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第3話:スープ一杯で泣きそうになっていたら、祖国が勝手に崩壊しかけていました

「……おいしい……」


私はスプーンを握ったまま、腫れぼったくなった目からまた涙をこぼした。


一度ゆるんでしまった涙腺は、なかなか戻らない。


滲んだ視界の先に並んでいるのは、じっくり煮込まれた黄金色のコンソメスープに、ふわふわの焼き立てパン、そして柔らかく蒸された最高級の小鳥の胸肉。


どれも優しく胃に染み渡る、素晴らしい料理ばかりだった。


「そうか。気に入ってくれて良かった」


ベッドの脇で、ガイウス陛下が本当に嬉しそうに目を細めている。


帝国を統べる偉大な皇帝が、私が一口スープを運ぶたびに「味はどうだ?」「ゆっくり噛みなさい」と甲斐甲斐しく声をかけてくる姿は、なんだかちょっと面白い。


だけど、いつまでもこうして世話ばかりされるのは落ち着かなくて、かえって気が引けてしまう。


「あの、本当に私がこんなに贅沢をして良いのでしょうか……? 実家では、いつも妹の食べ残しや、冷え切った硬いパンしか与えられていなかったので……」


身を縮めながら、私が何気なく呟いた瞬間、部屋の温度がガクンと下がった気がする。


「……ほう。食べ残し、か」


ガイウス陛下の背後に、一瞬、本物の死神の幻影が見えた気がする。


「ウォーカー公爵家、記憶の片隅に置くのも無駄だと思っていたが……覚えておこう」


そう低く続けた彼だが、私の手を取ったあとは打って変わって優しい声色に変わった。


「エレイン、今日から君は我が国の国賓として扱われる。自由にしていいんだよ。まずは、好きなだけ食べようか。君は少し細すぎる。抱き締めたら折れてしまいそうな……いや、勝手を言ったな。すまない」


謝りを入れた陛下は、拳で口元を隠して視線を逸らした。耳の付け根がほんのり赤くなっている。


私もつられて赤くなりながら「大丈夫です」と返した。


それからまた食事を進めるけれど、その合間に陛下を見る。気付いた彼は柔らかく笑みを作った。


冷徹皇帝と恐れられる彼が、私に対してだけは見せる、この不器用な優しさと甘さ。


ボロボロだった私の心が、彼の温もりに触れて、少しずつ、だけど確実に融かされていくのが分かった。


◇◇◇


一方その頃。エレインを追い出した旧祖国──ラインハルト王国では、文字通りの地獄絵図が広がっていた。


「おい! どういうことだ! なぜ魔獣が王都のすぐ近くにまで現れる!?」


王宮の会議室で、第一王子カイルが机を激しく叩いて怒鳴り散らしていた。


彼らの自慢である「真の聖女」ルリナは、カイルの背後でガタガタと震えている。


「そ、それが……国境に張られていた『結界』が、昨日から完全に消失しておりまして……!」


報告する騎士の顔は土気色だ。


これまでラインハルト王国が平和だったのは、エレインが命を削って張り巡らせていた結界のおかげだった。彼女が去り際に「自分の魔力」をすべて回収していったため、国を守る盾は跡形もなく消え去ったのだ。


「バカな! 結界なら、真の聖女であるルリナが張ればいいだろう! おいルリナ、今すぐ祭壇へ向かえ!」


「えっ!? あ、あの、カイル様……私、そんな、あんなおぞましい魔獣を相手にするなんて無理ですわ!」


「何を言っている!? お前はエレインより優れた『真の聖女』なのだろう!?」


カイルに詰め寄られ、ルリナはついに顔を真っ青にして本音を漏らした。


「ち、違います! 私はただ、お姉様が綺麗にした祭壇でポーズを決めていただけです! あんな泥臭くて疲れる仕事、私ができるわけないじゃないですかぁっ!」


「なん……だと……?」


カイルの思考が停止する。


目の前で泣き喚く女は、自分が「真実の愛」と信じ、従順だったエレインを追い詰めてまで手に入れた存在だ。それが、ただの能無しだったとは。一気に彼女がくすんで見えた。


カイルは信じられない思いで続ける。


「じゃあ……あの結界を維持していたのは、すべてエレインだったというのか……? 私は、本物の聖女を……この手で追放したというのか……!?」


ガチガチと歯の根が合わなくなるほどの絶望が、カイルを襲う。


しかし、気づいた時にはもう遅い。


エレインを失った王国には、容赦なく魔獣の軍勢が押し寄せようとしていた。


◇◇◇


「──はくしゅんっ」


「どうしたエレイン、風邪か!? すぐに極上の毛布を追加させよう!」


「いえ、大丈夫です陛下。もしかしたら誰かが私の噂でもしているのかも……なんて」


あったかい特製スープを飲み干し、私はふふっと微笑んだ。


なんだか、心の底からスッキリした気分だ。


私の新しい幸せな日々は、まだ始まったばかり。



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