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最終回①:元婚約者が泥にまみれて絶望している頃、私は白い薔薇に囲まれていました

「──どうして……どうしてこんなことになってしまったんだ……っ!」


かつて栄華を誇ったラインハルト王国の王宮。その美しかった大理石の床は、今や避難してきた平民たちの泥に汚れ、硝煙の臭いが立ち込めていた。


第一王子カイルは、ボロボロになった衣服のまま、頭を抱えて床にへたり込んでいた。


エレインを追放してから、わずか数ヶ月。


王国を守っていた結界が消滅したことで、瘴気が濃くなり祭壇からはひっきりなしに実体化した魔獣が押し寄せていた。


さらに最悪なことに、隣国のガルディニア帝国から「国境の完全封鎖」を言い渡され、物流がストップ。食料も、魔術の触媒となる魔石も底を突き、王国は完全に経済破綻したのだ。


そんな窮状を知らないルリナは、カイルに縋り付く。


「カイル様ぁ! 寒い、お腹が空いたわ! どうして私にこんな惨めな思いをさせるの!?」


そんな風にヒステリックに泣き叫ぶのは、かつて「真の聖女」と祭り上げられた末の姿だ。


贅沢なドレスは破れ、自慢の金髪は手入れもされずにバサバサになっている。


「うるさい……! お前が……お前がエレインの功績を横取りなどしていなければ、私はエレインを追い出さずに済んだのだ……!」


「な、何よそれ! カイル様だって、お姉様を『無能な偽物』って罵って楽しそうに追い出したじゃない!」


「黙れっ! 黙れ黙れ黙れお前など聖女でも何でもない、ただの無能な役立たずが!」


二人は醜く怒鳴り合い、掴み合いの喧嘩を始める。


かつての夜会で「真実の愛」とやらを誓い合った恋人たちの面影は、そこには微塵もなかった。


そこへ、血に染まった騎士が転がり込むようにして入ってきた。


「カ、カイル殿下……! 周辺諸国の連合軍が、魔獣の掃討を大義名分に、我が国の王都へ進軍してきました……! もはや、我が国は……終わりです……!」


「……あ……あ、ああ……」


カイルの口から、魂が抜けたような声が漏れる。


国が滅びる。自分が、この国を滅ぼしたのだ。


すべては、あの雨の夜、自分を誰よりも支えてくれていたエレインを、無慈悲に追い捨てたその瞬間から始まっていた。


「エレイン……すまなかった、私が悪かった……! だから、戻ってきてくれ、私を、この国を救ってくれ……っ!」


泥まみれの床に額を擦り付け、カイルはむせび泣いた。


だが、どれほど涙を流そうとも、彼らがドブに捨てた本物の聖女が戻ってくることは、二度とないのだった。


◇◇◇


「──くしゅんっ」


「エレイン!? やはり風邪か!? すぐに国一番の医師を呼ぼう、いや、私が暖めれば──」


「ふふ、大丈夫ですよガイウス様。少し鼻がムズムズしただけですから」


ところ変わって、こちらはガルディニア帝国の、陽だまりが心地よいテラス。


くしゃみをしたことを心配してか、彼が羽織ものを私の肩にかけてくれる。


旧祖国が滅亡のカウントダウンを迎えていることなど露知らず、私はそんなガイウス様に、お礼とばかりに手作りの甘い焼き菓子を差し出した。


一口サイズのマドレーヌ。


「いかがです? 味見もしたので問題ないかと……あっ……」


でも彼はそのまま私の指から、マドレーヌを口に含んだ。そして柔らかく微笑む。


「……美味い。君が私のために作ってくれたものは、世界で一番美味いな」


ガイウス様はその指先にそっと唇を寄せて、熱い視線を向けてくる。


何度経験しても慣れないその視線から、逃れるように顔を逸らして、誤魔化すように返した。


「それは良かったです。明日はいよいよ……私たちの結婚式ですもの」


「ああ。世界中の誰よりも、君を幸せにしてみせる。覚悟しておいてくれ、私の可愛い皇妃」


ガイウス様はそう言って、今度は額に口づけを落とした。


以前の国で流した涙は、もう完全に乾ききっていた。私のこれからの人生には、この優しい人と過ごす、温かい時間しか残されていないのだから。


そんなことを思いながら、私も笑みを溢した。

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