パスカルダンジョン前店! パスカルダンジョンに挑むハンターたちの待ち合わせスポットだぞ!」
待ち合わせスポットでもないんだよな。




