第5話:私の体に触れようとした使者は、一瞬で消し飛びました
ド、ンっ!!!
凄まじい冷気が、中庭の空気を押し潰した。
あまりの風圧と圧倒的なプレッシャーに、私に手を伸ばそうとしていた文官は悲鳴を上げてその場にへたり込む。
「──おい。誰の許可を得て、私のエレインに触れようとしている?」
地を這うような冷酷な声。
振り返ると、そこには普段の優しい面影が一切消え去った、ガイウス陛下が立っていた。
その姿は、まさに戦場を支配する「氷の死神」。氷の魔力を操ると聞いていたが、その片鱗が見えた気がする。彼は冷徹極まる緋色の瞳で、哀れな文官を射殺さんばかりに見下ろしていた。
「ひ、ひえっ……! が、ガイウス……狂帝……っ!」
文官は歯をガタガタと鳴らし、恐怖のあまり失禁せんばかりに後ずさる。
「勘違いするな。エレインは我が国が国賓として迎えた女性だ。ラインハルト王国如きが、気安く指を指していい存在ではない。……カイルなどという愚か者にも伝えておけ。『我が帝国の未来の皇妃に、二度と無礼な真似をするな』とな」
「み、未来の、皇妃……!? 偽聖女が……!?」
「近衛たち」
ガイウス陛下が短く呼びかけると、影から一瞬で黒衣の兵たちが現れ、文官を取り押さえた。
「この不届き者を今すぐ我が国の領土から叩き出せ。抵抗するなら、首を跳ねて王太子に送り返して構わん。……それと、ラインハルト王国との国境は本日をもって完全封鎖だ。我が国の物資は一粒たりとも、あの飢えた土地には渡さない」
「はっ!」
「ま、待ちたまえ! エレイン! お前が戻らないと、王国は本当に滅び──ひぃぃっ!?」
文官は引きずられるようにして、無様に連れ去られていった。
「戻らないと滅びる」ということは、やはりあの一週間で、王国は完全に限界を迎えているらしい。魔獣の呪いは瘴気を浄化しない限り、作物すら育たなくなる。恐らく今の国はもう物資がなくなりかけているのだろう。けれど、私の心には不思議なほど何の感情も浮かばなかった。
静寂が戻った中庭。
私は、先ほど陛下が口にした「未来の皇妃」という言葉を思い出して、本当に隣に並ぶことを想像してしまい、つい顔を赤くした。
すると、さっきまで死神のようだったガイウス陛下が、気付いた途端、急に動揺した表情で私の前に跪く。私の両手を、壊れ物を扱うようにぎゅっと優しく握りしめて自身の額に押し付けた。
「エレイン……驚かせてすまない。あまりの言い分に抑えがきれず、あのような言葉まで……。だが、未来の皇妃に望んでいることは本心だ。君を二度と、あんな者たちのいる国へは帰したくない。……ずっと、私のそばにいてくれないか?」
見上げてくる緋色の瞳に宿るのは、燃えるような、だけどひどく求めてくるような渇望。
この先も、こんな冷徹皇帝の意外な一面を見ていきたいと、見せてもらいたいと、私も心から望んだ。
そんな想いに背を押され、自然と言葉を返す。
「……はい、喜んで。このまま陛下のそばにいさせてください」
私が小さく微笑むと、陛下は子供のように嬉しそうな顔をして、そっと立ち上がり私を抱きしめた。
その温もりの中で、あんな冷たい王国のことはもう二度と思い出さないと、強く心に決めたのだった。




