次へ
泣き崩れた女性を泣き止むまで介抱して、最後に私のバイトのシフトを教えて女性をコンビニから送り出した。
その日から私とその女性はたまにレジのカウンターを挟んで会話をする関係となった。深夜の人気がないコンビニで数分だけ。私達はその数分だけの間お互いを知ることができた。
その女性は22歳の大学院生だった。私は自分が高校を卒業以降プラプラしてるだけのフリーターだと嘘をついた。
困ったことに女性の首には一週間程度の頻度で彼岸花が咲いた。女性は自分の辛かったことや悩みを話したがらなかったけど、彼岸花が咲くときは決まって酷く疲れ悲しそうな顔をしていた。
私はその度に女性が思い留まってくれるように必死に頭を悩ませた。内心では焦燥し、冷静では居られないときもあったけど何よりも私は努めて明るく振る舞うことを意識した。
目の前で人が辛そうな顔をしているのにニコニコと笑い続ける能天気で馬鹿なガキだと自分を思い込ませた。そのための努力もした。
普段から無理矢理でも口角を上げることを意識した。少しでも自分が根から明るいやつだと錯覚するために化粧を派手にした。髪を派手な金髪に染めた。
とにかく私はその女性の前では明るい人間を演じた。そしてその女性の首に彼岸花が見えるたび私は悩んで、そして結局私は不器用に、でも必死に女性を笑わせようとした。
その女性はついぞ私のギャグに笑うことは無かった。
ただ毎回女性は私の前で泣いていた。
そんな日々を過ごしているとその女性に変化が訪れる。彼岸花の咲く頻度が二週間、三週間、一ヶ月と少しずつ伸びていった。顔に生気が戻り、表情も明るくなっていった。
それと同時に私達の関係も変化した。私達はコンビニの外でも会う関係になった。定期的に散歩したり、ご飯を食べに行ったりした。
店員と客という関係性が取り除かれると生じる出来事の幅も増えてくる。
私が彼岸から逃げ出して以降初めて兄が彼岸から私の様子を見に来て、女性に挨拶をした。
女性の通う大学を見学して、彼女の研究室の同僚に泣きながら感謝をされた。
女性について知ることも増えた。ある日、その女性は自分が安心することでしか幸せになれないことについて悩んでいたことを私に語った。
周りにいるみんなが大なり小なり目標を持っている中で私だけが目標も無く、不安を解消するためだけに日々を進めている。
学び続けなくては未来のない世界で私だけがもう学びたくない、ゴールが欲しいと思っている。
かといってここから逃げ出したところで必ず不安は別のところからやってくる。
安心という幻想でしか幸せを感じることができない私の生きる意味とは?
そんなことを女性は語って、そこで初めて私はその女性が私と似た悩みを抱えていることに気づいた。
だが女性は同時にこうも語った。
「でもね、今はもう悩んでないよ。」
「別の形の幸せができたから。」
「ありがとう。」
私にはそれがなんのことかわからなかった。
その日、私と女性は遊園地に行った。その日の女性はよく笑った。
もうその女性からは半年も首から彼岸花が咲いていなかった。きっともう今後も咲くことはないだろうと女性の笑顔を見た私は思う。
私は生涯で初めて死から逃げることができたのだ。女性とその女性の笑顔は私にとってその象徴だった。
私達はその日色々な乗り物に乗って遊んだ。たくさん叫んで、笑って、たくさん思い出を写真に封じ込めた。
そして夕暮れ。
「一生あなたを幸せにします!だから、私とお付き合いをしてくれませんか!?」
女性が緊張気味に私に手を差し出してそんなことを言った。
それはその女性らしく不器用だけど真面目な、誠実さを感じる告白で、そしてそれは私にとって青天の霹靂だった。
「あ、えーっと…。」
少しの間私は悩んだ。そのときの私は女性に少なからず好意はあれど恋愛感情のようなものは持っていないと自身のことを認識していた。
しかし、私にとってその女性は私が死から逃げられたことの証であって。
「…はい。お願いします。」
そんな人がずっと側にいてくれるならそれでいいかと私は思った。
女性は私の言葉に今日一番の笑顔を浮かべて、何よりも私はそれが嬉しかった。
ずっと前に失われるはずだった命が今も私の目の前にある。
あんなに必死になって見たがった女性の笑顔が今は沢山見ることができる。
この日は私の生涯にとって唯一の幸せと言える日だった。
遊園地からの帰り際。
女性の首に彼岸花が咲いているのが見えたそのときまでは。
それは目を離した隙だった。いつの間にか女性の首に憎らしい毒の花が咲いている。
見慣れた紅色、見慣れた反り返る細長い花弁。
見慣れていないことと言えばそれが以前とは見違えるように生き生きとして上機嫌な彼女の首に生えていることで。
それが近い内に自殺するような顔には私には見えなかった。
そしてそれはもう私が女性にできることは無いことを意味していて。
「ね、ねぇ。最近嫌なこととかあった?」
私はできるだけ動揺を隠して、震えそうになる口元を我慢してできる限り明るく聞く。
「ん?ないよ。どうして?」
「あ、いや、なんとなく〜?」
誤魔化す私に対して女性は私を慈しむような目を浮かべる。
そんな幸せそうな顔をしないでほしかった。
「あなたはいつも笑顔だけど本当はずっと私のことを心配してくれてるよね。」
女性は私の頬に優しく手を添えた。私は今どんな顔をしているんだろう。
「でももう大丈夫。今、私凄く幸せだから。」
女性は私に優しく笑いかける。その笑顔には陰り一つ見られなくて、それが私の心をきつく絞め上げる。
ねぇ、お願いだから笑わないで。
「あなたのおかげだよ。ありがとう。」
あなたが笑ったら私もう助けられないよ。
彼女は一週間後に自殺以外の何かで死ぬ。
私は涙が止まらなかった。




