第4話:元婚約者からの使者が来ましたが、言っている意味が分かりません
ガルディニア帝国に来て、一週間。
至れり尽くせりの生活のおかげで、私の肌や髪は本来の輝きを取り戻し始めていた。
くすんでいた青い髪は驚くほど艶やかになり、仕立ててもらった最高級の淡い黄色のドレスが、血色良く染まる肌にとても馴染んでいる。
それを見たガイウス陛下も満足そうに笑った。
「よく似合っている。やはり君は、私の見立て通り美しいな」
帝国の美しい中庭。白薔薇が咲き誇る道を、私たちは並んで歩いている。
その途中で「少し休もう」と陛下は言いながら、ガゼボに向かう。白い柱のアーチ状の屋根があるガゼボには、椅子とテーブルがあり、控えていた従者たちが素早くお茶の準備を始めた。
陛下が先に座り、隣に座るよう促す。
私は素直に従い腰を下ろした。座るなり陛下が優しく聞いてくる。
「何を飲みたい? ハーブティーで構わないか?」
「ええ、構いません。でも、あの……」
返事を聞いた途端、手ずから私のカップを用意して紅茶を注ぐ。従者に任せればいいのに、まるで楽しむかのように淹れて、そっと差し出した。
そして、柔らかい笑みを見せる。
もうすっかり、この過保護な態度には慣れてきた頃だと思うのに、つい頬が熱くなる。胸のあたりがくすぐったくなり、逃げるようにカップに視線を落とした。
しかし、そんな穏やかなお茶会を破るように、一人の兵士が慌てて駆け込んでくる。
「ガイウス陛下、エレイン様! ──旧ラインハルト王国からの使者が、エレイン様の『引き渡し』を求めて謁見を要求しております!」
「……引き渡し、ですか?」
思わず私が首を傾げると、ガイウス陛下の緋色の瞳が、一瞬細められる。そして一度閉じると、真っ直ぐ兵士を見る。そこには先程までの暖かみは感じられなかった。
陛下は相手が凍りつくほどの低い声で返す。
「通せ。ここで話を聞こう」
不穏な空気の中、案内されてやってきたのは、王国の高慢な文官だった。
彼はボロボロに疲弊している。おそらく道中、魔獣に襲われたのかもしれない。そのくせ私を見るなり、かつて『偽聖女』だと呼びながら見下してきた目と同じ顔で歪んだ笑みを浮かべた。
「ふん、こんなところにいたか、エレイン。カイル殿下からの伝言だ。『お前が泣いて謝るなら、偽聖女の罪を許し、再び聖女として王宮で使ってやってもいい』とのことだ。さあ、ありがたく我が国に戻るが良い!」
……思わず言葉を失う。
国を出る時、私は一方的に追い出された。にもかかわらず今度は、「使ってやってもいいから戻れ」と言い出す始末。
つくづく自分は都合良く使われていただけだと思い知る。こんな人たちのために、なぜあんなにも自分を犠牲にしたのだろう、と呆れてしまうくらいだった。
だがそれと同時に、こんな風に考えられるようになったのが、誰のおかげなのかと浮かぶ。
さりげなくガイウス陛下を見ると、彼は黙ったまま腕を組んでいた。
だがその空気は今までにないほど、冷えきっている。
それに気付かない文官が、さらに調子に乗って言葉を続けた。
「今、我が国は魔獣の対処で少しばかり手が足りんのだ。お前が大人しく結界を張り直せば、ルリナ様の侍女としての地位も約束してやろう。帝国の皇帝陛下も、そんな無能な女はいらないでしょう、さあ──」
文官が私に手を伸ばそうとした、その時。
「あの、お言葉ですが」
誰よりも早く私自身が、文官の言葉を遮る。
ここまで傲慢な態度を取るなら、こちらから見限ってやろうと決めたからだ。
その覚悟を秘めて、静かに告げた。
「私はすでに王太子殿下から婚約を破棄され、公爵家からも勘当されました。つまり、私はもうラインハルト王国の人間ではありません。それに、私が張っていた結界の魔力は、私個人のものです。国を出る際にすべて回収しましたので、あちらには一滴も残っていません。たとえ私が戻ったとしても、以前と同じ効果は得られませんよ」
「な、何だと……?」
「そもそも私が戻る義務もありませんし、今後力を尽くす気は全くありません。一体、何を受け取られに来られたのでしょう?」
私が小首を傾げて返事をしたことに、文官は顔を真っ赤にしてワナワナと震え出した。
「お、お前……! 誰のおかげで今まで飯を食えていたと思っているんだ! 黙って王国の犬として働けばいいものを……! ええい、問答無用だ、連れて行く! 魔獣のエサにでもなるだろう!」
逆上した文官が、強引に私の腕を掴もうと一歩踏み出した。
──だが。
彼が私の体に触れるより先に、周囲の空気が、ガツンと音を立てて凍りついた。




